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「あしたのジョー」上映会で試合シーン0、島本和彦&野口征恒と観客が「金返せー!」

2024年05月08日 19:38  コミックナタリー

コミックナタリー

「See you again!!」と叫ぶ(左から)島本和彦と、野口征恒。
マンガ家の島本和彦と、アニメーターの野口征恒が登壇したイベント「史上最も熱い!アニメ『あしたのジョー』上映+トークセッション」が、去る5月5日に東京・池袋のTheater Mixaで開催された。

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■ 観客に「あしたのジョーごっこ」を提案
過去に「あしたのジョー」を読み解く副読本「あしたのジョーの方程式」を出版した島本と、先日発売されたばかりの「劇場版 あしたのジョー2 COMPLETE DVD BOOK」ではブックレットに深く携わった野口。イベントではTVアニメ「あしたのジョー」より、生粋の「あしたのジョー」ファンで知られる2人が厳選した4つのエピソードが上映された。どのエピソードが上映されるかは、当日まで明かされていなかった。

上映前、島本は「野口さんがすごいコアなところを選ぶんですよ。私も悩んだのですが、『これについてトークをしたい』というものをベースに考えました。だから『大きい画面で名場面が観られる!』と思って来た人は、どういうことなんだと思うかもしれない」とコメント。続けて「申し訳ないんですけど、実は(イベントの)入場料を今日知ったんですよ。『こんなに払ってくれているんだったらこれじゃないのを選べばよかった!』と思って。野口さんと『この金額でこれを見せられるのか』って、『金返せ!』って怒られるんじゃないかと話してたんですよ」と説明する。「あしたのジョー」の作中には、矢吹丈と力石徹が試合の際に両手をぶらりと下げた“ノーガード戦法”でにらみ合い、観客席から「俺たちはこんなものを見に来たんじゃねえぞ!」「金返せ!」と野次が飛ぶシーンがある。島本は「『金返せ』って、皆さんリアルで言ったことあります? ないですよね?」と観客に問いかけ、野口は「それで考えたんですけど、皆さんにエンディングで『金返せ!』と、力石戦のときのように叫んでもらったら楽しいんじゃないかと」と、“あしたのジョーごっこ”の提案をした。

まずはTVアニメ「あしたのジョー」より、第69話「牧場の子守唄」、第70話「気になるあいつ」を上映。野口がセレクトした「牧場の子守唄」は、稲葉と山歩きを楽しんでいたジョーが誤って崖下に転落し、自身を救ってくれた牧場の娘・ユリと親交を深めるエピソードが展開される。一方、島本が選んだ「気になるあいつ」では、ジョーに関心を覚えたカーロスが泪橋、そしてジョーのもとに赴く様子が描かれた。第70話のエンディングが流れると、観客は約束通り口々に「金返せー!!」「力石が出てこないじゃねえかー!!」と怒号を飛ばした。

■ 「ガンダム」で言うところの「ククルス・ドアン」
このイベントが決まったときから「牧場の子守唄」を上映したいと思っていたという野口。同エピソードは「機動戦士ガンダム」で言うところの「ククルス・ドアンの島」であると自説を述べる。「こう言っちゃなんですけど、なくても成立する話。でもスタッフを見ると(キャラクターデザイン・作画監督の)杉野昭夫さんとかが、本当にきれいに作画を入れていて、クオリティが高い。正直なくてもいい話に、なんであんなにクオリティを上げてるのか」と感心する。

アニメのストーリーが連載中の原作に追いついてしまったため、アニメオリジナルエピソードとして展開された「牧場の子守唄」と、アニメオリジナル要素が大幅に追加された「気になるあいつ」。野口と島本が選んだエピソードが第69話・第70話と続いたことは、たまたまだったという。島本は「要するに『牧場の子守唄』まで観ていたら、いい話なんだけど、『そろそろいい加減にしてくれ!』『これをずっと見せられるの!?』と思うわけですよ。そんなドサ回り編がずっと続いていた中で、『ズン、チャンチャチャン……(カーロスが登場するシーンのBGMを歌い出す)』とBGMが流れて、タイトルの『気になるあいつ』が出たときの『来たー!!』っていう気持ち。『待ってましたー!!』って、感じたでしょ?」と客席に語りかける。また「ユリちゃんの回(『牧場の子守唄』)を観て、面白いんだけど、絵もうまいし、泣けるんだけど、“コレジャナイ感”がある」と正直な感想を述べながらも、「ただ、今は安心して『中継ぎ回はここで終わりなんだ』とゆったりとした気持ちで観られる。その気持ちで観ると、ジョーの相手としてユリちゃんもいいじゃん!って思える」と話した。なお「牧場の子守唄」に登場する、牧場の娘・ユリの声優は野沢雅子が担当。野口は「野沢さんは元気な少年の役が多い中で、女性のユリ役のオファーが来たときにはすごい喜ばれて、それからもずっと覚えている役なんだそうです」と明かした。

島本は作中のBGMについても触れ、「パート1のBGM集が出たときに、普段は好きな曲ばっかり聴いているんだけど、あるとき1から全部ちゃんと聴いてみようと思ったんです。そうしたら流れてくる曲がずっと暗くて。『別にいらねえな』と思う曲ばっかり流れてくるんだけど(笑)、力石の曲が流れてきたときに『あーっ!!』となって。車で走ってたんだけど、路肩に停めて、今の『あーっ!!』ってなんだったんだろうと考えたんですよ」と当時を振り返る。島本は「そうしたら『ジョーは力石になりたかったんじゃないか』という説が自分の中で出てきたんですね。力石はジョーのなりたい“明日”だったから、力石と戦うしかなかったと。力石が“明日”だったから、力石が死んでしまって、ジョーはもう“明日”に行けなくなってしまった。どこにも行くところがないからドサ回りをしている中、葉子が新しい“明日”を連れて来る。それがカーロスであって、カーロスにも、ジョーにとって“明日”だとわかるような曲をつけてくれてるのよ!」と熱弁した。ちなみにカーロスのBGMはCDには収録されておらず、野口は「(音源を)探してもどうしても見つからなかったらしいです。CDに入れなかったわけではなく、“なかった”そうなんです」と説明。島本は「すごいことが起きている」と率直な感想を述べた。

■ “無駄なシーン”に心が踊らされている
話題は「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」「シン・仮面ライダー」や、ライダースナックの味、「あしたのジョー」のパイロットフィルムにも参加していた北野英明が描く「どろろ」の百鬼丸までさまざまに展開され、島本は2011年に公開された実写映画「あしたのジョー」についても言及。「あの映画の価値は、人は本当に減量するとこうなるんだというのを見せてくれた。そこに感動したので、映画って作る価値があるなと思った」と話す。また「それはそれとして、最初に力石と闘うまでの脚本がすごく短くまとめられていて、劇場で観ていて素晴らしいと思ったんです。でも、観終わった後に心の空虚さを感じて、なんだこれはと思ったんですよね。それで、その映画で初めて『ジョー』を観るという知り合いが何人かいて、『ちょっと待ってくれないか!』と。『俺の編集したアニメのビデオを観てくれないか!』と言ったんだけど、そのビデオに収めていたのは、ジョーがクロスカウンターを覚えるシーン。ジョーが段平に向かっていくカットで、揺らめいてる段平の姿とジョーがずっと続いていくという、無駄なシーンがあったの。私はこの無駄なシーンに心が踊らされてるんだってわかったんです」と“無駄なシーン”の必要さを熱く語る。

野口は「今は倍速で観る世代だから、長いと切られちゃうんですよね」と言い、島本は「それがいいのに!」と念を押す。「『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』の一番すごいシーンは何かと言うと、俺たちは乾ききった心で『ヤマト』を待っていて、『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』が公開されるという、『世の中ってこういう奇跡が起きるんだ!』とワクワクした気持ちで徹夜で映画館に入って、『早く、早く見せてくれ……!だけど俺たちにはこの2時間しかない!』という状態の中で、まず宇宙が映る。宇宙はいいよ、宇宙は。宇宙の話だから。そのあと、白色彗星っていうものがピヤーンって、チカチカ点滅する。それでさえ、もう、もどかしい。それがキュウーっと(画面側に)来て、一枚絵がゆっくり動いていく。『もう、早くしてくれよ!!』と。あのときに白色彗星がどんなに残酷な奴らか、身にしみてわかるわけ!! 『俺たちにはあと2時間しかないんだよ!!』と。でもあれがすごい技だよね、アニメを作る人の」と感嘆。「さっきの『あしたのジョー』(『気になるあいつ』)でも、段平がブランコから落ちるシーンで、『俺たちはそれを見に来たんじゃねえんだ!!』『早く次行ってくれ!!』と思うわけ」と例え、会場に笑い声が響くと、野口は「でも、それがお好きなんですよね。隣で笑ってましたもん(笑)」と補足する。島本は「そうそう(笑)。ブランコから落ちてうなだれている段平を見て、『俺たちはカーロスとロバートと一緒にどうしようもないものを見せられている!!』と(笑)。最高ですね。大好き、ああいうの」と楽しそうな顔を見せた。

■ “本当に”「金返せー!」なエピソード
1時間を超えるトークを終え、休憩を挟んだ後にTVアニメ「あしたのジョー2」より、第10話「クリスマスイブ…その贈り物は」、第27話「ボクシング…その鎮魂歌」が上映された。島本が選んだ「クリスマスイブ…その贈り物は」では、ジョーと闘う意志を示すカーロスが、ともに日本を発とうとするロバートの前から姿を消し、ジョーとクリスマスイブの夜を過ごす様子が描かれる。また野口がセレクトした「ボクシング…その鎮魂歌」では、ウルフ金串と再会したジョーが、彼を信頼して30万円を貸したところ、ウルフが返済の日になっても現れないという、切ないエピソードが展開された。エンディングが流れるとまたも客席からは野次が飛び、「金返せー!!」という、展開上まさにその通りでしかない言葉はもちろん、この日上映された4話に試合のエピソードが一切なかったことから「ボクシングやれボクシングを!!」という声も上がった。

アニメオリジナルエピソードである「ボクシング…その鎮魂歌」。野口は「原作にはないオリジナルストーリーを選びたかった」とこの回を選んだ理由を説明する。一方の島本は「ボクシング…その鎮魂歌」について、「仕事中にDVDで『ジョー』を流すときに、飛ばす回」と応えた。また「あしたのジョー2」の後期オープニング主題歌である「MIDNIGHT BLUES」について、島本は初めてこの曲が流れたときに絶望感を抱いたと告白。野口も「みんなそう言いますよね(笑)。僕も衝撃でしたよ」と同意しながら、「聞いたところによると、出崎統監督も初めて聴いたときは衝撃を受けたそうです。でもだんだん好きになったそうです」と語った。

■ “偶然の動きを白木葉子がした”感
島本は「クリスマスイブ…その贈り物は」を選んだ理由について「テレビを観ていたときに(ジョーとカーロスの)本当の試合の前に行われる闘いが、ジョーが『ここでやろうぜ』と提案したときに、『ここで始まった!』とすごいうれしかったの。『来た、この回が!』とワクワクして、クリスマスの曲(『ジングルベル』)が流れたときに、これは自分に対してのクリスマスプレゼントだと思った」と述懐。「もう、うれしくてうれしくて! ……まさか『フゥー』(カーロスが打ち返さない)で終わるとは思わなかったけど」と笑った。

「クリスマスイブ…その贈り物は」の本編は、白木葉子の顔のアップを3枚続けて映す、ハーモニーカットの連続で終わる。島本は「当時、観ていて衝撃を受けました。(観客に)『何回続くの?』と思ったでしょ?(笑) 最後は『あら、雪がこちらから……』(と言っているかのような表情のアップ)っていう。実写映画の撮影であるような『あ、俳優がこんな偶然の動きしてくれたから、これを使おう』みたいな、“偶然の動きを白木葉子がした”感がある。それがすごく好きなんですよ」と話す。野口も「インパクトがありますよね。最後に『ご異存がなければこの試合のすべて、私がプロモートをさせていただきます。メリークリスマス』と言って去っていくという」と同シーンの印象を語り、島本は「全部持って行ったよね。それまでカーロスが『お前が火薬だ』とか言って、ジョーとイチャイチャしていて。それにイラッとした白木葉子が、『私、全部お金出します!』『あなたがただけで何か決めていたようですけど!』って言い出して」と続けると、客席が笑いに包まれる。「このままではジョーとカーロスの仲いいハーモニー(カット)で終わると思った葉子が、『そんなことはさせない!』と。『私のところにカメラを持ってきなさい!!』っていう。そんな葉子の意図を感じました」と解釈した。

■ 最後の真っ白になるシーンに合う曲がない
島本はハワイに旅行に行った際を思い返し、ワイキキの浜辺を見ながら「何かやり残したことがある」と思ったという。そして浜辺を散歩しながら「あっ! 俺はここをジグザグに歩かないといけない!」「俺はここをジグザグに歩くために来た!」と思い、ジョーの姿を真似て、浜辺を蛇行して歩いたというエピソードを披露した。TVアニメでは該当シーンはカットされており、野口は「出崎監督に聞いたら、あまり早い段階から(ジョーが)パンチドランカーであることを煽りたくなかったそうです。最終回でも真っ白になったジョーが旅に出るような映像を交えることで、視聴者に(その後を)想像させるような工夫をしている」と語る。

その話を受け、島本は「最後の(ジョーが)真っ白になるシーンに合う曲がないんですよね。原作で最後を読んだときの、あの感じになんの曲が合うかわからなくて。BGM集から全部の楽曲をそのシーンに合わせて流したビデオを作ったんです」と振り返る。「でも(『あしたのジョー2』の後期)オープニング映像は、真っ白になった後のジョー……という構成になっていて、最後にジョーは旅に出るという、マンガで読んだラストと違う解釈で作られているならば、むしろその違う解釈の音楽が当てられていてもよいのかなと、今思いました」と納得した表情を見せていた。

■ 最後は島本和彦に向けてハッピーバースデーの歌を合唱
またイベントの後半では、飲料ブランド・BOSSとのキャンペーンで用意された非売品の小冊子の話に。野口は「あれ、すごくいい本なんですよ。コミックスでカットされたコマとか、扉絵とか全部載ってるんです」と解説。「あしたのジョー」の単行本では、描き直しがあったりコマの変更があったりと、雑誌掲載時とは異なるページが多数あるという。「あしたのジョー」連載時の週刊少年マガジン(講談社)をすべて所持しているという野口は、カットされたコマを友人と一緒にすべて洗い出したと言い、島本は「そのデータを見せてもらったことがあるんだけど、すっごく細かいデータで。でも、『ここが変わってます』という絵だけじゃなくて、そのちょっと前から読みたいんだよね。『この流れでここが変わってます』というような……」と言葉にする。野口は「そうすると、すごいデータ量になりますよ」と返すが、島本は食い気味に「それでいい!! それを見たい!!」と熱く返答。また野口は「どこかでその本を出版できないかな」とこぼした。

なおイベントでは、島本の原画展が兵庫・手塚治虫記念館で開催されることも発表。島本は「手塚治虫記念館でせっかくやるから“手塚治虫コラボ”的なものを飾りたいなと思って進めております」と予告した。そして去る4月26日に63歳の誕生日を迎えた島本を祝し、会場からはハッピーバースデーの歌が贈られる。島本は「うちの奥さんが占い師に占ってもらったら、私は77歳でヒットすると言われたらしくて。そこまでかかるのかというのと、そこまでマンガ家やれるのかという気持ちです(笑)。がんばります!」と意気込んだ。