非常に真面目な妻の「汚れへのこだわり」
共働きだから自分も家事をなるべくやるようにしていると言うユタカさん(45歳)。結婚して12年たつ妻との間には10歳と7歳の子がいる。「妻は非常にまじめで神経質な性格なんです。育休中もかなり気持ちが上下に揺れていたので、僕も育休をとったくらい。子どもが何かを飲み込んだらどうしようとか、感染症にかかったらどうしようとかあれこれ考えて、昔から家の中をきれいにしていました」
特にコロナ禍では大変だったらしい。ユタカさんが帰宅すると、玄関で大きなビニール袋を持って待ち構えている。玄関外で服を脱いでその中に入れる。そうしてからようやく家に上がれるのだ。
「子どももまだ小さかったし、妻にそこまでしなくてもいいんじゃないかといえる根拠もなかったから、僕も妻の言いなりでした」
ただ、世間が少しずつおさまっていく中で、妻の不安も鎮まっていった。だが家の中をきれいにしておくというのは彼女の信念でもあった。
トイレ掃除を忘れて寝ると……
「結婚当初からきれい好きだったけど、子どもができてから拍車がかかった。今も毎日、お風呂掃除とトイレ掃除は僕の担当です。追い焚きできるんだから毎日、お風呂を洗わなくてもいいんじゃないかと思うけど、妻はそれを許さない。ただ、妻は定時で帰れるからいいけど僕は最近、残業も多い。
夜11時ころに帰って、夕飯を温め直して食べ、家族がすでに入った風呂に入って出るときに掃除、午前2時頃にトイレ掃除をすることもあります。トイレ掃除を忘れて寝ると、妻に起こされるんです」
妻は淡々と、「あなたも家族ならやるべきことをやってちょうだい。そうじゃないと家庭生活が計画通りに進まないの」と言う。
それにしても寝ている夫を起こしてまで、トイレ掃除をさせるとは……。
「尋常じゃないでしょう? でもあるとき、これはわが家の決まりだからという妻に、わが家という限りは僕の意見も聞くべきじゃないのかと言ったんですが、妻から答えはなかった。僕にはどうしても、妻がなぜそんなに掃除に固執するのかわからなかった」
少しずつ妻に話を聞いていくうち、妻自身が子どものころから家の掃除をさせられていたことがわかった。トイレとお風呂は小学生のころから彼女の担当だったのだ。
舐めるほどきれいにしないと母親からやり直しを命じられた。掃除をせずに寝ると母親に叩き起こされたという。
嫌だったことを連鎖させる心理
妻は、小学生のときはつらくて泣いたこともあるが、泣いたからといって許されるわけではなかったから、きれいにすることに集中したという。「結果的にそれは私のいい経験になったと言うんです。だったら子どもにやらせればいいと言ったら、『あなたを見ていると躾ができてないと思ってた。だからまずは掃除をきちんとやってほしかった』と。
『子どもたちにもキッチンやリビング、窓拭きなどの掃除はさせている。子どもたちはきちんとやっているけど、あなただけはちゃんとやろうとしない。だから厳しく言ってるの』って。
自分が嫌だったことを人にやらせる、しかも夫の躾ってなんでしょうね」
ユタカさんは苦笑いしながら言った。もちろんお風呂もトイレも掃除は重要だが、毎日、舐めるほどきれいにする必要があるのだろうか。
共働きなんだから家事は手抜きして、家族で楽しい時間を過ごそうとしたほうがよほど建設的ではないのか。彼はそう反論した。
「そういえば妻は、楽しむことに対してどこか罪悪感があるみたいなんですよね。夏に家族旅行をしても、旅先で子どもたちに勉強させたり、自分も仕事のスキルアップのための勉強をしたりする。
楽しむときは徹底的に楽しもうよと言ってもそれができないという。彼女自身もそうやって育ったからなんでしょうけど、今になってそういうことが明らかになるのはつらいですね……」
「親の支配」により完成された真面目な性格
本音を言えば、そんなふうに育ったことを正直に話してほしかったと彼は言う。もしかしたら結婚に至らなかったかもしれないが、そのほうがお互いに幸せだったという可能性もある。「妻の思い込みと支配によって、僕自身もかなり疲弊している。子どもたちも家事も勉強もしなくてはいけないとプレッシャーに感じている。もっと伸び伸び育てていこうよと、今も説得しているところです」
子どものうちから家事をさせるのが悪いこととは言えない。ただ、家事を「しなければいけないもの」と押しつけ、寝る間も惜しんでやらせるのは行きすぎだろう。
「まじめで神経質という妻の性格が、親の支配によるものだったというのが僕にはちょっとショックでした」
ユタカさんの説得によって、今、夫婦は一緒にカウンセリングに通っているという。時間はかかるかもしれないが、「もう少し妻自身が伸び伸びと生きてくれるようになればいいんですが」と彼は顔を曇らせた。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))