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妊娠7カ月でも「病院が決まらない」、在日外国人たちが直面する「出産」のハードル

2024年06月14日 10:20  弁護士ドットコム

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昨年2月に発生したトルコ・シリア地震では、5万9000人以上の人びとが犠牲になった。


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特に被害の大きかった震源地周辺は、少数民族「クルド人」が集住する地域だったことから、この時期、被災によって生活が立ち行かなくなったクルド人たちが、親族を頼って日本にやって来た。その中には妊娠中の女性もいたという。



「出産予定日の1週間前に相談を受けたこともあります。なかなか受け入れてもらえず、複数の病院を回った人もいます。外国の人たちにとって、出産は医療と同様に大変なことが少なくありません」



こう話すのは、埼玉県川口市や蕨市に住む在日クルド人を主に医療と日本語学習の面からサポートしている支援団体「在日クルド人と共に」のメンバーの温井まどかさんだ。



早婚、多産というクルド社会の風習を反映して、来日後に妊娠・出産したクルド女性の場合、たとえ在留資格があっても、その種類によっては出産にハードルが生じることがあるという。



温井さんたちが行政に働きかけたことによって、今年5月に無事、第3子を出産したクルド女性ロナヒさん(仮名)のケースから、在留外国人が直面する出産の問題を考えてみた。



●トルコ・シリア大地震で被災して来日

埼玉県に住む夫のアリさん(仮名)のもとに、妻のロナヒさんが子どもを連れて来日したのは、トルコ・シリア大地震直後の春のこと。支援に関わった温井さんは、アリさんについてこう話す。



「地元で迫害を受けていたアリさんは、数年前に単身来日して、難民申請しました。ロナヒさんと2人のお子さんはトルコに残っていましたが、ご夫婦の出身地であるトルコ南部は地震で大きな被害を受けて、政府の支援もなかなか進まないことから、ロナヒさんはお子さんを連れて日本にやって来たそうです」



来日後ほどなく3人目の子どもを妊娠したロナヒさんは、ここで問題に直面した。日本では、正常分娩での出産には公的保険が適用されず、出産費用は一律自己負担になる。ただし、健康保険加入者であれば、一般的な出産費用とほぼ同額程度の出産一時金が支払われる。



だが、短期滞在ビザで入国したあと難民申請をして3カ月間の「特定活動ビザ」に変わったばかりのロナヒさんは、まだ国民健康保険に加入することができず、平均50万円強の出産費用は夫のアリさんが工面しなければならない。



また、これまで2人の子どもを帝王切開で出産していたロナヒさんは、病院に診察に行った際、3度目の帝王切開に伴うリスクの高さに加えて、手術費が高額になることも説明された。



「帝王切開を重ねた妊婦の子宮筋膜は薄くなっていて、子宮が破裂して大出血するリスクがあるため、手術費が200万円かかると言われたそうです。複数の病院を回って相談したものの、受け入れてもらうことができず、困ったアリさんは仕事仲間の紹介で私に連絡してきたんです。この時点でロナヒさんは妊娠7カ月でした」



●助産制度を使って「無事出産」できた

夫婦と面識のなかった温井さんは、まず在留カードなどを送ってもらい、そのバックグラウンドを確認した。その後、相談した保健センターから、アリさん家族が居住する自治体の病院を紹介された。



「夫妻が暮らす自治体にある市民病院からは『保健センターからの紹介なので受け入れますけど、まずは助産制度を申請してください』と言われたので、書類の準備を手伝って、すぐ申請してもらいました」



入院助産制度は、経済的な問題を抱える妊婦さんが安心して出産できるよう、費用の全額から一部を援助する制度だ。児童福祉法に基づいて定められたこの制度に、国籍要件はない。



出産準備はきちんと進めているか。赤ん坊を育てる環境を調えているか。市の担当者の家庭訪問などを経て、審査を通過し、助産制度を受けられることになったロナヒさんは無事、第3子を出産した。



●「グーグル翻訳」も駆使しながら病院で説明受ける

5月某日。産後健診で赤ちゃんと病院に行くロナヒさんと温井さんに同行させてもらった。



出産直後の女性は、ホルモンバランスの乱れもあり、心身ともに不安になりがちだ。病院では、育児や生活に対する母親の心理状態を把握する目的で、詳細なアンケートをおこなう。



アンケートのために渡されたタブレットは複数言語に対応している。地域柄か、トルコ語バージョンもあったが、医師にロナヒさんの話を伝えるのは温井さんであることから、2人は日本語を選択した。



温井さんが支援活動を通じて覚えたトルコ語も混ぜつつ、細かい質問についてはグーグルの翻訳機能を使ってやりとりした。慣れない土地での出産ではあったものの、すでに2人の子どもを育てているロナヒさんは、傍目には落ち着いて見える。



「何か先生に聞きたいことや心配事はないですか」



温井さんに尋ねられたロナヒさんは「赤ちゃんは母乳をよくほしがるし、飲んでくれるけど、その後、吐き出してしまうことが少なくないこと、まだ臍の緒が取れず、黒く状態で残っていることが気になっています」と話した。



「体重は1日26グラム増えています。母乳だけでこれだけ増えていれば順調ですよ。ミルクを戻してしまうのは消化できないほど飲んでいるだけだから大丈夫。黄疸もないし、赤ちゃんには何も問題ないです。臍の緒も、もうあと数日で自然に取れますから」



産婦人科の医師の説明を、一緒に診察室に入った温井さんがグーグル翻訳も使いながら通訳するのを聞いて、ロナヒさんは笑顔を見せていた。



●外国人に助産制度を出す出さないは自治体次第

地域によって多少異なるものの、助産制度は出産予定日の3カ月前までに申請が求められることが多い。保険証のないロナヒさんが妊娠7カ月のタイミングで支援者とつながり、助産制度を利用することができたのは、幸運だったと言えるだろう。



現在のロナヒさんの在留資格である「特定活動」は、難民申請の結果が出るまでの一時的な在留資格に過ぎない。申請が却下されれば、在留資格がなくなることもある。



在留資格のある夫のアリさんと、生まれた子どもには保険証があるが、ロナヒさんと上の子ども2人はまだ保険証がない。



「今回は助産制度を受けられましたが、行政の窓口で『外国人に助産制度は出したくない』と、はっきり言われたこともあります。自分の国を離れ、頼る人もいない不安な状況で出産する人に、窓口の女性が『子どもはビザが出てからつくってください』と言うのを聞いたときは、正直どうなんだろうと思いました」(温井さん)



たとえ在留資格がなかったとしても、児童福祉法22条や母子保健法16条によって、助産制度や母子手帳の交付は受けることができる(*)。だが、このことを知らない、あるいはわざと知らないふりをしているのか、県内には外国人に助成制度を適用しない自治体もあるという。



●現実に即したルールと制度づくりを検討すべき

妊娠は病気ではないが、出産に至るまで定期的に医師が介在している。妊娠期間中から産後までサポートは継続するし、ロナヒさんのように帝王切開で出産する場合、医療措置が不可欠になる。



日本では、少子化対策として、出産費用の負担を軽減するため保険適用の検討が始まった。その一方で、窓口の担当者が、行政サービスの利用を望む外国人女性にややもすると冷たい態度になるのは、すでに「移民社会」になっている実態に政府が目を向けようとせず、ルールや制度が現実に即してアップデートされていないからだろう。



「妊娠を知られると、国に帰らないといけないから」



妊娠したことを誰にも相談できない技能実習生の女性が、孤立出産に追い込まれているように、外国人の出産をめぐる課題は表面化している。



出産において、国籍や在留資格を持ち出して「命の選別」を迫るような社会は、政府が掲げる多文化共生に反している。すでに外国人の労働力抜きに成り立たなくなっている以上、国は現実に即したルールと制度づくりを検討すべきだろう。



(取材・文/塚田恭子)



(*)非正規滞在外国人に対する行政サービス(日本弁護士連合会発行)
https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/booklet/data/gyosei_serv_pam_ja.pdf