2024年05月13日 10:10 弁護士ドットコム
フリマサイトなどで売られている刺繍や編み物などのハンドメイド商品の中に、書籍に掲載された作品を"コピー"したものが出品されているとして、出版社が注意を呼びかけている。
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この中で、刺繍・編み物の図や、洋服のパターンなど、本に掲載されている作品を模倣し、それを販売することは著作権法の違反行為になるとして、ハンドメイド作家が苦労して作品を生み出していることへ配慮を求めている。
ハンドメイド本の掲載作品にしたがって自分で作品を作ること、さらにそれを売ったり買ったりすることの法的問題について、井奈波朋子弁護士に聞いた。
テキスタイル(布)には、刺繍や編み物という手段で、絵画のような複雑な模様を作り出している作品があります。実際に、刺繍によって絵を描いたアート作品がありますし、タペストリーのように織物によって絵が描かれるアート作品もあります。
一方、ハンドメイド本には、このような「テキスタイルアート」作品ではなく、通常、ハンドメイドを趣味としている人が作ることができる、刺繍の図面やセーターやマフラーなどの編み物の図面、洋服のパターンと完成品が掲載されていると考えられます。いろいろな書籍があると思いますので、一般化はできませんが、通常のハンドメイド本であることを前提に検討します。
まず、著作物と認められるためには、著作権法2条1項1号に定める要件を満たす必要があります。同号は、著作物について「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義しています。つまり、著作権法は、思想または感情の具体的な表現で、かつ創作性のあるものを著作物として保護しています。
ところで、美術は、純粋美術と、実用品に純粋美術の要素が加わった応用美術に分類されます。日本では、応用美術は原則として意匠法で保護されており、著作権により保護される範囲は限られたものとなりますが、どのような応用美術であれば、著作権により保護されるのかは判例・学説が分かれ、大きな問題となっています。
これらの原則を踏まえて、まず刺繍についてみますと、著作権による保護を否定した裁判例(大阪地裁平成29年1月19日判決「シャミー事件」)があります。この裁判例では、ノースリーブの婦人服の胸元に施した花柄刺繍(5輪の花とその周辺に配置された13枚の葉からなるデザイン刺繍)の著作物性が問題となりました。
判決は、応用美術について、実用的な機能を離れて美的鑑賞の対象となる創作性があるかという基準を示し、「少なくとも衣服に付加されるデザインであることを離れ、独立して美的鑑賞の対象となり得るような創作性を備えたものとは認められない」と判断し、問題となった刺繍について著作物性を否定しています。
この理屈からすると、独立して美的鑑賞の対象となり得る「創作性」を備えた刺繍でない限り、著作物性は認められないことになり、テキスタイルアート作品のようなものはともかく、衣服やファッション小物に施されるような刺繍は、著作権による保護が認められない可能性が高いと考えられます。
ただし、独立して美的鑑賞の対象となり得る「創作性」を備えているかどうかについての判断は微妙であり、問題となる刺繍を確認する必要があります。
次に、編み物や洋服のパターン図面についてですが、編み物の図面について、著作権による保護を否定した裁判例(東京地裁平成23年12月26日判決)があります。この判決では、編み図の構成について「思想又はアイデアを表示したにとどまるものというべきであり、この点をもって、原告編み図に著作物性を認めることはできない」と判断しています。
著作物であるためには、思想又はアイデアそのものでなく、それらを「表現すること」が必要なのですが、編み図は、そのような形の衣服を作成するという抽象的な思想やアイデアにとどまるので、著作物と認められません。端的にいえば、編み図は衣服を作成するための技術(アイデア)を示したものに過ぎず、思想または感情の表現とは認められないのです。
できあがった編み物自体も同様に「衣服を作成するという抽象的な構想又はアイデアにとどまる」という理由により著作物性が否定されています。この判断は、控訴審(知財高裁平成24年4月25日判決)においても支持されています。
洋服のパターン図面についても、編み物と同様に考えられ、衣服を作成するためのアイデアを示したものに過ぎず、著作物ではないと考えられます。しかし、ファッションショーに登場するような「奇抜な衣服」まで同様に考えられるかは微妙であり、衣服であるからといって、一概に著作物性が否定されるとまではいえないように思います。
以上のように、一般的なハンドメイド作品やその図面については、著作物と認められる可能性は低く、著作物でないとすると、その図面にしたがって編み物を作ったり、刺繍をした場合であっても、著作権を侵害するとはいえません。また、作った作品を売り買いしても、著作権法に抵触することはありません。
このようなハンドメイド作品やその図面は、作家の方が時間や労力を費やして作成したものと考えられ、著作権で保護してほしいという気持ちは理解できます。しかし、著作権は創作的表現を保護するものであり、時間や労力に対して保護を与えるものではないということを理解する必要があります。
【取材協力弁護士】
井奈波 朋子(いなば・ともこ)弁護士
著作権・商標権をはじめとする知的財産権、企業法務、家事事件を主に扱い、これらの分野でフランス語と英語に対応しています。ご相談者のご事情とご希望を丁寧にお伺いし、問題の解決に向けたベストな提案ができるよう心がけております。
事務所名:龍村法律事務所
事務所URL:http://tatsumura-law.com/