100パーセントの恋が欠けたとき、不倫に見切りをつける人も多い。
完璧な恋愛だと思ったのに
おしなべて、恋は幻想と情熱と勢いの産物のようなもの。相手の気持ちを確認せずやきもきしたり、相手を現実以上にいい人だと思い込んだりもする。不倫の場合、それは倍増するのかもしれない。「完璧な人に出会い、完璧な関係を築いていると思っていました。お互いに結婚していることだけは悲しかったけど、それもこの愛が試されているんだ、こういう状況でも私たちは愛を貫けるかどうかが重要なんだと思い込んでいた」
アユミさん(40歳)はそう言う。29歳のとき結婚し、31歳で長女を出産。ところが2年後に仕事で知り合った5歳年上の男性と恋に落ちた。
出会った瞬間、お互いに体中がしびれるほど惹かれ合ったのだという。だがふたりとも立場がある。自らの恋心に負けて、互いに相手に心身を委ねたのは半年後だった。
母、妻、会社員、そして恋する女へ
「それからは母、妻、会社員、そして恋する女になりました。恋する女の比重がいちばん高かったですね、気持ちとしては。でも現実は、日常生活と仕事で手一杯。気持ちをどうすることもできなくて、深夜2時ごろ、彼が私の自宅近くに車で来てくれて会ったこともあります。会わずに眠ることができなかった。苦しくてたまらなかった」
いつでも会えるわけではない、いつでも連絡がとれるわけでもない。メッセージのやりとりだって、もし見られたらと思えば事務的になる。いくつか符牒(ふちょう)を決めたこともあった。
「『仕事Aの件ですが、かなり煮詰まってきております』と書いたら、会いたくてたまらないという意味。『仕事Bはトラブルになりそうな点があり、本日中に結論を出したい』と書いたら、今日、なんとか会えないかという意味。
切なかったです。言い換えなければ愛情を伝えられないことが」
それでもお互いに時間を絞り出すようして逢瀬を重ねた。濃密な時間を過ごすと心身ともに力がみなぎったとアユミさんは言う。ところが3年経ったある日、なぜか突然、「別れよう」と思った。
「わかっちゃったんですよ。お互いに完璧な愛情を保ち続けるのがつらくなっていることが。以前のような情熱の高まりは冷めてきているし、彼を崇拝するような気持ちもなくなっていた。
勝手に崇拝していただけですが、彼も人間だから欠点もある。他の人の欠点は許せても、“完璧な恋人”の欠点は許せなかった。だからもういいかな、と。
自分にも100パーセントの愛情が欠けてきたなら、この恋を続ける必要はないなと思った」
彼に別れを告げた。彼は「わかった」とだけ言った。今も仕事で彼に会うことがあるが、アユミさんの心は揺らがない。「完全に燃え切った」からだという。
「婚外恋愛」には完璧さを求めたい
日常生活は夫と協力してこなしている。子どもたちはかわいい。仕事もある。なかなか会えないが、ときには友人たちと会うこともできる。既婚女性にないものは「恋愛だけ」と言う人もいる。結婚しているのだから恋愛は必要ないと考えるタイプもいるだろうが、必要かどうか以上に「出会ってしまったのだからしかたがない」のが、不倫をしている人の本音だろう。
「だからこそ、婚外恋愛には恋愛としての完璧さを求めてしまったんです」
似たような経験をしたミエさん(39歳)は言う。22歳と若くして結婚したミエさんは、20代のうちに女の子の双子と男の子を出産、3人の母となった。ある技術職についているが、出産前後を除いて、ずっと仕事を続けている。
「双子はもう高校生になりました。長男は中学生。最近、ようやく少し時間的に楽になりました。私の人生、子育てと仕事だけで終わると思って鬱々としていた時期もあったけど、40代はもっと遊んでやると思いながら頑張ってきたんです」
2年前のことだった。仕事先で出会った人と何度かランチをともにしているうち恋に落ちた。あなたが気になってたまらないと言われたとき、私もと口走った。
それからすぐに男女の関係になり、寝ても覚めても彼のことしか考えられなくなった。相手は6歳年下だった。
「私、まったく恋愛も知らないままに夫に引っ張られるようにして結婚してしまったんです。夫は優しかったけど、結婚のきっかけも妊娠だったから、なんとなく若い日にしそこなったのが恋愛だなあと思っていた。
そんなときに年下の彼に会って、私はこの人に出会うために今日まで生きてきたんだと思い込んだ。
恋の威力ってすごいですよね。いつも以上にパワフルになって、仕事も家事もばんばんやって。子どもたちに『何かあったの?』と言われました」
子どもたちに仕事だと嘘をついて彼に会ったこともある。家族で過ごすために取るはずだった有休を、彼のために使ったこともある。それでももっと会いたかった。
彼に自分の人生のすべてを知ってほしい、彼のことも知りたい、彼の人生を背負いたいと、思いはどんどん募っていった。
終わりの瞬間も突然だった
「私の誕生日に、彼がアクセサリーをくれたんです。うれしかったですねえ。夫はアクセサリーなんかくれるタイプじゃないから。恋はますます燃え上がった。でもある日、一緒に食事をしていたら、彼が『これ、おいしいね。持って帰りたい』と、ふと漏らしたんです。そのときはそうだねと同調したんですが、数日後、この関係は解消しようと思いました」
わかっていたことではあった。お互いに家庭があるのだから、家庭を最優先させてきたはずなのだ。それでもミエさんの心はいつも彼が一番だった。
一緒に食事をしているのに、彼はおそらく家族が食べる様子を思い浮かべて「持って帰りたい、食べさせてやりたい」と思ったのだろう。それに気づいたとき、彼女の心の中で何かがぷつりと切れた。
「その瞬間、私の中では終わりました。彼は別れたくないと言ったけど、バレない今が潮時だよと言って別れました。少し虚しかったけど、なんとなく晴れ晴れとした気持ちにもなりましたね」
ミエさんもまた、「やりきった」感が強かったようだ。恋はふと訪れて、思いがけないときに去っていくものなのかもしれない。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))