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制度導入から6年、大阪地検特捜部で初の「司法取引」 日本ではなぜ少ない? 元検事の見方

2024年07月03日 09:20  弁護士ドットコム

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奈良県御所市が発注した火葬場建設工事の契約をめぐる汚職事件で、捜査に協力する見返りとして刑事処分を減免する「司法取引」が適用されていたと報じられた。


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毎日新聞(6月20日)などの報道によると、この事件では元御所市議が建設会社幹部から現金計7500万円を受け取ったとする加重収賄罪で起訴された。6月20日の公判で、検察側が2022年6月15日付で司法取引が成立したことを示す「合意内容書面」を明らかにしたという。



元市議は司法取引の約4カ月後に起訴されているが、大阪地検特捜部は、特定の企業グループ受注に協力したとされるコンサルタント会社の社員から司法取引によって得た情報を踏まえ、捜査を進めたのではないかとも報じられた。工事の入札を妨害した疑いがあった同社員だが、司法取引に応じた結果、立件されなかったようだ。



司法取引の導入は2018年だが、大阪地検特捜部の事件で実施されたのが明らかになるのは今回が初めてで、毎日新聞によると、これまでに司法取引の適用が判明しているケースは、全体でも東京地検特捜部が捜査した3件、兵庫県警では1件だという。



司法取引は適用事例が少ない“レア”な制度といえそうだが、なぜこれほどまで利用されないのだろうか。元検事の西山晴基弁護士に聞いた。



●アメリカの司法取引とは何が違う?

──司法取引とはどのような制度でしょうか。



日本の司法取引は、「他人」の刑事事件について協力することによって、「自分」の刑事事件について有利な取扱いを受けることができる制度です。



従前の捜査方法だけでは真相解明が困難な事案を摘発できるようにする必要性から、新たな証拠収集方法として導入されました。



そのため、適用対象は、贈収賄事件、インサイダー取引事件、脱税事件など、組織の指揮命令状況や、共謀・協力状況などを立証することが困難であることが想定される特定の犯罪に限定されています。



──アメリカの司法取引制度との違いは何でしょうか。



1つ目は、アメリカの「司法取引」は、適用対象とされる犯罪が限定されていない点です。



2つ目は、「他人」の刑事事件だけではなく、「自分」の刑事事件についても、その罪を認めることによって有利な取扱いを受けることができます。



日本では、組織の指揮命令状況や、共謀・協力状況などを立証する新たな手段として設けることを目的としたため、「他人の刑事事件」について協力した類型のみに限定して導入されたわけです。



●日本で適用事例少ない理由「制度の適用範囲が限定」「運用も限定的」

──日本の「司法取引」の要件は何でしょうか。



以下の4つが挙げられます。



(1)適用対象とされる特定の犯罪である
(2)他人の刑事事件について、信用性の高い重要な供述をする、重要な証拠の提出をするなど証拠収集等への協力をする
(3)弁護人の関与、同意がある
(4)合意内容書面を作成する



ここでポイントになるのが、(2)の要件のうち、「他人」の刑事事件について「供述」をして協力するには、その「供述」が信用性の高い重要な内容でなければならない点です。



従来の刑事手続では、共犯者の供述には、自分の罪を軽くするために虚偽の供述をし、自分の罪を他人に擦り付けたり、他人を巻き込んだりする危険性があると考えられてきました。



そのため、そうした供述の信用性が高いといえるために、その供述を裏付ける客観的な証拠を併せて提出する必要性があり、共犯者の供述単体だけでは(2)の要件を満たすことは難しいと考えられます。



なお、司法取引の適正な運用を確保するため、合意に反して虚偽の供述をするなどした者は、虚偽供述等の罪により「5年以下の懲役刑」に処するものとされています。



──報道の限りでは適用事例がかなり少ないようです、なぜでしょうか。



アメリカの「司法取引」は、被疑者側の刑罰を軽くするというメリットだけではなく、捜査機関側の人員削減、時間や費用の節約といったコストカットができるメリットも踏まえた制度設計となっており、幅広く活用されています。



それに対して、日本では、組織の指揮命令状況や、共謀・協力状況などを立証することが困難であることに対処するための手段として制度の導入が検討され、適用対象の限定、「他人」の刑事事件に協力する場合に限定した制度とされました。



さらに、実際に司法取引を利用するかどうかも、司法取引を利用する必要性が高いといえるか、司法取引を利用して得られる証拠が重要なものであるといえるかを慎重に検討した上で判断されます。



実は私が検察官に任官した頃が、ちょうど司法取引が導入されるタイミングであり、司法取引の運用方針についてガイダンスを受けていましたが、その際も「慎重に利用するスタンス」での説明がなされていました。



そのため、そもそも制度の適用範囲が限定されていること、実際に活用する場面も限定的に運用されていることから、日本では適用事例が少なくなっていると考えられます。



もっとも、たとえば、企業犯罪の場合には、企業側としては、企業の損失を最小限にするために、司法取引の利用を積極的に検討する必要性があることもあります。



そのためには、企業自体が、不祥事が起きた際に、企業内部で信用性が高い重要な証拠を収集できる体制(内部通報制度等)を整備することも求められるかと思われます。真に「風通しの良い職場」だったから不祥事のダメージを最小限に抑えられた──。司法取引制度を適用したことが企業側にとってプラスに働くような事例が今後出てくるかもしれません。




【取材協力弁護士】
西山 晴基(にしやま・はるき)弁護士
東京地検を退官後、レイ法律事務所に入所。検察官として、東京地検・さいたま地検・福岡地検といった大規模検察庁において、殺人・強盗致死・恐喝等の強行犯事件、強制性交等致死、強制わいせつ致傷、児童福祉法違反、公然わいせつ、盗撮、児童買春等の性犯罪事件、詐欺、業務上横領、特別背任等の経済犯罪事件、脱税事件等数多く経験し、捜査機関や刑事裁判官の考え方を熟知。現在は、弁護士として、刑事分野、芸能・エンターテインメント分野の案件を専門に数多くの事件を扱う。

事務所名:レイ法律事務所
事務所URL:http://rei-law.com/