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立花もも 新刊レビュー アガサ・クリスティー賞出身作家の新刊など、注目ミステリ作品がずらり

2024年05月31日 08:00  リアルサウンド

リアルサウンド

伊吹亜門『帝国妖人伝』(小学館)

 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版されている新刊の中から厳選、今読むべき注目作品を紹介します。(編集部)


伊吹亜門『帝国妖人伝』(小学館)

  時は明治。主人公は尾崎紅葉に師事する文士の那珂川二坊(なかがわ・ふたぼう)。なかなか小説の仕事は舞い込まず、ようやく依頼されたのは犯罪実録と称して、おどろおどろしい事件をとりあげるという三文記事。妻の病院代を稼ぐため、街に繰り出しネタを繰り出した那珂川は、徳川公爵邸に入った盗人をつかまえたという男・清吉に出会う。ところが話を聞いていた福田という男が、清吉の嘘を見抜いて事件の真実を明るみに出す……というのが第一話。事件の謎解きとしてもじゅうぶんおもしろいのだが、何より度肝を抜かれるのがラストでこの福田の正体が、○○○○○○だと明かされたときである。


  ほかにも、豪雨のなかで起きた殺人事件で濡れ衣を着せられそうになった那珂川を救ってくれた人、第一次大戦後のドイツで意気投合し、自殺したとされる中将の死の真相をともに解き明かした日本人大尉。登場する探偵役がすべて、誰もが知っている有名人ばかりで、謎解きの次にやってくる二重の驚きでテンションがあがる。探偵たちの妖人っぷりに那珂川の凡人性が際立つけれど、だからこそ作家としての彼の苦悩、背負い続けた業のようなものが、痛々しいまでに伝わってきて、ラストの余韻ともなる。


  史実の隙間を縫って描かれる「こんな邂逅もあったかもしれない」と思わされるリアリティ。ただの謎解きにとどまらない二重構造が、クセになる。……が、この構成では続編は難しいであろう。一回きりの贅沢な逸品と思えば、よりいっそう、読み返して何度も味わいたくなる。



穂波了『忍鳥摩季の紳士的な推理』(双葉社)

  第一話、雪山のペンション内で突如起きた「瞬間移動」の超常現象を使った殺人事件。偶然いあわせ解決したのをきっかけに、超常現象そのものに興味をもち、会社をやめて超常現象調査士の資格をとったという忍鳥摩季という女性が本作の主人公。そもそも事件に遭遇する前から、摩季には、自分にしか見えない紳士的な〝先生〟なる男性がそばにくっついていたわけで、興味をもつならそっちが先だろとツッコミを入れたくもなるのだが、そのあたりも含めてカラっと軽やかに描かれていく筆致が、本作の魅力でもある。


  三か月前から意識不明の女性が寝かされている部屋だけで、定期手に30分間、すべての時間が止まってしまう。絵本に描かれている内容を再現するように人の行動が操られてしまう。そんな超常現象の裏には必ずといっていいほど、誰かの切実な想いが秘められていて、だからこそ現象を利用して起きる殺人事件の真相が明かされたときには、痛ましさも増す。語り口が軽妙だからこそ、やがて明かされる先生の正体も含めて、胸を衝かれる場面が多い。


  現実には解明することが難しいシチュエーション・ミステリーを、あくまでホワイダニットの方式にのっとって論理的に解決していくさまも読みごたえじゅうぶん。アガサ・クリスティー賞出身の著者、この先も要チェックである。



南海遊『永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした』(星海社)

  こちらも超常現象の起きる特殊状況下での殺人事件を描いたミステリ。最後に目が合った人間と共に、死ぬ一日前に戻ることができる。そんな呪いをかけられた〝道連れの魔女〟ことリリィジュディス・エアという名の少女。道連れにされたヒースクリフ・ブラッドベリにとって、それは何よりの幸運だった。死んだはずの妹・コーデリアと再会できたのだから。


  母の危篤を知って、ヒースクリフは三年ぶりに生家の屋敷に帰っていた。死に目には立ち会えなかったが、葬儀や遺産相続の話し合いもある。そして、三年前の父の死に他殺をうたがう声や、母は本当に死んだのかと訝しむ声が聞こえるなか、車いすに乗った盲目の妹が、密室で首を切断されて殺される。その直後、リリィも殺されてしまった。妹を救うため、ヒースクリフはリリィが生き延びるための協力をするのだけれど、そう簡単にはいかず、悲劇はくりかえされ、二人は何度も同じ時をループするはめに。


  特殊設定ながらに本格ミステリの読み心地がありつつ、魔女の登場するファンタジー小説としても、人間ドラマとしてもおもしろく、あっというまに読み終えてしまった。「道連れ」という呪いがいかに残酷なのか、魔女の孤独が語られつつ、ヒースクリフとの信頼関係を築いてくさまもいい……。一気読み必至。



木古おうみ『領怪神犯』(全3巻)(角川文庫) 

 領怪神犯とは、善とも悪とも言いようがない、人智を越えた人間の手には負えない超常現象又はそれを引き起こすもの。おばけや妖怪というより、神に近いその存在を調査して記録するのが役所の特別調査課に所属する片岸と宮木の仕事だ。神は、祓うことも対峙することもできない。けれどどうにか人間が安全に生きていけるよう、対策を講じようというわけである。


  並外れて巨大だけれど、人体の一部としか思えないものが、毎年一度、空から降ってくる村。死んだとたん、あるはずの内臓が遺体からごっそり消えてしまう村。日本のどこかに、こんなふうに制御のきかない神に支配された地域が、まだいくつも残っているのかもしれないと想像するだけでぞくぞくする。


  1巻は領怪神犯によって妻を奪われた片岸の苦悩を中心に描かれていた。2巻では時を20年前に巻き戻し、そもそもなぜ特別調査課が生まれたのか、その経緯が宮木の意外な過去とともに語られる。最終巻となる第3巻は、これまで対峙してきた巨大な神との、いわば全面戦争。大切な人をとりもどすため、そしてすべての人が生きるためには仕方がないこととはいえ、そもそも神に逆らうこと自体、あってはならないことではないのか。根源的な問いをも抱えながら、生きる希望を模索する人々の姿に胸が衝かれる。民俗学好きにもホラー好きにもたまらない連作短編シリーズ。こればかりは「どこから読んでも大丈夫」とは言えないので、完結したタイミングでぜひ1巻から順を追って楽しんでほしい。