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「職種限定なら同意必要」配転めぐる最高裁判決、労働現場はどう変わるか?

2024年05月09日 10:50  弁護士ドットコム

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最高裁第二小法廷(草野耕一裁判長)は4月26日、職種や業務内容の限定について労使合意がある場合、労働者の同意なく配転命令をすることはできないとする初判断を下した。


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原告の男性は、技術職として長年働いていたが、事務職への配置転換を命じられたことを不服として裁判を起こしていた。



この最高裁判決によって、転勤や異動に変化は起きるのだろうか。労働問題にくわしい中井雅人弁護士に聞いた。



●企業の配転命令権は「当然に」あるわけではない

——そもそも会社側(使用者)は、労働者の合意なく転勤や異動をさせられるのでしょうか?



一般に、転勤や異動は次のように区別して使われていると思います。



・転勤=勤務場所の変更 ・異動=同一勤務地内での勤務部署や職務内容の変更



しかし、裁判実務等においては、これらをまとめて「配置転換」ないし「配転」と呼んでおり、今回の最高裁判決にもそのように記載されています。



大前提として、使用者は労働契約を締結したからといって当然に配転命令権を有することにはなりませんし、使用者に配転命令権があることを規定した法律はありません。



そのため、配転命令が有効になるには、使用者が配転命令権を有していることが必要になります。



●配転めぐる裁判での「二段階審査」

——どんな場合に配転命令権があると言えるのでしょうか?



配転命令権を有していると認められるのは次のような場合です。



・労働者と使用者の間に事前の合意がある場合(雇用契約書の記載等) ・就業規則、労働協約に定めがある場合



ただし、就業規則に定めがあったとしても、労働契約上、勤務地や職種等の限定がされていれば、配転命令権は有していないとされます。



使用者が配転命令権を有していない場合、合意のない配転は法的根拠を欠き無効となります。このことを判示したのが今回の最高裁判決でした。



他方、リーディングケースとされている「東亜ペイント事件(最二小判昭61.7.14)」は、使用者が配転命令権を有していることを前提に、その行使が権利濫用となる(無効となる)判断基準を示したものでした。



つまり、次のような場合では配転命令が有効になり、「労働者の合意はいらない」ということになります。



(1)使用者が配転命令権を有しており、 (2)その行使が権利濫用にならない場合



配転をめぐる裁判ではこの二段階の枠組みがあり、今回は(1)に関する判断が示されました。



●企業側への影響は? 

——最高裁判決の影響という点では、企業側の対応に大きな変化は出るのでしょうか?



今回の最高裁判決が判断したのは、上記のとおり、職種や業務内容限定の合意があれば、使用者には配転命令権がなく、合意のない配転はできないということです。これは下級審判例や学説が前提にしてきたことであり、大きな考え方の変化があったわけではありません。



しかし、二段階の判断枠組みのうち(2)の「権利濫用」が注目されがちでしたが、最高裁の判断が示されたことにより、(1)の「配転命令権の有無」が今まで以上に厳密に判断されるようになることを期待します。



職種・業務内容・勤務地限定の雇用契約が以前よりも増えているようです。そうした雇用形態の実際からすれば、今回の最高裁判決が示したように、(1)の判断が厳密になされる必要がより増すでしょう。



●「限定の合意」、柔軟な判断も?

——今回の事件では、職種・業務内容の限定合意について明確な書類等はありませんでしたが、「黙示の合意」が認められました。どういう場合、限定の合意があったと考えられますか?



合意があったか否かを判断する要素の例としては、次のようなものが考えられます。



・労働契約締結に至るまでの使用者の説明 ・職種の専門性 ・転勤や異動の慣行



一般論として、求人票や労働条件通知書の記載だけでは、合意が認定される可能性は極めて低いでしょう。これらの書面は、入社直後の業務内容や就業場所を明示するに過ぎないからです。



もっとも、2024年4月から労働基準法施行規則が改正され、入社直後の業務内容・就業場所だけでなく、それらの「変更の範囲」を明示しなければならなくなりました。この「変更の範囲」次第では、合意が認められる可能性が高まるでしょうし、その逆もあるでしょう。



今回の最高裁判決でも、当該労働者が「福祉用具センターにおける上記の改造及び製作並びに技術の開発に係る技術職」という職種の専門性の高さ、2001年に雇用されてから長年にわたって同技術職として勤務してきたこと等が、原審において「職種及び業務内容を上記技術職に限定する旨の合意」を認定する根拠になっていると思われます。



このように、職種・業務内容の合意が、「黙示の合意」だとされている点も注目されるべきです。



これまでも下級審判例では職種や就業場所について「黙示の合意」の成立を認める裁判例もありましたが、今回の最高裁判決も「黙示の合意」を前提に判断したことから、今後類似事例において、より柔軟に「黙示の合意」の成立が認められるようになることを期待します。



●「合意のとり方」もポイントに

——合意に至る経緯も問題になってきそうです。不利益を示唆されるなどして強引に同意がとられたりしないでしょうか?



上記のとおり、今回のような限定合意のケースも含め、使用者が配転命令権を有していない場合、合意のない配転は法的根拠を欠き無効となるわけですが、それにもかかわらず、その配転を実施したい場合、使用者は、配転に合意するよう説得を試みることがあり得るでしょう。



社会通念上相当な説得であれば適法です。しかし、社会通念上相当な範囲を超える説得は不法行為と評価される可能性があります。



また、社会通念上相当な範囲を超える説得や提供するべき情報を提供しない等の状況下でなされた労働者の「合意」は、自由な意思に基づいてされたものと認められないとして、無効とされる可能性もあります(山梨県民信用組合事件・最二小判平28.2.19)。



——このほか、気になる論点はありますか?



職種・業務内容や勤務地の限定の雇用契約の場合、当該職種・業務や勤務地が廃止される場面での解雇が問題になり得ます。



しかし、結論から言えば、従来から判例で積み重ねられてきた整理解雇(経営上の理由による解雇)の4要件をみたさなければ当該解雇は無効です。



整理解雇の4要件とは以下のとおりですが、当然今回の最高裁判決によって左右されるものではありません。



(1)人員削減の必要性 (2)解雇の必要性(解雇回避措置の履践等) (3)人選の合理性 (4)解雇に至る手続が労使間の信義則に反しないこと



職種等廃止による整理解雇の場合、職種等を廃止する必要性・合理性を当該労働者に十分に説明すること、当該労働者の適正や希望等を考慮しながら職種等の変更を伴う配転の同意を求めること等が特に重要になります(4要件のうち(2)や(4)と関連)。




【編注】今回の裁判も、発端は原告の男性が従事していた事業の廃止にあったとみられます。男性は同意のない配転後、精神疾患を発症したといい、休職期間満了で退職扱いとなり、現在は退職無効を求める別の訴訟も起こしています。





【取材協力弁護士】
中井 雅人(なかい・まさひと)弁護士
日本労働弁護団、大阪労働者弁護団、大阪弁護士会人権擁護委員会国際人権部会(2020年度より部会長)などに所属。残業代請求、解雇、労災、労働組合事件など労働者側の労働事件に専門的に取り組んでいる。入管事件や名誉毀損・差別問題にも取り組んでいる。
事務所名:暁法律事務所
事務所URL:http://www.ak-osaka.org/