2024年06月06日 10:20 弁護士ドットコム
弁護士の数が増えた結果、差別化のため専門性を磨くことが強く求められている。専門性を磨いた先に何があるのか、どのような分野を目指すべきなのか——。
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日本初のタックスロイヤーとして道を拓いた鳥飼重和弁護士(42期)と、サイバーセキュリティ分野で存在感を強める山岡裕明弁護士(63期)の両エキスパートが対談した。
ともに「専門性を磨くと競争者がいない。専門外の応用(リーガルマインド)の依頼も入ってくる」と強調。さらに「今の変化の時代の方が未来志向で分野が広がっているので成功しやすい」と話した。
——今回の対談テーマは「専門性」ですが、おふたりの基本スペックが凄すぎて、読み手の参考にならないというオチにはなりませんか?
鳥飼:ぼくは元来遊び人(笑)。司法試験に18回落ち、当時の恋人に真剣じゃないとフラれたこともあります。弁護士になったのは43歳のときでした。
ただ、入った事務所は決して大きくはありませんでしたが、1年目にたまたま200億円超の不動産M&A案件にかかわることになったんです。
当時はバブルで土地が値上がりしていたので、不動産の譲渡に関して懲罰的な税法改正がありました。その改正法に該当する可能性のある案件でした。
でも、税理士に聞いても、受任した案件がその改正法に該当するかどうかは、よく分からないんです。国税局出身の父に国税の担当部署を教えてもらい、ようやく解決しました。
残念ながらM&Aは成立に至らず、成功報酬は入らなかったんですが、「税金を知らないと仕事にならんぞ」と思い、税務の勉強を始めるようになりました。
山岡:私は企業法務弁護士としてスタートしたんですが、どの分野にも優秀な先達がいて、とても勝てる気がしませんでした。弁護士として生き残れないんじゃないかという恐怖心が常にありましたね。
どうにか戦える分野がないかと探し、たどりついたのがIT法務です。GAFAなど新しいサービスが世界を席巻し、インターネットの法律問題は増えるはず、新しい分野だから競合も少ないと考えました。
最初はIT法務全般を専門とする法律事務所として独立し、その中でしばらく試行錯誤を重ねてサイバーセキュリティに至りました。
直接のきっかけは、企業から情報漏えいの相談を受けたことでした。企業はデータで情報を管理しており、それが内部者や外部のハッカーに狙われている。サイバーリスクは、全世界の企業が今後、頭を悩ませる問題だという直感がありました。
——おふたりとも、弁護士になる前から今の分野をねらっていたわけじゃないんですね。どのように専門性を深め、周囲にアピールしていったのでしょうか?
鳥飼:実務に役立つ税法を教えていると聞いたので、まずは当時できたばかりのファイナンシャルプランナー(FP)の研修所に申し込んでみました。でも、金融機関以外はダメと断られてしまったんです。
ただ、ぼくは行くぞと決めたら徹底的に行くほうなので(笑)。毎日のように電話したり、実際に通ったり、3カ月くらい説得したかな。ついに担当者が参っちゃって、認めてもらえることになった。
講義は当時の一流の先生たちが講師で本当に勉強になりました。地方から受講する人もいるので夜は飲み会です。私も参加することがありました。
その中でたまたま有名な税理士の先生と出会い、どうしたら仕事をとれるか聞いたんです。そうしたら、「そんなの簡単だよ。君、魚釣りはどうやってやるんだ。魚のいるところで釣るだろう」って。
そのとき一緒に、アメリカには「タックスロイヤー」という税務専門の弁護士がいることも教えてもらいました。誰もやらないなら自分がやってやろうと、税理士界を“漁場”にすることを考えました。
その後、税理士登録し、紹介を受けてある団体に入りました。入会金は1000万円。妻を拝み倒し、借金もしました。最初は誰も相手をしてくれなかったんですが、根気強く通ううちに税理士の人脈が広がっていきました。
するとだんだん事件が入ってくるようになった。最初は離婚とかなんですけど、高い入会金を払える人たちの集まりだから、次第に大きな案件や顧問も頼まれるようになった。
そんなときに税理士賠償責任が認められる事案が重なり、慌てた日税連から頼まれて顧問になりました。まだ弁護士歴は浅かったけど、税務の分かる弁護士は私ぐらいしかいなかったからです。政界も含めて、人脈がまた一段と広がりました。
山岡:鳥飼先生のような豪快エピソードがなく恐縮ですが、私は論文を執筆しました。企業にとってサイバーリスクが深刻になることを想定したときに、取締役の内部統制構築義務にサイバーセキュリティ構築義務が含まれるのではないかと。
誰から頼まれたわけでもなく日の目を見る保証もない中で、半年間、土日や正月休みも潰して一心不乱に論文を書きました。
完成から掲載まで紆余曲折を経ましたが、幸運なことに、学生時代の恩師のご支援で雑誌掲載に至りました。
そこから少しずつ、執筆やセミナー講師の依頼が増えました。そうすると案件が来るようになる。そして案件を通じて気づいた問題意識を論文やセミナーで発表すると、また案件につながるという好循環が生まれています。
2019年には、カリフォルニア大学バークレー校へ留学しました。
当初はロースクールの客員研究員として留学したのですが、聴講したコンピューターサイエンスの大学院(情報大学院:School of Information)の教授によるサイバーセキュリティの授業で度肝を抜かれました。米国のサイバーセキュリティの研究や実務はここまで進んでいるのかと。
そこで、客員研究員としての研究が一段落してから、情報大学院に出願して入学しました。
クラスメイトは、基本的にコンピューターサイエンスの学部出身者でした。私のようなミドルキャリアもいましたが米国空軍やマイクロソフト、大手クレジットカード会社などのセキュリティエンジニアばかりで肩身が狭かったです。
クラスメイトに英語も技術も大きく劣る状況で、約2年間、恥をかき、辛酸を舐め、ストレスで胃を痛めながらも必死で勉強してサイバーセキュリティの修士号をとることができました。
最近は、官公庁のサイバーセキュリティに関する検討会にもお声掛けいただく機会が増えてきましたが、こうしたユニークな経歴が活きているのかなと思います。
——専門性の強い事務所を経営する上で、規模の拡大や所属弁護士の育成はどのようにされましたか?
鳥飼:育成はまったくしなかった(笑)。
ただ、久保利英明先生や中村直人先生と株主代表訴訟などをご一緒させてもらうことが多く、研修もやっていただきました。仕事ぶりやノウハウを間近で見ることができたので、うちの弁護士も育ったのだと思います。
ご縁のきっかけは、久保利先生のセミナーを聞きにいったこと。それも一度や二度じゃなくて、セミナー会場を調べて、日本中追いかけ回しましたね。
当時、税理士賠償責任についての裁判を苦労して解決したんですが、取締役の責任も専門家責任なので、株主代表訴訟も関係あるよねと思ったんです。
最初は嫌がられていたんだけど、福岡でのセミナー中にぼくが財布を盗まれちゃって。久保利先生に心配してもらい、その結果、先生に弟子入りを認められた感じです。
おかげで会社法の分野でも仕事が広がりましたし、一緒に仕事をやらせてもらう中で得たノウハウは、税法の仕事でも生かすことができました。
税務訴訟は最初、連戦連敗だったんです。そこから徹底して進行中の税務訴訟の記録を閲覧しましたし、久保利先生たちが裁判官をどのように説得しているかを知ったことが大きかった。
結果として、日経新聞の弁護士ランキングの常連になれたことで、中小企業は税理士さん、大企業は日経のランキングという形で仕事が集まり、急激に規模が大きくなりました。本当にめぐり合わせがよかった。
——山岡先生はいかがでしょうか?
山岡:2020年頃から日本国内でもサイバーインシデントが増えたことで案件が増加しました。
それに対応する形で少しずつ採用を進めています。今は私を入れて13人。同じ分野に興味を持つ仲間が増えていくことが嬉しいですね。
案件は、基本的には自分と中堅と若手でチームを組んでやっています。当初は育成という意図がありましたが、最近は助けてもらうことが増えてきました。
サイバー分野は新しい分野なので文献等を調べても解決策が見つからないことが多い。また、八雲(編註:山岡弁護士の事務所)の専門性が認知されつつあるためか、難易度の高い案件も増えてきました。
事案対応を進める中で後輩たちの視点や考えに救われたことが何度もあります。なので、育成というよりは、実務の現場で一緒に成長しているというのが正しいかもしれません。
鳥飼:セキュリティの分野はまだまだ伸びますよね。山岡先生に弟子入りしちゃうのは賢いですよ。頑張ればあっという間に専門性が身につきます。そこから少しズラせば、独自の領域をつくれる。
特殊性があれば、新聞社や週刊誌が「何か意見はありませんか」と聞きにくるから、自然にある分野で名前があがるようになります。
そういう特殊な会社や業界には専門の弁護士がいないことが普通だから、すぐに中心の弁護士になれますよ。誰だって専門の弁護士はほしいですから。顧問も増えます。
メディアは“撒き餌”みたいなもので、集まってきた“魚”を網で一気にすくいとるわけです。特に今の時代はすぐに検索できる。山岡先生があっという間に有名になったのも、そういうことですよね。
でも、みんな、新しい分野にはなかなか飛び込まない。意外と他の人がやっていることをやりたがる。
山岡:法曹業界ではリスクを避ける傾向がある方が多いと感じています。結果としてリスクのある新規分野は競争が激しくなく、幸いにもその専門分野がクライアントから必要とされるとブルーオーシャンになります。
もちろんこれは今だから言えることでして、専門性をサイバーセキュリティに絞るには不安もありました。
私が鳥飼先生とお会いしたのは独立後なんですけど、「IT専門でやっています」とごあいさつ申し上げたところ、「いいね、一点突破。このまま行ってください」とすごく背中を押してもらい、ありがたかったです。
鳥飼:ほかにも相談に来てくれる弁護士はいるんだけど、「それ、誰もやってないでしょ」と言っても、たくさんある担当事件のひとつに止まりがちで、なかなか飛び込んでいかないんですよね。
——鳥飼先生が若手や周りの弁護士を見てて、行けるのに行ってないという分野がまだあるんですか?
鳥飼 :めちゃくちゃありますよ。だって、デジタルなんてまだまだだもんね。業界ごとに違うものがあるし、いろんな類型もあれば、全体を通すのもある。無限じゃないですか。
今のほうがチャンスは多いと思いますよ。だって、新しいことがどんどんできているし、市場も広いし。
たとえば、今はいろんな業界の人がロビー活動をしたり、マスコミを使ったりして、市場を広げようとしているじゃないですか。そういうところに飛び込めば、いろんな人との接触も生まれますよね。
山岡 :実際、八雲では法律を純粋に扱う業務は半分くらいです。あとは技術的な調査業務であったり、セキュリティに関するコンサルティング業務が多い。“弁護士”の活動の幅はどんどん広がっています。
——“弁護士”にとどまると、他の人とバッティングせざるを得ないから広げていくと
鳥飼 :ぼくのやっている税法や会社法は広げやすかったのが大きかった。
税務訴訟を担当していたから、予防の方面にも注目できた。会社の経営戦略づくりから参加し、それに基づいて税務をつくるようにしたわけです。法律解釈の“職人”ではなく、会社の“参謀役”をめざした。
山岡 :法務部だけではなくて、情報システム部門と顧問契約をいただくこともあります。法務部には既存の顧問弁護士がいらっしゃいますが、情報システム部門に外部アドバイザーがいることは多くない。新しいクライアント層が生まれています。
また、セキュリティに関する学会やシンポジウムにもよく出るようにしていまして、そこからも縁が広がる。
鳥飼 :そういうふうに裾野が広がってくると、また別の視点が見えてくる。たとえば、現場ではなく、取締役目線でセキュリティ面をどう処理するのか、となるとまた違ったアイデアが出てくるよね。
——専門的にやるほど、業務の中で思いつくことも増えていくんでしょうか?
山岡:そうですね。最近だと、若いころにやっていたM&Aが、今の仕事に結びついてきました。
M&Aでは、会計・税務・法務など、買おうとする企業のリスクを把握しますよね(=デューデリジェンス)。なので、サイバーセキュリティのデューデリを思いつきまして。M&Aで提案したらぜひやってくれと。
まさか若い頃に経験したM&Aがサイバーセキュリティにつながって仕事が増えるとは思いませんでした。
鳥飼 :「新しいリスクを調べなきゃいかん」という考えかたをするだけでも、いろんな横軸展開があり得ますよね。
——専門分野は参入障壁が高いのに、情報をオープンにしたり、参入を勧めたりと、“釣り堀”を解放して大丈夫なんですか?
鳥飼:まったく気にならないですね。なぜかっていうと、“釣り堀”でひとり釣っていても面白くないけど、人が増えるといろんな人が出入りして、かえって釣り場が広くなるんですよ。
山岡:昔、鳥飼先生から教わったんですけど、その分野をやる人が増えれば増えるほど儲かるんだそうです。私はまだそれを実感するフェーズには至っておりませんが…。
察するところ、ノウハウは全部表に出すことで、その分野に注目が集まる。そうすると、その分野の第一人者は今まで以上に注目を集める。IT分野でいうところの「オープンソース戦略」ですね。
鳥飼先生から、それを実践したのが久保利先生だとうかがいました。株主総会のノウハウを全部公開されたことで、会社法の裾野が一気に広がったと。
鳥飼:惜しげもなく公開したことで、最終的には全部久保利先生がすごいってことになっているわけ。
山岡:ノウハウを全公開することで、第一人者という立ち位置を確立されたということですよね。
山岡:私は昔、異業種交流会に参加して「何でもやります」って言っていましたが、仕事は全く来ませんでした。でも、専門性を尖らせれば尖らせるほど、専門外の仕事も来ませんか?
鳥飼 :いやぁ、おっしゃる通り。
山岡:ある分野で成果を出すと、信頼してもらえるから他の分野でも頼ってもらえる。それはあまり気づかれていない「専門性の副次的効果」かもしれません。
鳥飼:やっぱり普通のところ、民法のところだけやっていたら、おそらくあんまり伸びないんですよ。特別なことをやっているからこそ、企業も聞きたいことが出てくるはずです。
AI時代にはなおさらでしょう。現代の法令や過去の判例に基づく法律解釈の需要は確実に減ります。これからの弁護士には、プラスアルファで未来を予測するコンサルティング能力も求められます。
ぼくは税法とか、他の人がやっていないところ、あんまり光が当たらないところをいち早くやってきたから、たまたまよかった。
他の人がやってることは苦手。弁護士は4万人いるんだもの。自分より優秀な人のほうが多いに決まっているんだから。