2024年05月24日 09:50 弁護士ドットコム
亡き父の財産が大した額でなくても相続の手続きは必要なのか──。こんな相談が弁護士ドットコムに寄せられました。
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父が残した財産は銀行口座にある「約1200万円」の預貯金のみだという相談者。不動産や他のめぼしい資産もないことから、「これでも相続税の申告などはしないといけないのだろうか」と悩んでいるようです。
また、相談者を含む相続人全員の同意を得て、父の口座にあるお金はすべて母親に渡そうと考えています。この場合、相続税の申告や他の相続手続きは必要なのでしょうか。白土文也弁護士に聞きました。
──相続財産が銀行口座の「約1200万円」のみだった場合、相続税の申告は不要なのでしょうか。
相続税については基礎控除が認められており、遺産の総額が「基礎控除額」を超える場合に相続税の申告が必要となります。
基礎控除額は、「3000万円+(600万円×法定相続人の数)」で計算します。たとえば、法定相続人が3名の場合は、「3,000万円+(600万円×3)=4,800万円」が基礎控除額です。今回のケースのように遺産の総額が1200万円であれば、原則として相続税の申告は必要ありません。
もっとも、たとえば、亡くなった父親が生前贈与をしていた場合、暦年贈与については生前贈与加算の対象となる額、相続時精算課税制度を利用して贈与していた場合はその適用を受けた額が遺産に加算されることになります。
なお、従来、暦年贈与の生前贈与加算は相続開始前3年以内に贈与された額が対象でしたが、2024年1月1日以降の暦年贈与については相続開始前7年以内に贈与された額が対象となりましたので注意が必要です(ただし、経過措置があり、徐々に加算対象期間が拡大される扱いです)。
また、死亡保険金についても、非課税枠(500万円×法定相続人の数)を超える額を遺産に含めて計算することになります(保険契約の内容により相続税ではなく所得税や贈与税の対象となります)。
このように、亡くなった父親が相続開始時に有していた財産以外にも遺産に含めて計算されるものがあり、その合計額が基礎控除額を超える場合には相続税の申告が必要となりますので注意が必要です。
──相続人全員の同意があれば、口座から引き出して母親に渡してもよいのでしょうか。
口座が凍結されていない場合、相続人全員の同意があれば、何の手続きもなく、預金を口座から引き出して母親に渡すことは可能です。
ただし、後日、相続人間で同意の有無について紛争になることもあり得るため、お勧めできません。
相続人全員の同意によって遺産である預金を口座から引き出して、相続人の1人である母親に渡すということは、母親が遺産である預金を取得するという内容の遺産分割協議が成立したことを意味します。
本来であれば、相続人全員で遺産分割協議書を作成し、それに基づいて金融機関に対して預金の解約払い戻し手続きを行うべきでしょう。
仮に、遺産分割協議書を作成しないとしても、金融機関指定の手続きに従って預金の解約払い戻し手続きを行うことをお勧めします。いずれにしても、口頭での確認だけで引き出すことは避けるべきでしょう。
──相続税の申告の際に特に留意すべきことはありますか。
遺産分割と異なり、相続税の申告・納付には「10カ月」という期限があるため、基礎控除額を超える財産がある場合は、速やかに手続きを進める必要があります。
遺産分割が成立していない状況でも、いったんは法定相続分で相続した前提で申告納付をする必要があるため、注意が必要です。
また、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例の適用の有無によって相続税額が大きく異なるため、相続人の誰がどの財産を相続すべきか、法務と税務の両方を意識しながら遺産分割協議を進めるべきです。
その他にも、遺産の使い込みがあった場合、いわゆる使途不明金も遺産として扱われることになり、相続税の申告が複雑になります。税務的に判断が難しいケースについては税理士に相談することをお勧めいたします。相続に詳しい弁護士に相続案件を依頼すれば、税理士を紹介してもらえることも多いでしょう。
【取材協力弁護士】
白土 文也(しらと・ぶんや)弁護士
第二東京弁護士会所属。2005年、司法試験合格。合格後、ベンチャー企業で2年間勤務。司法修習を経て都内法律事務所に勤務。中国上海市の法律事務所で1年間の勤務の後、2014年、白土文也法律事務所を開設。遺産相続、民事信託(家族信託)・後見、事業承継、廃業支援(会社の解散・清算)、不動産問題など超高齢社会向け業務と中小企業や税理士・司法書士など士業の顧問弁護士業務を中心に取り扱う。
事務所名:白土文也法律事務所
事務所URL:https://shirato-law.com/