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井上尚弥と闘うドヘニーは、本当に“役不足”挑戦者なのか? 『9・3有明アリーナ』

2024年07月18日 18:11  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
4団体(WBA、WBC、IBF、WBO)統一世界スーパーバンタム級王者・井上尚弥(大橋)の次戦が決まった。9月3日、東京・有明アリーナ、相手は元IBF世界同級王者で現WBO世界同級2位のテレンス・ジョン・ドヘニー(アイルランド)だ。


当初、9月に井上に挑むのはIBF&WBO世界トップランカーであるサム・グッドマン(オーストラリア)、WBA世界1位のムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)のいずれかだと見られていた。そんな中での今回の決定には批判的な声も多く聞かれる。だがドヘニーは、本当に“役不足”挑戦者なのか?

○■「一発も当てさせない闘いをする」



「前回、東京ドームという大きな舞台を終えたばかりで、皆さんがこの試合の決定をどう思うかは分からないですけど、自分の中では気の抜けない試合。ここはしっかりクリアしなければいけない。先を見据えられる闘いをしたい」

7月16日、グランドハイアット東京で開かれた記者会見で井上尚弥は、ドヘニー戦に向けそうコメントした。



5月6日、東京ドームのリングで井上はルイス・ネリ(メキシコ)と闘い1ラウンドに「まさか!」のダウンを喫した。それでも逆転KO勝ちを収め、4本のベルトを守り抜いている。

試合直後、サム・グッドマンがリングに登場し「イノウエに挑みたい」と発言。そのため、次の挑戦者が決まったようにも報じられたが、そうではなかった。



グッドマン陣営は「12月に闘いたい」との意向を示し、一方でアフマダリエフとの交渉も難航。

そのため今回の井上の相手にドヘニーが収まった形だ。

井上は言った。

「(ドヘニーは)一発があり、本番で力を発揮できる選手。油断するつもりはもちろんない。フィジカルを活かして攻めてきたとしても(スピードを活かして)一発も当てさせない闘いをしたいと思う」



対するドヘニーは、会見には出席しなかったが言葉を寄せている。

「私は自分の力と不屈の精神を信じている。(井上の)過去の対戦相手のように逃げたり、

生き残ることを考えたりはしない。私は勇敢に闘い、素晴らしい試合を見せる」


○■「一撃」を秘める元王者ドヘニー

さて、ドヘニーとは、どんな選手なのか?



アイルランドで7歳の時にボクシングを始め、アマチュアで約200戦のキャリアを積んでいる。21歳でオーストラリアに渡り、2012年4月にプロデビューし連勝街道を突き進んだ。そして20戦目(2018年8月、東京・後楽園ホール)でIBF世界スーパーバンタム級王者の岩佐亮佑(セレス)に挑戦、3-0の判定勝ちを収め世界のベルトを腰に巻いている。



翌19年1月には米国ニューヨークで高橋竜平(横浜光)に11ラウンドTKO勝利しIBF世界王座初防衛、デビューからの連勝も「21」に伸ばした。

しかし同年4月にWBA世界同級王者ダニエル・ローマン(米国)との王座統一戦を行い0-2の判定負け、初黒星を喫し王座から転落している。



以降、精彩を欠く試合が続いた時期もあり、その間に敵地でサム・グッドマンにも判定で敗れている(2023年3月)。だが直近の3試合はすべてTKOで勝利しており現WBOアジアパシフィック・スーパーバンタム級王者だ。

26勝(20KO)4敗の戦績が示す通りのハードパンチャー。37歳になった現在も強打は健在で、思い切りの良いアグレッシブな闘いができる。


ドヘニーはグッドマンに敗れている。

そのために格下扱いされているが、どうだろうか。

私も大方と同じで、ドヘニーもグッドマンも井上に勝つのは極めて難しいと見ている。それでも「番狂わせ」を起せる可能性を秘めているのはドヘニーの方だと感じる。理由は「一撃」を秘めているからだ。



一撃で相手を倒せる強打がないテクニシャンは、モンスター相手に番狂わせを起こせない。

なぜならば、卓越したスピードとテクニックを備え持つ井上は一度ペースを握った後の試合運びが盤石だから。

モンスター相手に勝利する術はただ一つ。距離を測られ動きを察知される前に一撃を見舞うこと。それができる可能性が僅かだがドヘニーにはある。



こんなこともあった。

昨年10月のジャフェスリー・ラミド(米国)戦。前日計量を55.2キロでパスしたドヘニーは、試合当日に体重を67.5キロに戻していた。実に12キロ以上という驚異のリカバリー。そして試合では、フィジカルパワーを存分に活かしラミドを1ラウンドTKOに葬ったのだ。

ドヘニーは、井上戦でも同様の調整をするはず。井上がリズムを刻む前に一気に攻め込もう。この策が嵌るか否かが、闘いの見所である。



井上優位の予想は変え難い。

それでも、策を秘めるドヘニーは“役不足”挑戦者などではない。元世界王者で、いまなおランキング2位の男が“役不足”と言われてしまうのもどうかと思う。

すべては、井上が強過ぎる故の苦悩─。



文/近藤隆夫



近藤隆夫 こんどうたかお 1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等でコメンテイターとしても活躍中。『プロレスが死んだ日。~ヒクソン・グレイシーvs.高田延彦20年目の真実~』(集英社インターナショナル)『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文藝春秋)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『柔道の父、体育の父 嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。
『伝説のオリンピックランナー〝いだてん〟金栗四三』(汐文社)
『プロレスが死んだ日 ヒクソン・グレイシーVS髙田延彦 20年目の真実』(集英社インターナショナル) この著者の記事一覧はこちら(近藤隆夫)