2024年05月15日 10:00 弁護士ドットコム
弁護士ドットコムニュースがこのほど、「痴漢」の被害・加害に関するアンケートを実施したところ、「痴漢行為をしたことがある」と答えた9人(すべて男性)のうち、5人が「痴漢被害の経験がある」と回答した。
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回答者数は少ないが、加害者の半数以上が加害だけでなく、被害も経験していると答えたことになる。何か理由や因果関係が考えられるのだろうか。
著書に『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)があり、これまで3000人以上の性加害者や性依存症者に向き合ってきた精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんは「被害経験が加害を正当化する認知の歪みに影響を与えている可能性が考えられる」と指摘した。
弁護士ドットコムニュースのアンケートに回答した78歳の男性は、これまで10回未満、電車やバスで痴漢行為に及んだという。
そんな男性は中学生の頃にみずからも痴漢被害の経験がある。映画館で鑑賞中に中年男性から陰部を触られて「気持ちが悪かった」と振り返った。
回答後に取材に応じた男性は、「相手の手を払いのけた。すると隣の席に座っていた相手は、即立ち上がり、出て行った」と説明する。
そして、中学生のときの痴漢被害は、その後の痴漢行為に影響を与えたかという問いには 「被害と加害は、無関係と考えている」と答えた。
男性は「無関係」としたわけだが、加害者の半数以上が被害経験を有すると答えたことをどう見れば良いのか。
斉藤さんの勤務する榎本クリニック(東京・豊島区)では性犯罪加害者への再発防止プログラムをおこなっている。斉藤さんが担当した性加害の当事者は2006年にプログラムを立ち上げてから3000人を数える。そのうち、ほぼ半数にあたる47%が常習的な痴漢行為に及んでいた人が占める。
そうした痴漢の加害者のなかには、「痴漢被害の経験がある」と話す人もいるという。
「とても多いという印象はありませんが、被害経験を語る人がいます。男性からの被害経験が圧倒的に多く、おそらく加害者の性指向としては同性愛の男性による加害行為だと思われます。いずれも自身が加害に及ぶ時期より前に被害を経験しています。
彼らが被害経験を語るときには、性暴力の重大なエピソードと捉えず、『変態がいたんだ』『気持ち悪かった』という軽いノリで語られることが少なくありません」
斉藤さんがプログラムに携わっている加害者臨床現場では、「被害と加害の連鎖が見える」という。
「子どものころに性被害を受けた人が、大人になってからも同じ被害経験を繰り返したり、一方で加害者に転じたりすることもあります。たとえば、過去に児童福祉施設で職員から性被害を受けた子どもが、大人になって子どもへの性加害者に転じたケースを指摘できます。
また、不同意性交等に代表される深刻な性被害を受けた女性が、自分のことを汚らしいとかゴミ箱のような存在に思えて、自暴自棄になり自傷行為的に誰とでも性関係を繰り返すことがあります。これらは自己治療の一部と考えられていて、トラウマ臨床現場においては『行動上の再演(リエナクトメント)』と呼ばれています。
かつて性の対象としてモノのように消費されていた経験によって、自尊感情を大きく傷つけられ、自己治療として自傷・他害を繰り返すという負のサイクルは加害者臨床の現場ではよく見受けられます」
ただ、性加害の問題を、「自己治療」の観点で矮小化して捉えることに関しては注意が必要であると斉藤さんは指摘する。一方、かつての被害経験が、その人の加害行為における認知の歪みの形成過程に影響している点も見逃せない。
「かつて自分自身が性の対象として消費されていた経験(性被害)が、現在の加害行為を正当化するような『認知の歪み』に影響を及ぼしているとも考えられます」
今回のアンケートで、痴漢経験のある9人のうち5人が「被害経験あり」と回答したことはどのように考えられるだろうか。
「人数が少ないことと私が直接ヒアリングしたわけではないので、あくまでも1つの可能性という前提で説明します。痴漢行為には、その加害行為を正当化する認知の歪みが背景にあります。
この認知の歪みは、本人が勝手に生み出したものではなく、もともとこの社会の中にある前提となっている価値観(No means YES=「イヤよイヤよも好きのうち」)、つまり男尊女卑や女性蔑視の価値観と相補的に連動しており、学習された行動や思考と言えます。
若い頃の被害が『気持ちよかった』という経験だったのであれば、のちに『相手にやっても気持ちいいと感じるかもしれない』との考え方につながっているかもしれません。
被害を『気持ち悪かった』として経験すれば、『自分はその時周囲に助けを求められなかったから、加害行為はうまくやれれば成功率が高い』 『痴漢をした人は罰せられなかったから、自分も許されるはず』などと捉えるかもしれません。
いずれにしても、痴漢行為として行動化するかどうかは別にして、加害行為を正当化する、痴漢被害を過小評価する認知の歪みと地続きになる体験と言えます」
今回の結果をもって、痴漢加害者の多くがかつて痴漢被害を経験し、その経験が加害に影響しているとは直ちに言えないだろう。しかし、斉藤さんは次のように語る。
「男性の痴漢被害を調査によって炙り出して、加害への対策に活用する必要性は検討されるべきだと考えています。
まずは男性の性被害を認識できる社会に変えていく必要があるのではないでしょうか。男性が被害をカミングアウトするのは、まだまだ勇気が必要です。男性の被害も女性以上になかったことにされやすい。
女性の痴漢や盗撮(のぞき)被害はこれまで、メディアでは笑って済まされるものと描かれてきました。このような身近な問題を、性暴力と捉え直すことで、社会での認識が変化し、今まで透明人間だった加害者の輪郭が明らかになってくるのだと思います。
性被害者がこの世界をどのように見ているのかを一人ひとりが想像できる社会になれば、被害がなかったことにされるような事例は減ってくるのではないかと考えています」
・40代Aさん
(痴漢行為)100回以上。
〈被害経験〉電車や路上で。
・60代Bさん
(痴漢行為)1回。電車で女性の足を触った。
〈被害経験〉10代で男性から電車で痴漢をされた。「とても気持ちが良かったのでもう一度、あの経験をしたい気持ちが今もある」
・50代Cさん
(痴漢行為)1回。バスで。
〈被害経験〉40代。バスで。
・70代Dさん
(痴漢行為)1回。バスを降りる際に女子高生の耳にそっと息を吹きかけた。
〈被害経験〉20代、バスで胸元の大きく開いたワンピースを来た中年女性から。「そんなに混んでないのに、バスの揺れに合わせて擦り寄られた」。
・70代Eさん. (痴漢行為)10回未満。電車やバス。
〈被害経験〉映画館で中年男性から陰部を触られた。
(アンケート概要) 痴漢被害にあった経験のある女性は75.9%(243人)。男性も22.5%(72人)の人が被害経験をもつ。弁護士ドットコムが会員を対象に実施したアンケートでそんな結果が明らかになりました。また回答を寄せた男性(468人)の内、1.9%にあたる9人が「痴漢をした経験がある」と回答しました。(実施期間:4月10日~4月16日、有効回答数774人)