2024年06月03日 15:50 弁護士ドットコム
テレビ東京が、人気シリーズ『激録・警察密着24時!!』の打ち切りを決めた。2023年3月放送回で取り上げた『鬼滅の刃』の商品に関する不正競争防止法違反事件をめぐり、不起訴の事実に触れず放送したことなどが不適切だったと謝罪している。
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テレビ東京の公式サイトで、この番組は「全国で日々発生する事件・事故・犯罪の瞬間をカメラが捕らえる!正義感あふれる全国の熱血警察官に密着したリアルなドキュメンタリー番組」などと紹介されている。
このような「警察密着」系の特番は、これまでテレビ東京だけでなく、地上波各局が作り続けてきた。そこには、警察とテレビ、そして現場の制作に携わる制作会社を含めた「三方よし」の旨みがそれぞれにあった。
この形態の番組には「これまで誤魔化してきた弱点」があり、その弱点と向き合わなければ未来はない。
「報道番組」にもなりきることができず、かといって「警察PR番組」の看板も出さない。ある種、曖昧な存在として継続してきた「警察密着」番組の裏側を余すことなく紹介したい。(テレビプロデューサー・鎮目博道)
テレビ東京が今回「警察密着番組をやめる」と表明したが、警察密着取材はテレビ局にとって非常にメリットがある。だから各局が積極的に「期末期首などのゴールデンタイムの特番」などとして編成して、放送している。
ここまでロングランで存在し続けるには理由がある。
まずは番組制作費が比較的安く済むからだ。基本的には小型のカメラを持ったディレクターがひとり、それなりの期間密着すれば迫力のある映像が撮れてしまう。タレントは不要だし、取材VTRだけで構成すればスタジオ収録も必要ない。
だから他のバラエティと比べればコスパがいい。その割に映像には迫力があるから、視聴率はそれなりに手堅い。「勝負コンテンツ」にはならないが、他局が強い鉄板番組を編成した裏で放送するには最適だ。
制作しているのは、比較的規模が小さめの制作会社が多い。彼らにとっても非常にメリットがある。
とにかくディレクターが根性で粘れば、特に高価な機材も有力な出演者とのコネも必要ないし、資金力も必要ない。毎年のように取材を続けていけば、警察とも信頼関係ができるから、だんだん良い密着をさせてもらえるようになってくる。
そして、撮影した素材はゴールデンの特番だけでなく、ニュース番組の「特集コーナー」にも販売することができる。何回か夕方ニュースで放送してもらい、そこで堅実に収入を得ておいて、期末期首に大きめの特番でガッツリ大きな商売ができるのは悪くない。
そして、取材を受ける警察にとってもメリットが大きい。
警察の記者クラブにはテレビ局の報道記者が詰めているが、彼らが取材するのは派手な事件や事故ばかり。どうしても刑事部など一部の部署に取材は偏る。「地道に活動する警察官」の様子はなかなかテレビで放送されることはない。
地域部の交番勤務の警察官や、交通部の白バイ隊員、青少年を補導する生活安全部員などの姿にスポットライトを当ててくれるのは警察密着番組だ。広報課の警察官にとっても、「脚光が当たりにくい部署の密着取材」をしてもらうことは「いい仕事をした」ことになる。放送による新人警察官リクルートへの影響も大きい。
こうした放送局・制作会社・警察のメリットは、以前から変わらず存在するものだが、近年はさらにこれに加わったものがある。そのひとつは、「通常の犯罪取材が難しくなったこと」だ。
かつてテレビ局は独自取材で犯罪現場の情報を掴み、その様子をスクープとして放送していた。「違法薬物取引の実態」とか「違法な性風俗店」とか「非行少年たちの様子」などを隠しカメラで潜入取材し放送する。こうした映像の力は強く、各局が潜入映像の技量を競い合う時代があった。
しかし、今やそうした取材はほぼ不可能となった。各局が取材時に遵守しなければならないコンプライアンスの基準が非常に厳しくなったからだ。
隠しカメラを使えば「盗撮ではないか」と非難されるようになったし、「違法行為を現認しているのになぜ止めないのか」と指摘されるようにもなった。暴走車両を追跡するクルーに対して「取材車両も速度違反ではないか」と指摘されるようにも。
かつて筆者は、こうした潜入取材を得意とするディレクターだったし、周囲にもそうしたディレクターの知人が多いが、彼らに聞くと現在ではほぼそうした取材は成り立たないという。それどころか、そうした企画はまず局のOKが出ない。
いまや地上波が「犯罪現場の緊迫する一部始終」を撮影できる唯一の方法は、警察に密着することなのだ。許可を得て警察に同行するなら、迫力のある逮捕シーンも撮影できるし、コンプライアンス的な問題も生じにくい。
「緊急走行するパトカーを追跡して撮影すること」は現在ではほぼNGだが、パトカー車内や白バイ隊員のヘルメットにGoProなどの小型カメラを設置することはできる。「警察密着でしか撮れなくなったもの」があるからこそ、番組には存在意義がある。
最近では、捜査当局自体がSNSや公式サイトなどで積極的に広報発信をするようになったことに伴い、現場の捜査員が撮影するようになり、映像を提供してくれるようになった。
「警察密着番組」をよく見ると、その中身は警察の密着だけではないことが多いのにお気づきになるのではないだろうか。
"お得意先"には、厚生労働省の麻薬取締官、入国管理局、国税・地方税の税務調査、さらには高速道路会社のパトロールなどへの密着も並んで紹介されている。
こうした密着先の中には、警察以上に取材に協力的なところもある。個人的な経験でいうと、地方税などの強制調査は「税のごまかしは許されない」というメッセージを納税者に強く打ち出したいという思いもあるのか、結構、積極的に映像を提供してくれるものだ。
ただ、「警察密着番組」には大きな弱点がある。どうしても撮影対象の「違法性の度合い」が小さくなってしまうことだ。「地道な警察活動」の場合、撮影できるものが「広報対応するほどではない事件事故」になってしまう。
だからこそ、テレビ東京が「配慮を欠き、行き過ぎた演出でした」と謝罪しているように、刺激的なナレーション(「逆ギレ」や「今度は泣き落とし」)を多用したり、行き過ぎたテロップ(「"ニセ鬼滅"組織を一網打尽」)に頼るような演出に走ることになる。
警察の広報も、ある程度の事実確認に協力してくれはするが、「起訴するか不起訴にするか」という検察マターのことにまでなかなか事実確認しづらくなってくる。
取材にあたっているディレクターたちも報道記者ではないので、裏どりなどの事実確認の取材は得意としていない。そうこうしているうちに放送日程が迫ってきて、事実確認をやりきれていない状況で編集に入らざるを得なくなってくる。
これまでは、曖昧にしてきた部分を「当事者の顔にモザイクをかけて、逮捕者が誰だか特定できなくする」ことでいわば「逃げて」きた。
「起訴されたかどうかまではわかりませんが、誰だかわからないようにしてますからいいですよね」ということだ。
この「逃げ」でOKなら、警察密着番組は存在し続けられる。しかし、これで「コンプラアウト」となれば存続は厳しくなってくるだろう。
今回のテレビ東京のケースのように「事案の詳細から誰が摘発されたかが特定されてしまう」ものはもっと慎重になるべきだったのは間違いない。しかし、そうではないような事案についてもコンプライアンスの要求水準はかなり高くなってきている。
私は個人的には警察密着番組をやめるべきではないと思っている。
さまざまな事件、それと向き合い日々活動する警察官たちの姿をテレビが取材することには意義があり、犯罪取材のノウハウをテレビマンたちが積むためにも、番組が必要だと思う。
いま警察密着番組はテレビ東京だけではなく、各局で存続の危機に立たされていると言っていいだろう。ぜひ、いま一度、制作フローを見直して、クオリティを高めていくべきではないだろうか。