5月下旬に起きた人気ラーメン店「ラーメン二郎 新宿歌舞伎町店」の火災。よくある火事のニュースではあったのだが、居合わせた客たちの行動が、ネットを大きくどよめかせた。それは「店内に煙が立ち込める中、複数の客が一心不乱にラーメンを食べ続けていた」という衝撃の事実だった。
これは、一体どういう精神構造なのか? 実は筆者もかつて、これと全く同じ体験をしたという話を、知人から聞いたことがあった。その時は「変わったやつもいるものだな」で終わらせてしまったが、どうやら完全にユニークな存在ではないらしい。今回の事件を受けてあらためて連絡をとり、詳しく話を聞いてみた。(取材・文:昼間たかし)
火事になっても「焼き鳥が、もったいない」
今回、話を聞かせてくれたのは、近畿地方在住の40代男性(経理職・年収500万円)。彼が火事に遭遇したのは10年ほど前のことだ。その日は会社帰りに、友人と焼き鳥店で食事をしていたそうだ。店は会社の近くにある中規模の地場チェーン系の居酒屋。開店間際でまだ客が少ない時間帯だった。
異変が起こったのは、テーブルに焼き鳥の盛り合わせが運ばれてきて、ビールを1杯飲み終えようとした時だった。ざわざわとする声が聞こえて、見るとカウンター奥の厨房から火柱が上がっていたのだ。
「火事だ!」という声に、3組ほどいた他の客は慌てて立ち上がり、逃げ出そうとしていた。しかし、男性たちは出口のすぐそばの席だったこともあり、すぐには避難しなかったという。
「横が窓だったので、開ければすぐに逃げられるなと思ったんです。それに、店員が消火器を持ってきて、すぐに消火にあたっていたので、鎮火するだろうと。消火器が噴射されて、炎が勢いよく燃え上がるのが見えてましたけど、ずいぶんと燃えるなと、なぜか冷静でした。友人と『ここは特等席だな』といって、ビールをグビってやるくらいに余裕はありました」
消火器のおかげで、火はすぐに鎮火した。やれやれと思った男性は、メニューを手に、次になにを注文するのか考えようとした。そうしたところ店員から避難するよう指示があった。
「もう消えてるから、いいんじゃないかと思ったんですけどね。で、まだ、焼き鳥にはほとんど手をつけていなかったんで、もったいないと思って串をつかんで出ました」
やがて消防車もやってきて、店の前はにわかに騒がしくなった。
どうしたものかと、男性は焼き鳥を食べながら立って様子を見ていたという。
「外で10分ほど待たされた後、店員から『今日はお代は結構です』と告げられました。ボヤとはいえ火事になってしまい、お店も営業できない状況でしょう」
今となっては、男性は「お客としてあまりいい対応ではなかった」と反省しきりだという。
「なにもなかったから笑い話ですけど、考えてみたら危険ですよね。もっと早く避難するべきでしたし、それに焼き鳥を持ち出すなんて論外でした。ラーメン二郎の客のように、火事になっても食べ続けるなんて、よく考えたらありえませんよ」
ちなみに、当時なぜ焼き鳥を持ち出したのかと尋ねてみると。
「いや、ほんとにまだ一本しか手をつけていなくて……食べ物を無駄にしてはいけない意識のほうが、火事の強さよりも強かったんです」
なんと、「食べ物を粗末にしない」という教育の刷り込みが、ここまで強固とは……。でも、さすがに時と場合を選んだほうがいいよね。