鳥飼茜原作による実写映画「先生の白い嘘」の4分間の本編冒頭映像が公開された。
【動画】ひりついた会話が展開される映画「先生の白い嘘」4分間の本編冒頭映像7月5日公開の「先生の白い嘘」。映像は奈緒演じる主人公・原美鈴が人の不平等さについて秘めた思いを語るモノローグから始まる。続いて舞台は居酒屋に移り、三吉彩花演じる美鈴の親友・渕野美奈子と、風間俊介演じる早藤雅巳が登場。ヒリついた会話が繰り広げられる中、美奈子が早藤と婚約したことを告げ、ぎこちない笑みを見せる美鈴が映し出される。その後美鈴の職場である高校のシーンへ。美鈴が生徒たちを教卓から見下ろして密かに自尊心を満たすさまが収められた。
併せて鳥飼からコメントが到着。「先生の白い嘘」を描いた思いや映像化にあたって考えたことなどが語られた。コメントの全文は記事末にて紹介している。
「先生の白い嘘」は女であることの不平等さを感じる高校教師・美鈴と、彼女を取り巻く人々によるヒューマンドラマ。美鈴と美奈子、美奈子の婚約者でありながら美鈴を呼び出す早藤、そして猪狩蒼弥演じる美鈴に惹かれる男子高校生・新妻祐希による愛憎渦巻く人間模様が展開される。監督は「弱虫ペダル」「恋わずらいのエリー」の三木康一郎が担当した。
■ 鳥飼茜コメント
特定のニュースを名指しする必要もないだろう。性が犠牲になる出来事は今日も私たちの目の前にアップロードされている。
私は性被害を無くしたくてこの漫画を描いた。被害にあったひとが恐怖心から、恥辱から、自己嫌悪から、声を上げられずにいる様に憤って、胸を痛め、この漫画を描いた。性を弄ばれると人は底なしの無力に突き落とされる。人格なんて関係なしに、ただの容器かのように一方的な視線を浴び一方的に欲情され、恐怖の下ほしいままにされた後、愛だったとか合意だったとか「からかい」だったとか言われたら、そういうことにしておきたい気持ちがよくわかる。だって人権を剥奪されて蹂躙された物体にされたなんて認めたくはないから。
そんな人として当たり前の欲求と、想像を絶する葛藤を超えた結果に被害の告発をした人の力強さには頭が下がる思いしかない。彼等の告発がたとえ事後何年後であれ、その葛藤を私は讃える。きっとそこには声を上げない選択をした人がいるだろう。それでも、誰かがこういう目に遭いました、と堂々と発する姿は、無言の被害者を否定することではなく、むしろ静かにその存在を肯定するはずだと、私は思う。
そう思っている人間がここにいますと、声を上げたくて描いたのが『先生の白い嘘』という漫画だ。だからどんな演出をされようが映画『先生の白い嘘』もそういう立場でないといけないと、少なくとも原作の私は思っている。
漫画が映像化するということは基本的には光栄なことだ。 それでも、メディア化というある種自分の手を離れる場面にあたって、自分は自分の描いたこの作品に最後まで粘り強く責任を取り続けたか、と問われると自信がない。
自分はこの漫画を描くとき確かに憤っていたのだ。ひとりの人間として、ひとりの友人として、隣人として、何かできることはないかと強い感情を持って描いたのだ。それはある意味特別で、貴重な動機づけだった。漫画に対していまあんな情動は持てない。
性被害に対し、何を言い、どんな立場なのか。そのシンプルで一方向的な態度と、より大勢のひとを巻き込む映像化というプロセスは、両立させることが非常に困難なものだと思う。 この映画に携わった全ての人の価値観を私がリードすることは出来ない。映像化にあたり、見せたい箇所が各々違うところにある場合もあると思う。それが漫画と違う大きなポイントだ。
この映画を見た人が性被害について何を思うのか、思わないのかも、私にはタッチできない。 映画『先生の白い嘘』は私ひとりの手を遠く離れた映像作品だけれども、まず初めに上のような、人間の強い憤りが芽吹かせた物語であることは紛れもない事実だ。
そして一鑑賞者の私には、全てのシーンがともかく誠心誠意作られたものと感じられたことが大変ありがたかった。
鳥飼茜
■ 映画「先生の白い嘘」
2024年7月5日(金)公開
□ スタッフ
原作:鳥飼茜 「先生の白い嘘」(講談社「月刊モーニング・ツー」所載)
監督:三木康一郎
脚本:安達奈緒子
音楽:コトリンゴ
主題歌:yama 「独白」(ソニー・ミュージックレーベルズ)
配給:松竹ODS事業室 / イノベーション推進部
□ キャスト
奈緒、猪狩蒼弥、三吉彩花、田辺桃子、井上想良、小林涼子、森レイ子、吉田宗洋、板谷由夏、ベンガル、風間俊介