2024年06月28日 10:01 弁護士ドットコム
交通事故を起こしてしまったけど、任意保険未加入で支払いがキツイので、相手方に車両保険を使ってもらいたい──。こんな相談が弁護士ドットコムに寄せられた。
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相談者は加害者側で、自車のブレーキが間に合わず、信号待ちしている前方の相手方車両に後ろから追突したという事故で、自身が100パーセント責任を負うことには異論ないという。
もっとも、伝えられた修理費が高額で、今後車両内部の損傷等が見つかればさらに追加費用を要する見込みということもあり、「一括払いが厳しいので、相手方にはひとまず車両保険を利用して修理してほしい」と伝えることを検討している。支払いを分割にしたい思惑もあるようだ。
相手方も事故に備えるために保険加入していたのだろうが、加害者側からの「車両保険使って」と要望しても問題ないだろうか。また、要望された相手方としてはどう対応すべきだろうか。坂田信太弁護士に聞いた。
──加害者側から被害者側に車両保険を使うようお願いすることは可能でしょうか。
車両保険は、保険をかけている車が衝突や接触などの偶然の事故で損害を受けた場合に保険金が支払われる保険です。保険金の支払い条件として、加害者から支払われないといった事情が必要というわけではありません。
そのため、交通事故の被害者が、加害者に対して損害賠償請求をせずに、自分がかけている車両保険を使って車の修理をすることも何ら法的に問題ありません。自損事故でも、相手方が100パーセント悪いいわゆる「もらい事故」でも、双方に過失がある事故であっても、いずれも車両保険の保険金は被害者が保険会社に請求すれば支払われます。
ですので、加害者が被害者に対して、自分には高額の賠償金を一括して支払うことができないため、まずは被害者の車両保険を使って欲しいと頼むこと自体は問題ありません。
もちろんあくまでお願いですから、高圧的だったり脅すような態度で被害者に車両保険を使うことを迫るようなことは言語道断です。
しかし、被害者が加害者のお願いを受け入れて、車両保険を使うことのメリット・デメリットをきちんと把握した上で自由な判断で自分の車両保険を使うことには特に制限はありません。
──車両保険を使うメリットは何でしょうか。
被害者が自分の車両保険を使うメリットで一番大きいのは、スムーズな保険金の支払いによって、早く修理できることです。
加害者側が任意保険に加入しておらず、損害を賠償するための十分な支払能力もない場合には、被害者としては、たとえ加害者が支払いを約束しても、長期間の分割に応じざるを得なかったり、結局十分な賠償金を支払って貰えなかったりといったリスクを負うことになります。
この点、被害者が自分の車両保険を使えば、保険会社が適正な損害額を認定して、特に問題がなければ短期間のうちに修理代金の支払いが保険金によってなされ、早期に被害の回復が図られるというメリットがあります。
また、加害者側が100パーセント悪い事故の場合、被害者は保険会社の担当者が相手方との示談交渉を代わりにやってくれる「示談代行サービス」を受けることができません。被害者が自分の加入している車両保険を使えば、相手方との交渉をせずに済むというメリットもあります。
もっとも、自分の保険に弁護士特約がついていれば、弁護士費用が保険金から賄われますので、加害者が100パーセント悪い事故でも、自分で対応する必要はないと言えます。
──デメリットもあるのでしょうか。
デメリットとして一番大きいのは、車両保険をつかうことで、加入している保険の保険料割引率の等級が下がり、次年度以降の保険料が高くなるという点です。
多くの自動車保険で、車同士の事故では「3等級」下がりますので、事故後3年間、保険料が上がり、4年後にようやく元に戻ることになります。
そのため、もし加害者から車両保険の使用を頼まれた場合、応じる前に自分の保険会社の担当者に、車両保険を使った場合に余計に払うことになる保険料の額を計算してもらい、早く確実に修理ができることなどのメリットと比べて、どうするかを判断するべきです。
なお、自分が無過失、つまり相手方が100パーセント悪い場合の車両保険使用では等級が下がらないという特約(車両保険の無過失事故に関する特約)もありますので、あらかじめ自分が加入している保険の内容を確認しておくのがよいでしょう。
──加害者側は修理費の分割払いを検討しているようですが、車両保険を利用した場合、保険会社に要望することになるのでしょうか。
保険会社が車両保険の保険金を被害者に支払った場合、保険会社は、被害者が加害者に対して持っていた損害賠償請求権を取得します。
そのため、被害者が自分の車両保険を使った場合、加害者は、被害者の保険会社から、損害賠償請求を受けることになります(求償請求と言います)。
保険会社からの求償請求に対して、一括で支払えない場合、加害者としては分割払いの提案をし交渉することになります。
保険会社としては、もちろん一括で支払ってもらうに越したことはありませんが、支払能力が不十分な加害者に対して訴訟を起こして回収しようとしても費用倒れとなる可能性がありますから、現実的な分割案であれば交渉に応じることは十分あり得るでしょう。
ただ、あくまで交渉ですから、保険会社が加害者が希望するような分割払いを認めず、訴訟等の裁判手続きで解決するという方針を固めれば、加害者としては訴訟等の手続きの中で改めて分割案の検討を求める、ということになります。
【取材協力弁護士】
坂田 信太(さかた・しんた)弁護士
早大法卒。2005年弁護士登録。2012年東京弁護士会常議員、日本弁護士連合会代議員。交通事故(被害者側・加害者側)、その他の損害賠償事件のほか、一般民事事件(貸金、請負、不動産等)及び家事事件(離婚、親子関係、相続等)などを手がける。近時は自治体からの成年後見業務依頼が増加。
事務所名:ひびき綜合法律事務所
事務所URL:http://www.hibiki-law.gr.jp/