Text by 生田綾
伊藤沙莉主演のNHK連続テレビ小説『虎に翼』。日本初の女性弁護士、のちに裁判官となった三淵嘉子の実話をもとにしたドラマで、SNSなどを中心に反響を呼んでいる。
第9週(5月27日~)は激動の展開だった。終戦を迎え、寅子は兄・直道や父・直言、そして夫・優三を失ってしまう。失意に暮れる寅子だが、公布された日本国憲法をきっかけにもう一度法曹界の道へ踏みだすことを決意する。
「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において、差別されない」。寅子が読んだ憲法第14条の条文にはこう書かれている。
「モデルとなった三淵さんにとっても、主人公の寅子にとっても、日本国憲法は人生における最も重要なターニングポイントだった」と制作統括の尾崎裕和は話す。本作の魅力や画期性について、合同取材で聞いた。
―優三さんが出征するときの寅子とのやりとりなど、8~9週は泣いてしまうような場面がたくさんありました。脚本の魅力もありつつ、出演者の芝居を見て想定以上になったと思われたシーンや、視聴者のリアクションを見て良かったと思ったシーンがあったら教えてください。
尾崎:第1回の冒頭で登場する憲法を読んでいるシーンや、優三との思い出のシーンでよく河原が登場します。多摩川の河川敷に何日か通って撮影したんですが、河原で撮ったお芝居はすごくよかったなと思います。
寅子と優三の河原でのシーンは、モニターを見ながら伊藤沙莉さんと仲野太賀さんそれぞれのマネージャーさんが二人とも泣いていましたね(笑)。僕も心のなかでは泣いていました。
脚本の流れがあってではありますが、伊藤さんも仲野さんもいままで共演されていて信頼関係があるので、本当に出し切ったシーンになっていて、すごく印象に残っています。
―放送が始まってから、SNSをはじめ視聴者から多くの反響が届いていると思いますが、どのように受けとめていますか?
尾崎:このドラマで描きたいと思っているテーマを本当にしっかり見ていただいて、反応していただいていると思います。過去も現代も変わらないと思いますが、女性がこの社会で生きていくなかで直面するつらさや苦労、そのなかには喜びもあるんですが、そういうものを「自分ごと」として見ていただいてる感じが伝わるようなリアクションが多いので、とても嬉しいし、ありがたいなと思います。
―第9週で終戦を迎えました。『虎に翼』ならではの戦争の描き方や工夫はありましたか?
尾崎:いろいろあると思いますが、玉音放送のシーンがないことにはリアクションがあるのではないかなと思います。戦争をまたぐことが多い作品ではよく玉音放送が登場しますが、寅子にとって重要なところは、第1回の冒頭にも描かれた憲法のシーンではないかと。
どの作品でもそうですが、寅子や花江、お父さんなど、残された人にとってこの戦争は何だったのかということをしっかり描こうとしていると思います。
―社会全体よりは個人にスポットを当てていきたいと。
尾崎:そうですね。個人に注目した結果、みんなでラジオの玉音放送を聞くシーンではなく、それぞれのところにある種の「知らせ」が届くところに焦点を当てる方向になったと思います。
―作中でも戦争が描かれた期間は短めだったかと思いますが、どんな意図があったのでしょうか。
尾崎:このドラマは結構展開が早いと言われるんですが、第1回で描いた寅子が憲法を読むシーンが新たなスタート地点でもあるので、そこへ向かっていくという意味での長さとして、結果的にそうなりました。
―そのシーンを第9週(45話)で見ると、じつは焼き鳥の包み紙に書かれていたということや、寅子は夫も仕事もなくした状況だったということがわかり、第1話で見たときと違う考えが湧いてきました。憲法のシーンはどうできあがったのでしょうか。
尾崎:モデルの三淵嘉子さんが日本国憲法がターニングポイントだったと語っているラジオのインタビューがあるんです。当時の法律を学んでいた女性たちに共通のエピソードなんですが、日本国憲法が公布されたとき、それを読んで、「私の人生がここから変わるんだ」と思われた方がすごくたくさんいらっしゃったと。
三淵さん自身にとっても読んで涙が出るほどの人生のターニングポイントで、そこから裁判官になる道が開けていく。なので、このドラマの主人公の寅子にとっても憲法が人生における最も重要なポイントなんです。
第1回は憲法が読み上げられるだけですが、第9週では寅子にさまざまな出来事が起こり、いろんな感情がないまぜに、渾然一体になったうえでの涙だったことがわかるようになっています。三淵さんが語られているお話や、当時の女性法曹の話をヒントに、ドラマとして肉付けをして膨らませていきました。
―8週では寅子が母親になりましたが、出産シーンは描かれませんでした。ほかにも寅子や女性たちがしっかり怒りを表明したり、生理痛に苦しむ場面が描かれたり、朝ドラのこれまでのイメージと一線を画すような作品ではと感じています。そういった意図はあるのでしょうか?
尾崎:怒りの表出や生理痛の場面など、脚本の段階でこれを入れようとか、逆に入れないほうがいいという話はそんなにしていなくて、吉田恵里香さんに脚本を依頼したときから、そういうことが描かれるドラマになるであろうことは予想していました。女性の人生やキャリアを描くうえで、生理が描かれていることが自然と思える脚本なのは、吉田さんが書いているからこそだと思います。
出産シーンに関しても、どのシーンを描き、描かないかということは物語の流れで決まってきます。ストーリーやテーマをふまえて取捨選択をされています。
そこをゼロベースで思考したうえで脚本をつくりあげているのが吉田さんの素晴らしいところだと思います。
―寅子と明律大女子部に通ったよねは男装をしています。この作品に男装する人物が登場する意義や考えは?
尾崎:脚本になる前の構想段階から、同窓生のよねという人物は男装をしていると書かれていました。当時、男装をして社会で働いている女性がいたという事例もあり、この物語でも社会のなかで戦うための鎧として男性の服装をしている登場人物を出すというアイデアが膨らみました。よねという人物のファイトスタイルというか、戦うことの象徴として男装をしているのだと思います。
―よねというキャラクターは脚本の吉田さんの本音を代弁しているのではないかと感じます。
尾崎:すべての登場人物が吉田さんの分身でもあると思うのですが、よねという人物は、寅子にとってカウンターパートになるような人物です。花江もそうですが、寅子とはまた違うテーマを背負っている人物として描かれています。
尾崎:寅子は恵まれた家庭環境で育っているのに対して、よねはとても過酷な状況から立ち上がってきた。いろんなことが綺麗事に見えてしまうくらいに過酷なところから法律の世界に入ってきた人物です。キャラクターをつくる段階から、寅子の主張や思いに対して「そんな甘いもんじゃないんだよ」というようなことを言える人物として考えられていると思います。逆に、そういう存在だからこそ、寅子と一緒に歩んでいくべき人物でもある。
―特に、「分身」という思い入れがあるわけではない?
尾崎:世の中の不条理に対する怒りをよねは背負っています。吉田さんの思いはいろんな登場人物に託されていると思いますが、「怒りというものをきちんと出していいんだ」「おかしいと思ったら声を上げていいんだ」という、よねがハッキリ出していることは吉田さんも思われていることだと思います。
―ガイドブックのインタビューで、吉田さんは花江をもう一人の主人公のつもりで書いていると語っていました。花江に託した思いや役割についても教えてください。
尾崎:仕事を持ち、仕事に生きる寅子に対して、花江は家庭を守りながら生きる存在として当初から想定されているキャラクターです。寅子のような生き方も当然あるけど、花江のように家の中でさまざまな仕事をして生きることも当然肯定されるべき生き方であるということをしっかり描きたいという思いが吉田さんにあるのだと思います。
そういう思いを背負っている登場人物なので、花江も寅子と並走しながら人生を歩んでいきます。そういう意味でのもう一人の主人公的な存在であるのだと思います。
―この作品の特徴として、尾野真千子さんの語りの使い方が従来の朝ドラと違うという点があると思います。寅子のモノローグまで代弁しており、ナレーションをそういうかたちにした経緯や尾野さんの起用理由などを教えてください。
尾崎:吉田さんが書かれてきた初稿にこの語りが書いてあって、これはすごいナレーションだなと最初読んだときに思いました。
このドラマの語りの特徴として、結構シリアスな場面でも、寅子の気持ちがスッと入ることでちょっとコメディというか、客観的に引いて見られて面白くなるように効果的に配置されていると思います。ツッコミであったり、ちょっと笑えたりする語りが入ることで、ポップにテンポよくしたいという意図もあり、うまくいっているなと思います。
ただ、台本ができていくなかで、このナレーションは難易度が高いということをチーム内でも話していました。しっかりお芝居ができる方にお願いしないと成立しないんじゃないかといろいろ考えた末に、尾野真千子さんにお願いしました。
尾野さんとしても、寅子のモノローグ的な気持ちも喋るナレーションということもあり、はじめは不安というか、どういうふうにやっていったらいいのか考えられていたみたいです。でも私たちとしては、最初の収録時のナレーションが本当に素晴らしかったので、「これはいける、すごい語りになるね」となったのは覚えています。
―最後の質問ですが、第10週以降はどのように描いていこうと考えていますか?
尾崎:ドラマの新しいスタートになる「裁判官編」と考えています。新しい日本国憲法が世に出て、寅子が新しいスタートを切る。職場のなかで寅子がどう戦っていくかが描かれていきます。
本格的に法律に向き合う仕事になり、沢村一樹さんや滝藤賢一さんなどの新しい法曹界の面々が登場するのですが、その人たちとどう対峙してどう乗り越えていくかということがまずは見どころになるかと思います。