2024年06月15日 09:10 弁護士ドットコム
円安によるインバウンド好調で、経済的メリットだけでなく、混雑やトラブルなどのデメリットも起きている。こうした「オーバーツーリズム」解消などのため、外国人観光客用に別料金を設けるいわゆる「二重価格」の議論も活発だ。
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たとえば、登山家の野口健さんは今夏から有料化される富士山の通行料に言及。「自国民と外国人で入山料を変えるのはよくあること」として、オーバーツーリズム対策のため、「日本人1万円、外国人3万円」というアイデアをX(旧Twitter)で披露している。
野口さんのアイデアには賛同者も多く、立憲民主党の泉健太代表もそのひとり。二重価格に賛成した上で、日本人については現在予定されている「『2千円程度』が良い」と投稿したことから、X上では国籍差別にならないのかという議論も起こった。
仮に二重価格の法制度が現実化した場合、外国人への差別にならないのか。法的なハードルについて、行政法研究者で「性風俗業へのコロナ給付金不支給問題」など差別についての憲法訴訟も担当している平裕介弁護士に聞いた。
<編中:隅付き括弧は脚注番号。出典・説明は記事末尾に掲載している>
憲法14条1項は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない」とし、法の下の平等の基本原則を定めています。
一般的に、国や自治体等といった国家権力が個人を不合理に差別してはならないという平等原則と、国や自治体等から合理的な理由なく差別されずに平等に取り扱われる権利という平等権を保障した規定です【1】。
ご質問の事例では、富士山等の日本国内の観光名所を通行するに際して、外国人から日本人(日本国籍を有する者)よりも高額の通行料を強制的に「徴収」するということのようです。
なので、例えば、山梨県が富士山の入山に係る地方税(地方税法1条1項4号)としての法定外目的税(地方税法4条6項、5条7項)【2】を、入山する観光客から強制的に徴収し、その税金の金額が日本人よりも外国人の方が高いものとする条例を制定する(地方税条例主義)【3】ということを想定しているのでしょう。
しかし、このような法制度も、他の法律と同じように、日本国憲法というハードルを超える必要があります。
日本は憲法で立憲主義を採っています。そのため、権力者は憲法に拘束されますから、海外でも似たような法制度があるからという事情だけで「日本もOK!法的に問題なし!」というわけにはいきません。このような単純な考えは間違いであって、あくまでも日本の憲法や判例・学説を基準に考える必要があります。
この事例では、外国人の平等権あるいは外国人との関係での平等原則(14条1項)と、外国人の「移動の自由」(日本国内を旅行する自由、憲法22条1項等参照)が問題になります。少し専門的な言い方ですが、国籍に基づく別異取扱いが「差別」に当たるのかという話と、外国人の「人権享有主体性」の話とが重なり合うような形で問題となります【4】。
このような問題について、ネット上では、憲法14条1項は「国民は、法の下に平等」と書いてあるのだから、外国人には平等権は保障されないし、外国人は平等に取り扱わなくてもよいのだなどという意見もあるようです。「『何人も』と書いておらず『国民は』と書いているじゃないか!」という単純な意見です。
しかし、このような意見は、憲法学の支配的な説や最高裁判例の採る見解とは異なるものであって、専門知や判例の立場を無視した初歩的な誤解だと言わざるを得ません。
昔は、外国人の享有し得る憲法上の権利の範囲について、各条項の主語が「国民」となっていれば外国人には保障されず、「何人」となっていれば外国人にも保障されるという「文言説」【5】が唱えられたこともありました。
しかし、憲法の起草段階で主語が意識的に選択されたとはいえず、現に憲法22条2項が「何人」にも「国籍を離脱する自由」を保障している(外国人も国籍離脱の自由を持つという背離が生ずる)ことなどから、文言を決め手にすることはできない、という批判がなされ【6】、今日において、文言説が妥当だと説く憲法学者はほぼ皆無です。
現在の憲法学の支配的な見解・通説は、外国人の享有し得る憲法上の権利の範囲について権利の性質に応じて個別的に判断し、性質上適用可能な人権規定は外国人にもすべて及ぶと考える「権利性質説」(性質説)です【7】。
人権が前国家的・前憲法的な性格を有するものであり、憲法98条が国際主義の立場から条約や確立された国際法規の遵守を定めていることや、人権の国際化の点(国際人権規約等)を考慮すると、権利性質説が妥当といえます【8】。判例(マクリーン事件判決)【9】も、この説に立っています。
そして、平等権も、思想・良心の自由や信教の自由等と同様に人が人であることによって当然に享有すべき人権【10】ですから、外国人にも保障されるものといえます。マクリーン事件判決以前から、最高裁も、概ね同様の立場に立っています【11】。
なお、判例は、憲法14条1項後段の「人種」に国籍は含まれないと解しています【12】が、同項後段の5つの列挙事由(人種・信条・性別・社会的身分・門地)は例示であるとも解しています【13】ので、同項の後段の規定も外国人を差別してよい理由にはならず、やはり国籍を理由とする不合理な差別は憲法違反だということになります。
前述したとおり、入山に係る税を取れば、個人の日本国内の移動・旅行の自由を制限することになります。移動の自由は、憲法の条文に明記されてはいませんが、憲法解釈上、居住・移転の自由を定めた憲法22条1項によって保障されるものと理解されていますので、国内を移動する旅行の自由も憲法で保障されています【14】。
移動の自由には、自由な経済活動だけではなく、自由な政治的活動や文化的社会的活動の基礎を提供する意義がある【15】ので、表現の自由などの精神的自由に分類する説も有力ですし【16】、そもそも人の身体の物理的状態と運動に関する自由ですから【17】、移動・旅行の自由も人が人であることによって当然に享有すべき基本的人権といえます。そこで、このような権利の性質上、外国人にも日本国内を移動・旅行する自由が保障されているといえます。
以上のとおり、憲法14条も22条も外国人を排除する趣旨の規定ではなく、平等権も移動の自由も外国人に保障されます。とはいえ、無制限の保障を受けるわけではありません【18】。
ここで重要なのは、どんな場合であれば不合理な差別(あるいは人権侵害)となり違憲となるのか、あるいは合理的な区別といえ合憲になるのか、この違憲性/合憲性をどのような枠組み(判断枠組み、審査基準)で判断すべきなのか、という問題です。
この問題について、外国人の平等権に関する判例(指紋押捺事件判決)【19】は、日本国籍を有する者とは社会的事実関係上の差異がある(戸籍制度のない)外国人については、そのような外国人の基本的人権を制限する立法の〔a〕目的、〔b〕必要性、〔c〕相当性が認められるのであれば、その取扱いの差異には合理的根拠があって差別ではなく、憲法14条1項違反にはならない、としました。
この判例の判断枠組みについては、憲法学者から緩やかすぎる(合憲性を広く認めすぎる)基準である旨の批判があります【20】が、ひとまず、この判断枠組みを前提として、検討を進めることにします。【21】
富士山等の日本の観光名所の通行・立入りに際して外国人からだけ高額の入場料を強制的に徴収するような税制度(法定外目的税)が作られた場合、そのような法制度は、国籍に基づく別異取扱いをするとともに外国人の移動・旅行の自由(憲法22条1項)という人権を制限するものですから、一定の立法裁量があることを前提としたとしても、〔a〕目的、〔b〕必要性、〔c〕相当性の点をクリアできなければ、憲法14条1項に違反するということになるでしょう。
これらのうち、オーバーツーリズム対策や観光地の環境保護ということで〔a〕目的、〔b〕必要性の点は一応クリアできるのかもしれません。
他方で、〔c〕相当性については、欧米諸国とは異なり、日本よりも物価が低いか同じくらいの国から来た外国人にも同じように高額の税を課すのであれば、個々人の負担能力すなわち担税力(税を担う力)に応じた課税とはいえません。
そうすると、租税負担は担税力に即して公平に配分されなければならないという「租税公平主義」【22】の考え方に反することになるでしょうから、相当性を欠き違憲となる場合も出てくると考えられます。
また、日本よりも物価の高い外国人に対する課税であっても、予約制にするなど他の目的達成手段もある中で、例えば、日本人が数千円であるのに対し外国人は数万円というのは差が大きすぎるため、これも相当性を欠き、憲法違反となる、というのが1つの考え方だといえるでしょう。
租税制度は、公平だけではなく、効率・簡素の要請にも適合する必要があることから、外国人か否かについて外見で判断し、課税するということも一応考えられます(ただし、その判断は容易ではありません)。
しかし、このように、効率・簡素の要請と公平の要請とはぶつかりあうような場合には、原則として公平の要請を優先させるべきでしょう【23】。
そのため、仮に、物価の高い外国人に対して若干税額を高くするという制度自体が合憲であるとしても、外国人か否かについて外見で判断するような運用には問題があります。そのような運用・法適用をすれば、違憲・違法となる場合が出てくると考えられます。
ちなみに、強制的な法定外目的税ではなく、自治体が外国人旅行客を含む旅行客らに寄付の呼びかけを行うのであれば、二重価格であっても法的に問題はないのではないか、などと思う人もいるかもしれません。
しかし、このような呼びかけは、行政指導(行政手続法2条6項参照、通常は各自治体の行政手続条例にも同様の定義規定がある)に当たり、行政機関が「任務又は所掌事務の範囲内において」活動すべきという行政法上の基本原理【24】が妥当しますので、外国人のみ高い二重価格での寄付の呼びかけが自治体職員らの「任務又は所掌事務の範囲内」である旨の根拠が必要になるでしょう。
また、仮に任務又は所掌事務の範囲内だとしても、行政指導にも行政法の一般原則でもある平等原則が妥当しますので、不合理な差別に当たる取扱いだとして違法となる可能性があります。
なお、民間事業者については、憲法の規定は直接適用されず、民法90条や709条等の私法上の概括的条項を、憲法の趣旨を勘案して解釈・適用することにより、間接的に私人間の行為を規制しようとする「間接適用説」が従来の通説と言われており、判例も、この間接適用説を採るものとして理解されることが通常です【25】。
例えば、以下のような実例は、私人間において間接的に憲法14条等が適用された裁判例と理解できます。
・私人が経営する公衆浴場が外国人一律入浴拒否の方法で行った入浴拒否は、不合理で社会的に許容しうる限度を超えた差別であり、不法行為(民法709条)が成立するとしたケース【26】
・ゴルフクラブの会員から日本国籍を有していないことを理由に排除したことが憲法14条の趣旨に照らし社会的に許容しうる限界を超え違法であるとしたケース【27】
・外見上外国人と判断できるブラジル人の宝石店への入店拒否(外国人であることを理由に店舗からの退去を求めたこと)が差別であるとされ不法行為に当たるとされたケース【28】
これらの民間の事例に照らしてみても、自治体は、外国人が特に公共のスペースに立ち入る(移動・旅行する)際に日本人よりも高額の料金を取り、事実上そのスペースに入れなくしてしまう、あるいは入りにくくしてしまうような法制度を作ろうとすることには慎重でなければならないといえるでしょう。
最後に、国籍に基づく差別や外国人の人権の問題については、国際人権法という視点も重要です。長くなってしまいましたので、ここでは詳しい説明はしませんが、少なくとも、裁判所(裁判官)は、法解釈・適用に際して国際人権条約等の国際法を参照し、あるいは、国内法を国際人権条約等の国際法に適合するように解釈する【29】といったことをもっと積極的に行っていくべきでしょう。
そして、裁判官だけではなく、私たちのような弁護士等を含む多くの法律家も、さらには法律家以外の個々人一人ひとりが、国際人権のレンズを通して社会を見られるようになるための研鑽が必要だと思います【30】。
【1】芦部信喜『憲法学Ⅲ 人権各論(1)[増補版]』(有斐閣、2000年)17~18頁参照。
【2】金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂、2023年)100頁、宇賀克也『地方自治法概説〔第10版〕』(有斐閣、2023年)187頁。なお、法定外目的税の中では、各地の産業廃棄物税のほか、山梨県富士河口湖町の遊漁税、東京都の宿泊税などが有名です(板垣勝彦『自治体職員のための ようこそ地方自治法〔第4版〕』(第一法規、2024年)118頁)。
【3】金子・前掲注(2)98頁。
【4】長谷部恭男編『注釈日本国憲法(2)』(有斐閣、2017年)176頁〔川岸令和〕、渋谷秀樹『憲法(第3版)』(有斐閣、2017年)204頁、205頁脚注90参照。なお、最高裁は、法適用の平等か法内容の平等かにつき特段区別することなく、法内容を審査しており(同書171頁〔川岸令和〕)、法律の適用だけではなく法律の内容についても法の下の平等の原則に従って定められるべきという見解(法内容平等説・立法者拘束説)を前提としているものといえます。
【5】芦部・前掲注(1)125頁、木下智史=只野雅人編『新・コンメンタール憲法 第2版』(日本評論社、2019年)117頁〔木下智史〕参照。
【6】木下=只木・前掲注(5)117頁〔木下智史〕、芦部・前掲注(1)126頁、佐藤幸治『日本国憲法論〔第2版〕』(成文堂、2020年)163頁参照。
【7】芦部信喜著、高橋和之補訂『憲法〔第8版〕』(岩波書店、2023年)94頁、佐藤・前掲注(6)163頁参照。学説上、「およそ人たる以上享有すべき性質の基本的人権」といえるかどうかによって、外国人への保障の有無を判断する権利性質説がほぼ異論なく受け入れられています(木下=只木・前掲注(5)〔木下智史〕117頁)。
【8】芦部・前掲注(7)94頁参照。
【9】最大判昭和53年10月4日民集32巻7号1223頁。同判決は、「憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する月外国人に対しても等しく及ぶものと解すべき」と判示しています。なお、最判昭和25年12月28日民集4巻12号683頁は「人たることにより当然享有する人権は不法入国者と雖もこれを有する」としています。
【10】長谷部・前掲注(4)11頁〔長谷部恭男〕参照。
【11】最大判昭和39年11月18日民集18巻9号579頁は、「憲法14条の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推されるべき」であると判示しています。なお、芦部・前掲注(7)98頁も、平等権は「外国人にも保障される」とします。
【12】最大判昭和30年12月14日刑集9巻13号2756頁。
【13】最大判昭和39年5月27日民集18巻4号676頁、最大判昭和48年4月4日刑集27巻3号265頁。なお、「社会的身分」(憲法14条1項後段)について広く捉える見解(広義説)をとると、国箱も「社会的身分」に含まれるとする立場もありえます(渋谷・前掲注(4)205頁脚注90)。
【14】ほかに、憲法22条2項あるいは憲法13条によって保障されると解する説があります(赤坂正浩『憲法講義(人権)』(信山社、2011年)163~164頁参照)。いずれにせよ、判例・学説は、日本国憲法が「旅行」も保護の対象としていると解する点では一致しています(同書163頁)。
【15】渋谷秀樹=赤坂正浩『憲法1 人権〔第8版〕』(有斐閣、2022年)16頁参照〔赤坂正浩〕参照。
【16】渋谷=赤坂・前掲注(15)16頁〔赤坂正浩〕。
【17】渋谷=赤坂・前掲注(15)17頁〔赤坂正浩〕参照。
【18】芦部・前掲注(7)98頁は、「自由権、平等権……は、外国人にも保障されるが、その保障の程度・限界は、日本人とまったく同じというわけではない」と説きます。
【19】最判平成7年12月15日刑集49巻10号842頁。
【20】志田陽子「判批」(最判平成7年12月15日解説)長谷部恭男ほか編『憲法判例百選Ⅰ〔第7版〕』(有斐閣、2019年)7頁参照。
【21】なお、税金(法定外目的税)の問題であるため、より緩やかなサラリーマン税金事件判決(大嶋訴訟、最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁)の判断枠組みが妥当するようにもみえますが、この訴訟は事業所得者と給与所得者との取扱いの区別を判断したものであり、本件のように国籍に基づく別異取扱いの場合には指紋押捺事件判決の判断枠組みによるべきでしょう(サラリーマン税金事件判決の伊藤正己補足意見等参照)。
【22】租税公平主義とは、「税負担は国民の間に担税力に即して公平に配分されなければならず、各種の租税法律関係において国民は平等に取り扱われなければならないという原則」(金子・前掲注(2)88頁)のことであり、「租税平等主義」(同頁)ともいう。
【23】金子・前掲注(2)90頁。
【24】髙木光ほか『条解行政手続法〔第2版〕』(弘文堂、2017年)60頁〔須田守〕参照。
【25】長谷部・前掲注(4)21~22頁〔長谷部恭男〕、最大判昭和48年12月12日民集27巻11号1536頁(三菱樹脂事件判決)等。
【26】札幌地判平成14年11月11日判例時報1806号84頁(小樽入浴拒否事件判決)。
【27】東京地判平成7年3月23日判例時報1531号53頁(ゴルフクラブ会員拒否事件判決)。
【28】静岡地判平成11年10月12日判例時報1718号92頁(宝石店入店拒否事件判決)。
【29】渡辺康行『憲法Ⅰ 基本権〔第2版〕』(日本評論社、2023年)15~16頁〔工藤達朗〕、近藤敦『人権法〔第2版〕』(日本評論社、2020年)50頁参照。
【30】藤田早苗『武器としての国際人権 日本の貧困・報道・差別』(集英社、2022年)299~305頁参照。
【取材協力弁護士】
平 裕介(たいら・ゆうすけ)弁護士
2008年弁護士登録(東京弁護士会)。行政訴訟、行政事件の法律相談等を主な業務とし、憲法問題に関する訴訟にも注力している。上智大学法科大学院・日本大学法科大学院・國學院大學法学部等で行政法等の授業(非常勤)を担当。審査会委員や顧問等、自治体の業務も担当する。
事務所名:永世綜合法律事務所
事務所URL:https://eisei-law.com/