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「思う存分泣いてくれ」と言いたかったのに……山本尚貴が掛けた牧野任祐への言葉とスーパーフォーミュラ初優勝という大きな転換点

2024年05月31日 21:50  AUTOSPORT web

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STANLEY CIVIC TYPE R-GTの山本尚貴(右)と牧野任祐(左)スーパーGT第2戦富士搬入日
 スーパーGT第3戦鈴鹿、今季から新型シビック・タイプR-GTを投入しているホンダ陣営にとっては、NSX時代にこれまで得意としてきたこの鈴鹿戦が今季の行方を占う重要な1戦となる。テクニカルな鈴鹿のコースで速ければ、この後に開催されるSUGO、オートポリスでのパフォーマンスもある程度の期待が持てる。現在ホンダ陣営最上位のランキング5位の100号車STANLEY CIVIC TYPE R-GTの山本尚貴に週末の鈴鹿の抱負を聞くとともに、チームメイトで後輩でもある牧野任祐のスーパーフォーミュラ初優勝についての山本の言葉が印象的だった。

 昨年までのNSX-GTでは、そのダウンフォースの大きさを活かしてシーズン中盤以降に開催される鈴鹿、SUGO、オートポリスの中高速コーナーが多いサーキットで得点を稼いでいたホンダ陣営。今季からベース車両をシビックに変え、そのマシン特性も変わったことでシーズンの展開が予想しづらい状況にある。ホンダ陣営で現在ランキングトップの5位STANLEY CIVIC TYPE R-GTの山本尚貴はこの鈴鹿で、まずはどのような目標を持って臨むのか。

「比較的サクセスウエイトは積んではいるものの、今回の目標は最低でも表彰台には上がって、そろそろ大きな得点を取っておかないと、ここから先のシーズンが厳しくなるかなと思っています。レースでは取りこぼしを少なくすることが大事ですけど、GTでは中途半端に点数を稼いでしまうと、サクセスウエイトの影響が大きくなるので勝機が減ってしまう。勝てるチャンスがある時には大きい得点を取りたいというのは意識していることなので、開幕戦(3位)に続いて、この鈴鹿では大きな得点を取りたいと言うのが一番の目標ですね」と山本。

 それでも、ニューマシンのシビックにとっては、鈴鹿はホンダのホームコースと言えども、走行データがまだまだ足りていない。

「この鈴鹿はオフシーズンに一度シビックでテストをしているのですけど、3~4カ月前の走行で、その時点ではクルマの仕様も開発途中でした。今回の鈴鹿に当てはめられるような材料やデータがあるようでない状態なので、持ち込みのクルマ、タイヤの選択がどこまでフィットしてくれるかなというのが心配ではありますね。その持ち込みがうまくフィットしたところが今回も前に行くのかなと思いますね」

 今季のGT500は3メーカーの戦力差が拮抗してきた分、15台中、12台がブリヂストンタイヤとなったことで12台が選ぶタイヤ選択が大きな要素となり、第2戦の富士でもみられたように、サクセスウエイト以上にタイヤ選択や持ち込みセットアップが週末の成績に大きく影響してくるとも言える。チームやドライバーにとっては、走ってみないとわからないというのが本音だ。そのなかで100号車STANLEYのふたりは、スーパーフォーミュラ(SF)で今季は牧野がランキング1位、山本が4位と好調。特に牧野は2週間前にSF初優勝を遂げたばかりで、チームにいい雰囲気が漂う。

 牧野に山本、ともに好調で迎えるGT鈴鹿戦だが、山本は『山本節』でチームメイトのSF初優勝を讃えた。

「彼はいい気分でしょうけど、僕はたいして気分は良くないですね(苦笑)。僕は2位まで上がったなかで、最後に表彰台からこぼれてしまったので(4位フィニッシュ)。もちろん、(早めのピット戦略で)状況が厳しいなかでなんとか耐えて4位で終われたと言うのは、傷口を最小限にはできたかなと思いますけどね」

 牧野がSFで勝った直後、山本はどんな言葉をかけたのか。

「『おめでとう、良かったね』と声を掛けました。彼、ボロボロに泣いていたので、僕も気持ちがよくわかるんですよ。『レースで泣くドライバーの気持ちがわからない』と言う声をよく聞くのですけど、逆に僕はこの仕事とこの競技に泣くほど打ち込んで来たからこそ、勝ったときには泣けるほど嬉しい。泣けるほど努力してきたからこそ出る涙であって、だからこそ、彼の涙の意味もよくわかるつもりで、僕は『どんどん泣け』と思いました。やっぱり初優勝は人生で一度しかないですし、その涙は後にも先にも今しか流すことができない。今まで我慢して堪えて、頑張って努力してきた分、『思う存分泣いてくれ』『喜びたいだけ喜んでくれ』と思ったのですけど、そのとき、彼に掛けた最後の言葉で『泣くなよ』って言っちゃったんですよね(笑)」

「それはSFではライバルでもある彼が泣いている姿を見て、自分も泣きそうになっちゃって。そういう意味で、お前が泣くと自分も泣きそうになるから『泣くなよ』という言葉が出ちゃった。僕も彼ほど(5年)は長くはなかったのですけど3年間勝てなくて、4年目の最終戦で勝てた。勝てない時期が続けば続くほど、自分にとっては重荷になる。勝てそうじゃないときに勝てないときはダメージはそんなにないのですけど、勝てそうなチャンス、勝てる環境がある時に勝てないとなると、どうしてもドライバーは自分を責めてしまう。だから、彼は余計に辛かったと思いますね」

「彼も言っていましたけど、チャンピオンを獲ったクルマで前年には(福住)仁嶺が優勝したクルマを引き継いでいるなかで勝てなかったら、完全に自分の力が原因だと責め始めてしまう。彼の辛い時期を僕も近くで見てきましたし、どのドライバーの『勝てない』という辛さよりも辛かったと思います。だからこその涙だったと思いますし、抑えきれないものがあったのだなと僕のなかでは想像がつきました。やっぱりドライバーは勝つことで成長できたり、ひと皮剥けると言われるので、あの勝利が彼をさらに強くしてくれたと思いますし、間違いなく強くなるきっかけにはなったと思いますが、僕から言えば、それはGTだけにしてほしいなと思っています(苦笑)」

「次のSFのSUGOは、彼が得意なサーキットのひとつなのですけど、ひと皮剥けたパフォーマンスはSFでは発揮しないで、GTだけで発揮してくれたらチームも僕もすごく嬉しいです。SFはもう彼は1回勝って満足できたと思うので、もういいんじゃないかなと。SFは1回限りにしてもらって、GTではシビックでまだ勝っていないので、そろそろGTで彼と一緒に勝ちたいなと思います」

 苦労を重ねてきたベテラン山本ならではの、牧野への言葉。お互いに高め合うふたりがGTではどのような化学反応を見せるのか。