2024年06月21日 10:20 弁護士ドットコム
ユニバーサルミュージックは6月13日、ロックバンド「Mrs.GREEN APPLE」の新曲『コロンブス』のミュージックビデオ(MV)を公開停止した。前日に公開されたばかりだったが、「歴史や文化的な背景への理解に欠ける表現が含まれていた」と謝罪。メンバーの大森元貴さんも経緯を説明して、お詫びしている。
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MVではメンバーが扮したコロンブス、ナポレオン、ベートーヴェンが遭遇した類人猿たちに人力車を引かせたり、乗馬を教えたりするなど、「植民地支配を想起させるような内容」が描かれており、公開直後からSNSで問題視された。
さらに、キャンペーンソングとしてタイアップしていた日本コカ・コーラが、「MVの内容に関しましては、事前に把握をしておりません」と関与を否定したことから、「責任逃れ」「冷たい」などの批判も招くことになった。
なぜ、ユニバーサルは差別的表現を「スルー」してしまったのか。コカ・コーラの「我々には関係ない」という態度に問題はないのだろうか。
製品や広告の表現問題にくわしい埼玉大学大学院の水村典弘教授(企業倫理学)は、ユニバーサル・ミュージック所属のアーティストに重大な責任はなく、アーティストを取り巻く環境に目を向けるべきだと指摘する。(聞き手・塚田賢慎)
——水村教授は国内外のSNS炎上を調査・分析しています。今回の出来事をどのように捉えていますか。
ありとあらゆる角度から入念にチェック・検閲された企業広告に飼い慣らされた私たちにとって、Mrs.GREEN APPLEのMVはあまりに無防備でした。そして、今回の出来事を通して驚きがありました。ユニバーサル・ミュージックの対応と日本コカ・コーラの対応です。
物議を醸したMVは国内で視聴できなくなっています。しかし、私が確認したところ、中国で人気のSNS「微博」(Weibo)では5万回(6月16日夜時点)再生されていました。米国内のSNS上で話題になると予想していましたが、シニカルな反応がわずかに見られた程度でした。
昨年3月にジャニーズ問題を報じた英BBCをはじめとして、インディペンデント紙やAFP通信などの海外メディアが『コロンブス』のMV問題を配信したため、J-POPの人気バンドが何をどう描写して叩かれたのかは知る人ぞ知る事実となっています。
——アーティストに責任はありますか。
これまでの経過を踏まえると、アーティストに重大な責任はないと私は考えています。その一方で、問題となったMVのディレクターやプロデューサーは今、何を思うのでしょうか。日本コカ・コーラの関係者はこれまでの経過をどう評価するのでしょうか。
一連の出来事は、MVのプランニング・ディレクターをつとめていた大森さんの未熟さに起因したのだといえます。ただ、そうはいっても、Mrs. GREEN APPLEはもはやインディーズバンドでなく、ユニバーサル・ミュージックと組んでProject-MGAを立ち上げるほどの実力の持ち主です。
つまり、MVの制作から公開に至る各段階でその道のプロが立ち会っていたはずなのに、どうして差別的な表現がスルーされてしまったのでしょうか。あるいは、現場に圧力の強い人がいて、その場で誰も何も言えなかったのでしょうか。
――MVの制作側に問題があったということですか。
MVの制作には、MVのディレクターやプロデューサーをはじめとして、アーティストの所属事務所や所属レーベルの担当者、及び広告代理店のディレクターなどが関与していたはずです。
米国のユニバーサル・ミュージック本社の定める行動基準である「場の空気を正しくセッティングする(Setting the Right Tone)」はきちんと機能していたのでしょうか。たとえそうでなくとも、MVに携わる人が働く会社の社内基準を元に良し悪しを判断していれば、今回のような事態にはならなかったはずです。
MV問題で矢面に立たされたのはMrs. GREEN APPLEとそのメンバーでした。MVの制作から公開に携わった人は黙して語らずのようです。大森さんが独り密室にこもって創り上げたMVを社の許可なく公開したのならともかく、Mrs. GREEN APPLEにすべての責任を負わせて、自分たちだけ安全な後方で安穏としている人がいるのだとすれば、今後も似たような問題が起こるでしょう。
ユニバーサル・ミュージックは「公開前の確認が不十分」と説明しましたが、どのようなチェック体制が社内で組まれていたのでしょうか。なぜ確認不十分のままMVを公開したのでしょうか。「今後はこのような事態を招くことのないよう細心の注意を払い」と記していますが、所属アーティストをどうやって守っていくのでしょうか。
米国本社の行動基準の冒頭一文には「音楽に傾ける情熱とクリエイティビティ」と「インテグリティ」という言葉が使われています。『コロンブス』MVに携わった人に求められるのは「インテグリティ」です。「誠実さ」とも訳され、広義には「裏表がないこと」を意味します。
要は、どうしてそうなったのかを明らかにすることが大切です。関係者の誰も表現上の問題に気付かなかったのであれば、その旨を公表すべきでしょう。事実を明らかにして、良し悪しの判断は世の中に委ねる。それが会社として取るべき道なのではないでしょうか。
——日本コカ・コーラはMVに関与していないという立場を明確にしました。このようなメッセージを「冷たい」と受け取る意見もSNSでは見られます。
5月31日に公開された「Coke Studio」キャンペーン開始を告知する楽しげなサイトとは対照的に、MV炎上後に日本コカ・コーラから発信された紋切り型のコメントはひどく冷酷に映りました。
MVは自分たちのあずかり知るところでなく、米国本社の拠って立つ行動基準とも相容れない表現であったため、「我々が大切にしている価値とは異なるもの」と表明したのでしょう。MV上の差別的な表現について「弊社は事前に把握をしておりません」と明言していますが、SNS上には同社の見解を疑問視する声に「いいね」が付けられています。
日本コカ・コーラの塩対応は論議を呼びました。そもそも『コロンブス』は「Coke STUDIO」キャンペーンソングとして書き下ろされたものだったからです。また、歌詞のフレーズを詳しく分析すると、コカ・コーラを念頭に置く曲であることも明らかになっています。
6月12日に公開されたAdverTimes.(アドタイ by 宣伝会議)の記事「CM曲は今年もミセスが書き下ろし」を画面上で見ると、「動画を再生できません」という文字が浮かぶ漆黒の画面と、テレビCM「Coke STUDIO 魔法のはじまり」の楽しげな様子とのコントラスト比が高く物悲しささえ感じさせます。
日本コカ・コーラから提供される情報はなく、ネット上の記事を元にSNS上ではいろいろな憶測が飛び交っています。ただ時間の経過とともに、話題性のピークは過ぎつつあるのも事実です。SNS炎上を調査・分析する身としては、だんまりを決め込むのもまた広報(PR:Public Relations)で先進的な企業の取る選択肢の一つなのだろうと理解しています。
しかし、こうも黙秘を貫かれると、暖簾に腕押し、一人相撲を取っているような感覚に陥っていて、相手の術中にハマったような気になります。
――今回の問題をめぐって当事者の企業のみならず、メディアの態度への失望も招きました。
民放各局の情報番組は『コロンブス』MVを好意的に取り上げていました。そのような取り上げ方をしていたネットメディアも、ただYoutubeのコメント欄やSNS上で批判の声が高まると、手の平を返したような対応に転じました。コロッと態度を一変させる姿勢にSNS上には諦めにも似た声が相次いで投稿されました。
広告料収入減に直面するメディア各社にとって、日本コカ・コーラは「大切なお客様」となっています。お客様目線に立つ柔軟な対応は合理的な選択なのかもしれませんが、スポンサーシップ・バイアスの影響下に置かれると、正しい選択よりも、自分たちの選択を正しくすることに注意が向くともいわれます。
MVの表現上の問題にいち早く気づいたのは、YoutubeやSNSのユーザーでした。炎上を後追いして『コロンブス』MVを扇情的に取り上げるメディアもまた炎上の「消費」のサイクルに加担していると感じます。かつてメディアは「民主主義の砦」とも呼ばれていたようですが、もはや去勢されてしまったのでしょうか。
公開停止から1週間あまり。首都圏で選挙が始まり、今回の一件も過去のニュースとなりつつあります。炎上がただただ消費され、批判の矢面に立たされた人や企業の担当者だけが心身ともに疲弊していく姿を目の当たりにすると、「このままではいけない」と思う自分がいます。
『コロンブス』は3人組ロックバンド「Mrs. GREEN APPLE」の新曲で日本コカ・コーラ社の「Coke STUDIO」キャンペーンソング。MVは6月12日に公開されたが、直後からSNSで批判が噴出すると、翌13日には公開停止となった。バンドの所属するユニバーサル・ミュージックは6月13日、「歴史や文化的な背景への理解に欠ける表現が含まれていたため、公開を停止することといたしました」「当社における公開前の確認が不十分であり、皆様にご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます」と謝罪した。メンバーでMV制作に取り組んだ大森元貴さん(Vo/Gt)も「我々の配慮不足が何よりの原因です」などとお詫びした。ユニバーサルと大森さんらの声明が出されたのち、キャンペーンに起用していた日本コカ・コーラ社は13日夜、弁護士ドットコムニュースの取材にコメントを寄せた。「コカ・コーラ社はいかなる差別も容認しておりません。今回の事態を遺憾に受け止めております。本楽曲を使用したすべての広告素材の放映を停止させていただきました。また、弊社ではミュージックビデオの内容に関しましては、事前に把握をしておりません」
【プロフィール】水村典弘(みずむら・のりひろ)。埼玉大学学術院-大学院人文社会科学研究科教授。 明治大学大学院商学研究科博士課程修了。博士(商学)。2004年~埼玉大学。専門は行動倫理学、企業倫理学。コンプライアンスや製品・広告等表現の倫理について研究。メーカーで製品・広告等表現の倫理アドバイザリーも務める。