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「産休クッキー」があぶり出した社会の"限界" 子育て社員抱える職場が無視してきた「問題の本質」

2024年05月26日 09:30  弁護士ドットコム

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産休に入る女性が、職場の人に贈る「産休クッキー」をSNSで紹介したところ、「配慮がない」「幸せアピールがうざい」「クッキーを配る必要はない」などと大きな物議を呼んだ。


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かわいい赤ちゃんなどを描いたイラスト入りクッキーのメーカーは「10年前から一度も炎上やクレームはなかった」と突然の騒ぎに戸惑う。



ここ数年来、SNS上では、幼い子どもを育てながら働く人を皮肉まじりに「子持ち様」と呼ぶなど、子を持つ人と子を持たない人の溝が広がっているように見える。



「産休クッキー」をめぐる投稿一つがなぜここまでの議論に発展したのか。



不満や肯定の声が噴出した背景について、産休・育休・時短制度をめぐる課題について、法政大学キャリアデザイン学部の武石恵美子教授(人的資源管理論)に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)



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●これまでも不満があったが…限界を迎える職場



——今年4月の「産休クッキー」の騒動をどのように受け止めましたか



これまでも、育休や短時間勤務の制度の利用者の一部が仕事上の責任を果たしておらず、サポートする同僚が忙しくなっているといった意見がなかったわけではありません。



子どものいない人や独身者がもらう場合、カチンとくる人も存在するのだろうと思います。



産休クッキーのSNS投稿をきっかけとして、いろいろな思いが出てきたのでしょう。



ただ、「炎上」すると、大多数の職場で軋轢(あつれき)が生じているように見えてしまいますが、それは一部であり、支援している職場のほうが多いと思われます。



とはいえ、育休や時短の利用によって、職場に負担がかかるという指摘はその通りです。



職場のフォローなしに、制度利用者が「迷惑をかけて申し訳ありません」と詫びながら休み、同僚は「忙しくなって大変だ」と不満を抱えたまま進んでいくと、多くの軋轢が生じます。



これまで現場単位で何とか解決していたのが、利用者が増えると限界を迎えて、いろんな不満が出ているのではないでしょうか。



このような不平不満を解消するために、制度の正しい理解と、制度利用者とサポートする同僚への適切な評価が求められています。



●育休制度をめぐる意識の変遷「福祉的なもの」→「仕事との両立」

1992年に育児・介護休業法が法制化されましたが、当時は多くの女性が出産のために仕事を辞めて、施行後も10年以上は就業継続する女性の数は顕著には増えませんでした。



当時は、第1子が生まれてからも就業を継続するのは、キャリアに対する強い考えがあったり、どうしても働かざるをえないという女性たちでしたので、こうした女性たちをサポートするという福祉的な意識で、育休制度が運用されていました。



「子どもを育てるために休めるようにする」という福祉的なマインドセットでの運用だったのが、だんだん制度利用者が増えるにつれて「仕事を続けるために一時期休業する」「育児と仕事の両立」という制度本来の目的での運用に移行してきました。



育児を理由に離職することなく復帰するための制度という趣旨を理解しないで育休制度を権利として行使しようとすると、制度本来の趣旨と実態の乖離が生じ、同僚との軋轢が生まれる原因となります。



まずは制度の趣旨をきちんと利用者も同僚も理解する必要があります。



●育児、介護、勉強…ライフスタイルを尊重する仕組みの導入を検討すべき

——育休等の両立制度利用における職場の評価制度はどうあるべきでしょうか



育児をめぐる働き方の問題を解決するにあたって重要なことは、育児の問題だけで解決しようとせず、さまざまなライフスタイルを含んだ制度設計をする必要があるということです。



最近は働く人が介護責任を果たさなくてはならなくなっています。また、資格取得やスキルアップのために勉強をしたい人もいるのに、こうした理由は、育児に比べると優先度が低くなりがちです。



会社は働く人の事情の多様性に目を向けるとともに、従業員の経験の広がりをポジティブに評価すべきです。育児だけを特別扱いしないことで、働き方を変えることが従業員に共通のテーマとなります。



また、会社にとって、育休による従業員の離脱は短期的にはコストになりますが、中長期的には、従業員の離職を減らし、会社の評判が上がって採用につながるなどの利益もあるという考え方も重要でしょう。



その上で、評価にあたっては、制度利用者が担っていた仕事をどのように職場で配分するか、配分された個人をどう評価するか、という方針を明確にすべきです。



また、休業復帰後の短時間勤務制度(時短勤務)利用の際も、どのように評価をするかを曖昧にしておくと、制度利用者は「育児をしているから一律的に評価が下がった」という意識を持ちやすく、同僚も「あの人は早く帰っているのに評価されてずるい」と感じることになります。



上司は上司で文句を言わなさそうな人に仕事を振って、職場では「あの人っていい人だな」で終わって、負担を背負った人が何も評価されないということが起こりえるものです。



評価制度は仕事の成果に基づくというように基準を明確にして、サポートした同僚が休んだ人の仕事をカバーしたことでスキルが上がれば、それを評価すれば良いと思います。



「苦労した」「頑張った」ことへの評価ではないことに注意が必要です。



時短勤務の人も、時間制約の中でパフォーマンスを発揮しているか、という点で評価されれば、職場から「早く帰ってずるい」という不平は生まれません。



このような評価の仕組みを周知し、全員が理解しておくことで、制度利用者と同僚の抱える不平等感を解消できます。





——不平等感を解消するために会社側は他にどのようなことができますか



育休制度利用者が抜けた穴を、同僚たちで支えるだけでなく、代替で誰かを採用するという手段もあります。



休んでいる人の人件費は浮いています。現場の裁量度が高い海外では、マネージャーが周囲の同僚に仕事を割り振りながら、必要な場合には人を雇うということもやっています。



ただ、日本の職場では、人件費を現場に渡すことは主流とは言えません。



時短勤務の場合、本人の意向を確認しながら、必要であれば残業や出張業務も担ってもらうなど柔軟に対応すれば、時短勤務者の経験やスキルアップも期待できるでしょう。



会社から現場への権限の移譲も課題と言えます。



●「ごめんなさい」を言いまくる育児中の親への違和感

——これからの労働をめぐって、どのような社会を目指すべきでしょうか



全体として労働力人口は減っていて、需給バランスは需要超過になっています。



若い人の賃金を上げたり、働く人の目線に立って、彼らのライフスタイルを意識した取り組みをしない企業は選ばれなくなっていくでしょう。



育休・時短の制度が導入されて、利用する人が現れ、女性の利用者が増え、男性の利用者も出てきたという流れがあり、仕事と子育ての両立は男女共通のものとなっています。



しかし、社会全体でみると子育てへの寛容さが低い印象です。社会全体で子育てをするという意識がもっと強くなってもいいのではないでしょうか。



個人的には、産休クッキーを配ることに込められた「ご迷惑をおかけします」という意識がしっくりきません。クッキーを配らなくてもよいと思いますし、「明日から休みます。戻ったらまた働きます」くらいの挨拶で良いのではないでしょうか。



子育て中の人だって、思い切り仕事をしたいけど、保育園から「発熱です」と連絡がきたら、後ろ髪ひかれる思いで職場に「子どもが発熱で…ごめんなさい」と謝って帰っていくわけです。



そして、保育士さんには「遅れてごめんなさい」と謝っています。子どもが発熱するのは当たり前。育児中の親は周囲の人に謝ってばかりです。私は育児をしている人が「ごめんなさい」と言わないですむような社会にすべきだと思います。



お互い様として受け入れられていくというのがあるべき姿ではないでしょうか。



【プロフィール】 武石恵美子(たけいし・えみこ)。法政大学キャリアデザイン学部教授。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程修了。博士(社会科学)。労働省(現厚生労働省)などを経て2006年から法政大学。専門は人的資源管理論、女性労働論。著書に『仕事と子育ての両立』(共編著、中央経済社)など。厚労省の労働政策審議会委員。