トップへ

「韓国人だからレイハラされた」 元外資系証券マンの解雇無効訴訟、あす判決へ…東京地裁

2024年06月26日 11:20  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

韓国人であることを理由に、上司から差別的な扱い「レイシャルハラスメント」を受けたので、会社に申し立てたところ、解雇されてしまった――。そう主張する元外資系証券マンの40代男性が、損害賠償や解雇無効を求めている裁判の判決が6月27日、東京地裁で言い渡される。判決前に彼は何を思うのか。(ライター・碓氷連太郎)


【関連記事:■「何で全部食べちゃうの!?」家族の分の料理を独り占め 「食い尽くし系」の実態】



●「上司から差別的な発言を繰り返された」

原告の男性、Aさんは1999年から2002年まで日本の大学院で学んだ。



兵役のために韓国に戻り、除隊後は日本の証券会社の香港支社などに勤務。2007年、再び来日して別の日系証券会社を経て、同年にモルガン・スタンレーMUFG証券に転職した。



入社後は証券化チームに配属されたが、2008年にリーマンショックが起きたことで、債券デリバティブの部署に異動し責任者となった。



この頃、韓国の李明博大統領(当時)が竹島に上陸したのち「韓国に来るなら日王(天皇のこと)は独立運動家に謝るべきだ」と発言したり、ロンドン五輪のサッカー日韓戦で韓国チームのメンバーが「独島は我が領土」と書いた横断幕を掲げたりする出来事が起きていた。



このような上司の発言に違和感を覚えながらも、Aさんは2011年に債券デリバティブチームで昇進したことから、業務に打ち込む日々を送っていた。



2016年頃、B氏はAさんに「昇進したいなら、今の倍は収益をもたらさないと」などと伝える一方で、他部署から異動してきたCさんについては「1年間実績が上がらなかったら、元の部署に戻す」と明言したにもかかわらず、同じポストに据え置いたままにしていた。



AさんがC氏が業績を上げないことに言及した際、B氏は「なぜ彼を嫌うのか。いい人じゃないか」と言ったそうだ。



また、B氏は、徴用工問題に対する韓国大法院の判決への不満をぶつけたり、韓国海軍が自衛隊の哨戒機に対してレーダーを照射した問題の際に「レーダー照射、どうにかしてくれ。あなたの先輩だろ」などと発言したという。



●レイシャルハラスメントの調査を求めたが・・・

たび重なる差別的な発言と、人事の不透明さにストレスを感じて、睡眠障害を発症したAさんは2020年3月、B氏のレイシャルハラスメントについて、人事部に調査を求めた。



同年4月、調査チームは、B氏の発言を認めたものの「『天皇を侮辱するな』は強制的で攻撃的であり、アンプロフェッショナルであるが、ハラスメントにはあたらない。他の発言についても強制的で攻撃的ではないため、ハラスメントではない」と回答した。



そのうえで、Aさんに対して、調査の事実やその結果を社内外に話すことを禁止した。



同年5月に「重度ストレス障害」と診断されて、2カ月休職したAさんは、米国本社CEOに一連の経緯を書いたメールを直接送信した。しかし、結論は変わらなかった。



他の同僚やモルガン・スタンレーMUFG証券の代表に事情を伝えたところ、会社側はAさんに対して退社を前提とした解決金の支払いを提案し、ハラスメント申立て内容を人事部以外に連絡しないという秘密保持契約書に署名するまで無期限の自宅待機とする命令を出した。



「ハラスメントを受けた側の口をつぐませて、追い出すことに納得がいかない」。そう感じたAさんは再び本社経営陣にメールを送った。すると、会社側は2021年1月にAさんに対して解雇を予告した。解雇予告通知書には「今でも秘密保持契約書に署名すれば解雇を撤回する」と書いてあったが、Aさんは最後まで署名を拒み、2021年2月28日付で解雇が確定した。



Aさんは2021年3月、レイシャルハラスメントへの不適切対応への損害賠償や解雇無効を求めて、モルガン・スタンレーMUFG証券を東京地裁に提訴した。なお、のちに自身と雇用契約を締結していたのはモルガン・スタンレー・グループであることがわかり、同年5月に被告を変更している。



●会社側は「解雇は妥当だ」と主張している

2021年5月に裁判が始まると、証人尋問3回を含めて、これまでに19回にわたる審理がおこなわれた。モルガン・スタンレー・グループ側は、証人尋問や準備書面などで、次のような理由から「解雇は妥当だ」と主張している。



・原告は昇進に執着し、売上を上げてないC氏が留まっているのに、自身がMD(マネージングディレクター)に昇進できないことが差別であると申し立てた



・原告にC氏の人事について適切に説明したにも関わらず、原告が受け入れず、内部でC氏を誹謗中傷するメールを送り続けた



一方で、Aさんによると、昇進差別を申し立てた事実はなく、C氏がポストに留まる理由について説明を求めたのに回答はなかったという。そして、コロナ禍におこなわれた電話の録音記録がその証拠だと、Aさんは主張している。



「裁判をはじめた当初は、事実に対する法的な評価を争うものだと思っていました。しかし、会社の答弁書を読んだときには、事実と異なる主張に激しい怒りを覚え、睡眠薬を飲まなければ眠れない日々が続きました」(Aさん)



Aさんによると、モルガン・スタンレー・グループは「正しいことをする」「多様性と包容性にコミットする」ことに価値観の中核を置き、積極的に「ハラスメントは決して許さない。声を上げなさい。あなたは決して報復を受けない」と従業員に伝えているという。



その言葉を信じてハラスメントを申告したというAさんは「元同僚たちも『会社の実態を公にしてほしい』と支援してくれています。企業は言葉ではなく、行動で判断されるべきで、モルガン・スタンレーの『偽善』を許してはならないと感じています」と話す。



●国籍や出自を理由としたハラスメント被害がなくなるように

復職を目指すAさんは、これまでの貯金を取り崩しながら裁判に専念した。自分だけでなく、家族にとっても「大きな痛み」をともなったが、それでもその存在に勇気づけられてきたという。



「解雇予告通知を受け取った夜、私は涙が止まらず、妻に『秘密保持契約書にサインし、会社が提示した解決金を受け取って、転職する』と言いました。しかし、妻は『不正なことには声を上げなければならない。家族のことは心配しないで。裁判を起こしましょう』と励ましてくれました。



私は無給で裁判に専念することとなり、3年間生活費を渡せませんでしたが、妻はアルバイトと自身の貯蓄で家計を支えてくれました。子どもたちも、転校を余儀なくされましたが、理解を示してくれました。困難な時期をともに乗り越えたことで、家族の絆が一層深まった気がします」



判決を前にAさんは、不安と期待が入り混じった気持ちで日々を過ごしているという。



「万が一、解雇が有効とされた場合、今後の生活に対する心配で、夜中に何度も目が覚めてしまっています。一方で、ハラスメントと会社の違法行為が認められれば、社会に貢献できると同時に、会社に復帰してモルガン・スタンレーを自身のコアバリューに忠実な企業に変えていくことへの期待も抱いています」



また、国家と個人は別物なのだから、他国に対する反感をその国の出身者個人に向けること自体が間違いだと指摘する。



「B氏は彼の親世代から続く韓国人に対する偏見と、日本社会で長く続く韓国人差別の歴史に影響されて、私に対して繰り返しハラスメント言動をおこなったのだと思います。私が求めたのは彼の懲戒処分や解雇ではなく、ハラスメントの事実を認めて謝罪させて、再発防止を約束させることでした。だから彼も私も、会社の不適切な対応による被害者だと思います。



韓国人、朝鮮人は長い間、日本で差別を受けてきました。韓国の大統領や政府、司法、軍隊の言動に対する嫌悪感が上司によって私に向けられることになりましたが、国家と個人は別物です。この裁判を通じて、私が経験した言動がハラスメントと認定され、広く社会で共有されることで、国籍や出自を理由としたハラスメントの被害を受ける人がいなくなることを願っています」