トップへ

仲良し夫婦が作成した「連名の遺言書」 実は法律で禁止されてるって本当? 弁護士に聞いてみた

2024年05月30日 10:00  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

両親の名前が書かれた遺言書は有効なのか──。こんな相談が弁護士ドットコムに寄せられました。


【関連記事:■家族の分の料理を独り占めする「食い尽くし系」の実態】



母が亡くなった後に見つかった遺言書で、母の名前で書かれているものかと思いきや、そこには父の名前もあったそうです。



2人の名前が記載された経緯は不明ですが、残された遺言書が存在する以上、相談者としても無下にはできない様子です。どう扱えばいいのでしょうか。石濱嵩之弁護士に聞きました。



●共同遺言は「法律で禁止されている」

──遺言書の作成者として複数名の名前が記載されていた場合、当該遺言書は法律上どのように扱われますか。



民法975条は、「遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることができない」と定めています。2人以上の者が同一の証書で意思表示をする遺言を「共同遺言」といい、法律はこれを明確に禁止しています。



──なぜ禁止されているのでしょうか。



遺言制度は、法的な強制力をもって人の最終意思を実現させようとするものですので、遺言は、遺言者の自由で独立した最終意思に基づいてなされるべきということになります。



しかし、遺言者が複数人いる共同遺言では、遺言の内容について他の遺言者からの影響を受けるおそれがあり、自由で独立した最終意思に基づいた遺言かどうか疑問が生じることになります。



また、遺言者の最終意思は、遺言書作成後も死亡するまでは移り変わっていく可能性があることから、生前その最終意思を更新していくために、遺言者には遺言を自由に撤回することが認められています(民法1022条)。共同遺言を認めると、これを撤回する場合にも共同遺言者全員で撤回しなければならないということになりかねません。



共同遺言は、最終意思の確保という遺言の趣旨を損なうものであるため、禁止されていると考えられます。



──禁止されている共同遺言は法的にどう扱われますか。



作成者である共同遺言者それぞれについて、自由で独立した最終意思に基づいていると確認できないことから、「遺言全部が無効」と解すべきであるとされています。



今回のケースについても、両親が同一の証書の中で相互に関連する内容の意思表示をした遺言書だとすれば、共同遺言に該当しますので、その全部が無効と判断されることとなります。



●共同遺言でも「例外的に有効なケース」も

──共同遺言は常に無効とされてしまうのでしょうか。



法律が共同遺言を禁止した趣旨に照らすと、複数人の遺言が1つにまとめられている場合でも、まったく独立した遺言であり、紙片を切り離せば2通の遺言書になるような場合は、共同遺言に該当しないと解されています。



判例も、1通の証書に2人の遺言が記載されている場合に、その証書が各人の遺言書の用紙を綴り合わせたもので、両者が容易に切り離すことができるときは共同遺言に当たらないと判示しています(最高裁平成5年10月19日判決)。



また、同じように、たとえば遺言書に1人以上の名前が記載されていたとしても、片方の者(A)はただ名前を連ねているだけで、もう片方の者(B)が単独で自分の財産について遺言を書き、遺言の内容からはB単独の遺言としか見えないような場合には、共同遺言を禁止した趣旨に抵触することはないとの趣旨の裁判例もあります(東京高裁昭和57年8月27日決定)。



この裁判では、夫婦の氏名が記載されていても、妻はまったく作成に関与しておらず、作成の意思もなかったこと、内容も夫所有の財産の処分に関するもので、妻の遺言としては法律上の意義を持たないことから、夫のみの単独の遺言として有効と判示されました。



──もし「夫婦2人の強い希望」として遺産に関する取り決めを次世代に残したい場合、どのような方法がありますか。



遺言の有効性は、遺言者の単独で独立した最終意思のもと作成されることが根拠となっているため、そこに他者の意思を介在させ、共同して遺産に関する取り決めを次世代へ残すという希望に対応するのは困難といえるでしょう。



そのため、夫婦がそれぞれの名義の財産を一まとまりの遺産として、次世代のためを考え、細やかで柔軟な取り決めをするといった場合には、他の制度による方法を模索していくべきだと考えます。



そうした方法の一つとして思い当たるのが、「信託」を活用した方法です。



信託とは、ある人が、自分が有する一定の財産を別扱いとして、信頼できる人にその管理を託して名義を移し、この託された人において、その財産を一定の目的に従って管理活用処分し、その中で託された財産や運用益を特定の人に給付しあるいは財産そのものを引き渡し、その目的を達成する法制度をいいます(遠藤英嗣「全訂 新しい家族信託 遺言相続、後見に代替する信託の実際の活用法と文例」日本加除出版、2019年6月)。



今回のケースについて考えるならば、生前夫婦が信頼のできる人との間で信託契約を締結し、それぞれの名義の財産をこの人に託し、託された人は信託契約に基づく債務として、ご夫婦が存命中はご夫婦のためにその財産を管理し、ご夫婦がともに亡くなった後はその財産を当初の信託契約で取り決められたとおりの方法で次世代に分割等するといったことも実現できるようになります。



信託契約を利用する場合は、詳細なルール作成も必要となりますので、弁護士等の専門家に相談してみると良いでしょう。




【取材協力弁護士】
石濱 嵩之(いしはま・たかゆき)弁護士
社会全体が活気をもって健全に発展していくため、新しい挑戦や新しい価値を追求していく方々を法律家として支えていきたいという思いで活動しています。様々な人との出会いから培ったバランス感覚や温かみのある解決力が強みです。
事務所名:万里一条法律事務所