2024年F1第11戦オーストリアGP。レース後半、マックス・フェルスタッペンとランド・ノリスの優勝争いは徐々に激しくなっていった。フェルスタッペンはタイヤのグリップ不足に苦しみ、さらにはピット作業に時間を要したことでノリスとの差が一気に縮まったのだった。オーストリアGP後半を無線とともに振り返る。
────────────────────
レース中盤。アルピーヌのピエール・ガスリーとエステバン・オコンが、激しいチームメイトバトルを繰り広げていた。抜かせてくれないオコンに対し、ガスリーが実力行使に出た。
36周目のターン3でオコンに仕掛けるガスリー。しかしアウト側に押し出されてしまう。
ガスリー:なんで俺を押し出すんだ!
41周目、ガスリーがようやくオコンを抜いて行った。最後まで抵抗したオコンに、ガスリーが捨て台詞を残していく。
ガスリー:チャオ!
2番手ランド・ノリス(マクラーレン)に7秒前後のリードを保つマックス・フェルスタッペン(レッドブル)。しかしペースが伸びず、2台の差はジリジリと縮まっていく。第2スティントで履いたハードタイヤのグリップ不足に、明らかに手こずっていた。
49周目
フェルスタッペン:このタイヤ、これ以上持たないからね。
51周目、フェルスタッペンが2度目のピットへ。しかしいつもは迅速なタイヤ交換作業に定評のあるレッドブルのクルーが、左後輪の処理に手間取ってしまう。
フェルスタッペン:なんてことだ。
ジャンピエロ・ランビアーゼ:まだ行ける。出口の白線に気をつけろ。
このピットロスで、ノリスとの差は一気に1秒になってしまった。54周目には1秒以内に入り、ノリスがDRSで攻める。必死に防戦するフェルスタッペン。
55周目
ノリス:僕の動きに反応してる。許されないはずだ。
ブレーキングで動いたと、非難するノリス。
57周目
フェルスタッペン:何かクルマに異常があるような動きをしている。全然グリップがない。
履き替えたミディアムタイヤの問題というより、クルマ自体の動きが変だとフェルスタッペンが訴える。
59周目。ターン3で、ノリスがアウト側に大きくはらみながら前に出た。
フェルスタッペン:コース外から抜いていった。
ランビアーゼ:すでに(ノリスは)ブラック&ホワイトを受けている。
ノリスはこの時点で、トラックリミット違反による黒白旗を出されていた。あと1回でタイムペナルティだ。
フェルスタッペン:じゃあ5秒ペナルティだね。
ランビアーゼ:とにかく落ち着け。
フェルスタッペン:わかってるよ。
ノリス:僕が動いてから、ラインを変えてる。危険すぎるよ。このまま行ったら、大クラッシュだ。
ノリスはポジションを戻したが、これで4回目のトラックリミット違反となった。
63周目、ターン3の攻防で、今度はフェルスタッペンがアウト側にはみ出し、そのまま先行した。
フェルスタッペン:僕を押し出した!
ノリス:僕の方がエイペックスで前にいた。譲るべきだ。
ジョゼフ:その通りだ。コースオフしてるしね。
そして64周目のターン3で、ついに2台は接触。
ノリス:クルマが完全にXXXだ!
ジョゼフ:いや、ただのパンクだ。ピットインしろ。
ノリス:ひどいダメージを負ってる。そうだろ? リタイアした方がいい。ポイントを獲れないのなら、無駄に走るのはやめよう。
そのままノリスはリタイア。フェルスタッペンは5番手に復帰し、ジョージ・ラッセル(メルセデス)が首位に躍り出た。トト・ウォルフ代表の興奮ぶりが極限に達した。
66周目
ウォルフ:勝てるぞ、ジョージ! 勝てるぞ!
ラッセル:運転させてくれ!
レース後、ラッセルは「あの無線が流れた瞬間、コースアウトするかと思った」と、語っている。猛追するオスカー・ピアストリ(マクラーレン)を抑え、ラッセルが波乱のレースを制した。
チェッカー後
マーカス・ダドリー:よくやった。ボスがかなり興奮しているぞ。
ラッセル:今までの分を挽回しないとね。
ダドリー:まだ終わったわけじゃないぞ。
ラッセル:終わるまでは、終わってない。ハハハ。
ウォルフ:ジョージ、ブレーキング中に話しかけて、本当に申し訳なかった。
ラッセル:興奮してたよね。
ウォルフ:今はもっとだ。おめでとう!
ラッセル:(開幕戦)バーレーンでは、ここまで来れるなんてとても思えなかった。みんな、よくやってくれた。
ランビアーゼ:マックス、10秒ペナルティだ。
フェルスタッペン:ああ。そうだね。ほんとにバカげてる。(ノリスは)左右に激しく動いてきた。僕はどうしようもなかった。
ランビアーゼ:確かに、真っ当な動きじゃなかった。今日はついてなかった。でもきみはベストを尽くしたよ。
ペレス:信じられない。なんでこんなに遅いんだ。
フェルスタッペンは接触事故で優勝を逃し、ペレスはハースのニコ・ヒュルケンベルグを最後まで抜きあぐねて7位。レッドブルにとっては、オーストラリアやモナコ以上に、内容的に最悪のレースだった。