Text by ISO
Text by 生田綾
Text by You Ishii
パリ郊外を舞台に、労働者階級の移民たちと行政の衝突を描いた映画『バティモン5 望まれざる者』が5月24日に公開される。監督・脚本は、2019年に『レ・ミゼラブル』を送り出したラジ・リ監督。アフリカ・マリの移民二世である自身が生まれ育ったモンフェルメイユを舞台に、移民家庭の若者たちと警官隊が衝突した事件を鮮烈に描き、第72回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した。
最新作の題材となったのは、フランスに住む移民の人々と行政側の対立だ。多くの移民たちが住む居住棟エリアの一画「バティモン5」の一掃を目論み、団地の取り壊し計画を進める行政と、それに反対する市民たちの姿を映し出す。
「花の都」とも称されるパリではオリンピック・パラリンピックの開催を控えているが、「パリ郊外の状況はあらゆる点において悪化の一途を辿っている」とラジ・リは話す。華やかなイメージとは異なるパリの現実と課題を浮き彫りにした本作について、インタビューで聞いた。
『バティモン5 望まれざる者』 / © SRAB FILMS - LYLY FILMS - FRANCE 2 CINEMA - PANACHE PRODUCTIONS - LA COMPAGNIE CINEMATOGRAPHIQUE – 2023
—『バティモン5 望まれざる者』は監督の実体験から着想を得たんでしょうか?
ラジ・リ監督(以下、リ):『レ・ミゼラブル』と同じく、この作品で描かれていることも私が実際に見聞きしたことがベースとなっています。私の両親もバティモン5の住人のように高金利でマンションを購入し、支払いを終えたタイミングで建物の劣化を口実に追い出されてしまいました。「危険だから」と数時間以内に自宅から去るように言われることも現実にあった話です。このような出来事はパリ郊外のみならず世界各地で起きています。
—『レ・ミゼラブル』を鑑賞したマクロン大統領は、自国が抱える問題を再認識し「郊外の状況を改善するため直ちに行動を起こす」と述べたわけですが、移民規制が進められるなど、現状のフランスを見るかぎりその約束は果たされていませんよね。そのうえで公開された『バティモン5』に対して、マクロン大統領から新たにリアクションはあったのでしょうか?
リ:おっしゃるとおり、マクロン大統領は『レ・ミゼラブル』のときに公言した約束は一切守っていませんし、本作に関しては観たかどうかもわからないためリアクションもありません。いずれにせよ、『レ・ミゼラブル』を撮影したときからパリ郊外の状況はあらゆる点において悪化の一途を辿っています。
—昨年12月19日にフランスで採決された厳格な新移民法案で、移民はさらに苦境に立たされていますよね。
リ:極右勢力が勢いを伸ばしているなかで、今回移民法が可決されてしまい、今後ますます移民の状況は悪化していくであろうと感じています。
ラジ・リ監督
—パリ郊外や移民にまつわる危機的な状況を、フランスのメディアはどのように報じているのでしょうか?
リ:すべてとは言いませんが、フランスの大半のメディアは権力者や富裕層にコントロールされてしまい、彼らのプロパガンダ放送局と化しているのが現状です。そこには報道の自由もありませんし、権力者にとって都合の良いことしか取り上げられません。
そのようなメディアが郊外の貧困や移民について触れるときは「郊外の若者は危ない」というふうにレッテル張りをして住民たちを悪者にするのが関の山で、本当の問題について語ろうとはしないのです。そのため、フランスに住む大半の人はメディアを信用しなくなっている状況にあると思います。私たちはもういい加減、人種差別に基づき一日中憎しみを垂れ流すメディアを終わりにしなくてはいけません。
—政府もメディアも極右化するなかで、フランスの現実を描く『バティモン5』が公開された反響はいかがでしたか?
リ:やはり現在のフランスの状況下では、移民や貧困の問題を本作で扱ったことを面白く思わない人もいたようで……。じつは本作の撮影が終わってから刃物を持った人に待ち伏せされたこともありました。フランス国内では反感も買ったためか『レ・ミゼラブル』より興行的に弱い結果に終わりましたが、国外では評判も良く成功を収めました。
—国外での評判が良かったというのもわかる気がします。貧困や住宅問題、政治参加という題材は日本でも身近な問題で、共感を呼ぶと思います。
リ:フランスでは、人口の10%にあたる約500万人が劣悪な環境で生活せざるを得ない住宅問題を抱えていると言われています。これは何もフランスに限ったことでなく、アメリカやカナダ、ブラジルなど世界中で同じようなことが起きています。劇中では住民を無理矢理マンションから追い出すシーンもありますが、中国では街全体から貧困層を立ち退かせるために意図的に火事を起こす事件があったというような話も聞きました。
すべての大都市において、住宅問題やジェントリフィケーションは大きな問題となっていますし、そういった面で本作はフランスだけに留まらない、普遍的なテーマを扱っていますね。じつは本作の舞台をモンフェルメイユではなく架空の街であるモンヴィリエにしているのも、普遍的な物語としてより多くの人に共感してもらいたかったからなんです。
アビーとブラズ
—地域団体の活動家であるアビーはストリートの人々も味方につけ、グラフィティアートで投票を呼びかけていましたね。ラジ・リ監督はアーティストとして、アートが持つ力をどのように捉えていますか?
リ:もちろんアートには大きな力があると思っています。『レ・ミゼラブル』がヒットしたことで変化したこともいろいろありました。約束は破りましたがマクロン大統領が言及したことや、人々があの作品を観てパリ郊外の現実にショックを受けたというのも大きな変化だと思います。
また『レ・ミゼラブル』以降、パリ郊外や多様性を描く映画も増えましたし、CNC(フランス国立映画映像センター)では多様性に関する取り組みが増えるという変化もありました。それもアートの力ですよね。
—アビーをはじめ積極的に主張をする女性が多く登場するのは『レ・ミゼラブル』との大きな違いですが、そこに込めた意図はあるのでしょうか?
リ:実際郊外に暮らす女性たちはアビーのように力強く、自主的に政治や市民活動にも参加している人がたくさんいます。ただ残念なことにそういった女性たちにフォーカスが当たることは少なく、見過ごされてきた現状がありました。なので私は『バティモン5 望まれざる者』で、そんな女性たちに敬意を払うとともに、その存在を可視化したいと考えたんです。
移民たちのケアスタッフとして働くアビーは、行政に反発し、住民たちのデモに参加する。
—積極的に政治参加するアビーと、境遇も関係していますが、デモや政治活動を冷笑するブラズの姿が印象に残りました。日本でも現状に不満を持ちながら政治に無関心であったり、政治的アクションを起こす人に対し冷笑的な態度を取る人が大勢います。
リ:ブラズのようにあきらめてしまった人はもう政治を信じることができず、残された解決方法は暴力しかないと考えています。いろんなものを燃やしたり、暴れたりすることで怒りを表現するというのは、2005年や2008年、そして2018年に起きたフランスの暴動で多くの若者が示した態度と同じですね。
結局それでは何も変えることができなかったどころか、事態を悪化させてしまいました。そのような過去を踏まえても、暴力は解決策にはならないのです。とはいえ、ブラズがその考えに至った理由も理解はできますよね。
郊外の劣悪な環境で生まれ育ち、貧困のなかでつねに社会から疎外され続ければ、誰だってああいった行動に走ってしまう可能性はあります。
アビーの友人ブラズは政治への怒りと失望を募らせ、ある行動に出る。
—アビーのような移民出身の人が政治に介入する難しさはあるのでしょうか?
リ:そうですね、非常に難しいです。フランスでは政治はエリートたちだけで行なわれ、移民出身の人々は排除されることが常でした。ただここ数年で、少しずつ政治の場に多様性が反映されはじめるという希望的変化も見えてきました。
とはいえまだ人数としては圧倒的に少なく、例えば黒人の市長は1、2人くらいしかおらず、アラブ系の市長も片手で数えられるくらいしかいません。それでも今後若い世代の人たちには期待したいですね。彼ら/彼女らが政治に参加することによって、エリートが支配的な政治の場も徐々に変えていくことができると思うので。
—移民の政治参加という点で、印象的なキャラクターが副市長のロジェですよね。ともに育った移民には寄り添わず、かつエリートのなかでは排除されていましたが。
リ:移民で政治家をしている人であっても、政治の場では傍観者となったり排除されたりしている姿からも状況の複雑さがわかりますよね。ロジェは移民ですが、ほかの政治家と同様に不誠実で信用できない人物です。誰よりもまず自分を助けるという意味では、正直者なのかもしれませんが。
対照的な位置にいるのがアビーです。彼女は誰しもに誠実で、現状を変えるための行動に真摯に取り組んでいます。彼女のように誠実な人を見極める慧眼が私たちには必要なのかもしれませんね。
—その見極める慧眼を得るためにはどうしたら良いのでしょうか?
リ:たとえばロジェはもともと信用できない悪党であることを周囲も皆知っていましたが、アビーは政治家を目指す前から他者のために何年も身を粉にして働いていました。そういった行動は一種の指標になりますが……ただそこを見分けるのは確かに難しいですよね。
臨時市長となった医者のピエール(中央)と、自らも移民である副市長のロジェ(右)
—監督は2018年、モンフェルメイユで映画学校を設立されましたね。卒業証明書を必要とせず、毎年20名の生徒を無償で受け入れているその学校が、現在マルセイユ校やセネガルのダカール校など、各地に広がりつつあると伺いました。そのような学校を設立した背景と目的を教えてください。
リ:私自身は映画学校にも通わず、ほとんど独学で映画を学びキャリアを重ねてきました。本当はそういう学校に通ってみたかったのですが、入学するための資格や学費、コネや人脈がないといった理由で叶わなかったので、私のような人でも通える学舎を作ろうと思いました。そこは年齢制限もなく、資格もいりません。フランスの映画界というのは裕福なエリートが多い非常に閉鎖的な場所だったので、そういった既存の体制をぶち壊して、映画を学んだり製作する過程を民主化したかったのです。
また既存の体制のせいで、当時のフランス映画はすっかり代わり映えのしない役者や物語ばかりになっていました。そんななか、若い世代のクリエイターを育てればいままでと違う物語を語ってくれると思いましたし、フランス映画界に新しい風を吹き込めるという可能性を感じ学校を設立しました。
—モンフェルメイユに学校を設立したことによってなにか変化はありましたか?
リ:2018年に開校してからモンフェルメイユはかなり変わったと思いますよ。これまでモンフェルメイユはわざわざ外から人が来るような場所ではなかったのですが、学校ができたことでフランス全土から学生が集まるようになりましたし、学生以外でも多くの人が映画スタジオを訪れたり、ここで撮影が行われる機会も増えました。以前だったらモンフェルメイユからパリに通って仕事をする人がほとんどだったのに、今では逆にパリからモンフェルメイユに仕事で訪れる人が大勢いますから。それは大きな変化ですよね。
—学校ではラジ・リ監督も教鞭を振るうのですか?
リ:マスタークラスで指導していますよ。
—なんと。羨ましいですね。
リ:興味があればぜひ来てください!
—ラジ・リ監督は1996年に映画監督のキム・シャピロンらとともに立ち上げたアーティスト集団・クルドラジュメに所属されていますが、そこでは皆さんどのような活動をされているのでしょうか?
リ:クルドラジュメではいろんなプロジェクトを進めています。メンバーであるキム・シャピロンやトゥマニ・サンガレはそれぞれ映画の脚本を書いて製作準備を進めていますし、5月にフランスで公開されるサイード・ベルクティビア監督、ゴルシフテ・ファラハニ主演の映画『ROQYA』は私がプロデュースしています。次回作を準備中のロマン・ガヴラスについても、『アテナ』に続きサポートする予定ですね。そして現在育てている学校の1、2年生の映像プロジェクトも4つ進行中で、今年は学校初の長編映画も1本撮りたいと思っています。すべて順調ですよ。
—最後に、パリオリンピックが7月に控えていますよね。オリンピックというのは貧困層にその利益が還元されない印象を受けるのですが、パリ郊外に暮らすラジ・リ監督はパリオリンピックをどのように見ていますか?
リ:パリオリンピックも貧困地区に住んでいる住民には何も還元されません。たとえば貧しい人々がたくさん住むセーヌ・サン・ドニもオリンピック会場の一つになるのですが、試合が行なわれる場所の100m先ではみんなが食べ物に困っている現実があります。近隣でのそういった貧困問題は放置しながら、オリンピックには何十億ユーロも費やすなんて信じられません。入場券1枚が1000ユーロもするなんて、一体どうなっているんでしょうか。
現在フランスが置かれている政治的状況を顧みると、オリンピックのような国際的イベントでは何が起こるかわかりません。もしかすると良くないことも起きかねないという意味で心配でもありますね。