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「非正規の劣悪環境は変わってない」POSSE今野氏の「新しい労働運動」論、正社員基軸ではない組合の狙い

2024年05月08日 09:50  弁護士ドットコム

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2024年春闘では、大企業の正社員を中心に大幅賃上げが実現する一方、保育・介護や運輸、飲食などの現場には、賃金水準の低さや待遇改善の遅れといった課題が山積している。こうした現場の働き手は、非正規の割合が高いこともあり、労働組合を通じて経営側に改善を求めることが難しい。


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労働問題の解決に取り組むNPO「POSSE」の今野晴貴代表に、現場の働き手を支えるためには、どのような労働運動が必要かを聞いた。



●賃上げの恩恵を受ける「中心的正社員」は一部、それ以外の現場は「ブラック化」

今野氏によると、長期雇用と安定的な賃金が十全に保証された「中心的な正社員」は、労働力人口の2~3割に留まるという。中心的な正社員が、大幅賃上げなどの恩恵を受ける一方で「それ以外の働き手の世界は、人手不足によって現場の負担が高まり、『ブラック化』しているのです」。



「現場」の労働環境の悪化は、配送遅延や大量退職といった形で、市民生活にも影響を与え始めた。全国の保育園では近年、保育士の一斉退職が相次いでいる。



3月には大阪府堺市の認定こども園で、保育士12人のうち園長を含む10人が退職届を出したと報じられた。園と堺市は園児の預かりが難しくなる懸念を示しているといい、子どもを預けて働く家庭や、育児休業から復帰する母親らにも影響が及ぶ恐れがある。



保育士の大量退職については、POSSEにも多くの相談が寄せられているという。



「相談に共通するのは、現状がこれ以上続けば、虐待などの形で子どもに被害が及びかねないという危機感です。保育士たちは、子どもの安全を守るためにはこうするしかない、という社会正義の意識から退職に踏み切っているのです」



また2022年には、ファミレス最大手すかいらーくグループの「ジョナサン」で、店長が社員に長時間労働を強制した上、暴行を加え肋骨を折るパワハラが発覚。被害者から相談を受けたPOSSEが、個人加入が可能な労働組合「総合サポートユニオン」につなぎ、被害者は労災認定を受けた。



「日本を代表する外食チェーンの都心の店舗ですら、いまだに典型的かつ深刻なパワハラが横行している。従業員の長時間労働や低賃金を前提に、利益を確保するという事業構造が温存されている以上、労働者を取り巻く劣悪な環境は変わりようがないのです」



2024年4月には、ドライバーや建設業の従事者、医師らに労働基準法に基づく時間外労働の上限規制が適用された。これによって、ドライバー不足による配送遅延などの問題が深刻化する可能性もある。



●正社員システムを変えないまま、パートを組織化することに違和感

現場の働き手は主にパート・アルバイトや、個人事業主として仕事を請け負う運送業者、配達を担うギグワーカーらだ。正社員もいるが、多くは保育や介護のケアワーカーや小売・外食チェーンの店長のような、職種限定的に採用された「周辺的」な正社員で、企業の中核を担う「中心的正社員」に比べると、待遇や賃金の保証は十分ではない。また介護・保育などの事業者は小規模で、労働組合もないことが多い。



一方で、大手スーパーの労働組合などには、パートタイマーを組織化する動きが広がっており、組合員の半数以上が非正規という組織も珍しくない。こうした業界では経営側も、パートのキャリアアップの仕組みや正社員登用制度を導入しつつあり、組合側が制度設計に関わっているケースも見られる。



しかし今野氏は「労使が取り組むパートの賃上げやキャリアアップは、パート差別を温存したまま正社員を中心とした日本的雇用システムへと内包することが眼目で、差別構造を変えようとはしていない」と指摘する。



「そもそも正社員とパートは賃金の決定方式が根本的に違い、圧倒的な格差が所与のものとされている。正社員の利益と雇用差別に依存した経営環境を優先してきた組合が、パートを組織化することには違和感を覚えます」



非正規労働者を組織の中でどのように位置づけるか、という戦略を持たない企業が、目先の人手さえ確保すればいい、といわんばかりの場当たり的な対策を取る例も目立つという。このため、経営側がパートの求人時給を上げたことで、新人とベテランの時給が逆転してしまったり、差がなくなってしまったりといった、職場の歪みも生まれている。



●企業別の労使交渉には限界、産業別の課題解決が不可欠

日本では、ナショナルセンターである連合と産業別労働組合、そして企業別労働組合が中心となって労働運動を展開してきた。連合や産別組合は「労働者代表」として春闘をはじめとする賃金相場の形成や、労働政策の決定プロセスにも関わっている。ただ、スーパーなど一部業種を除けば、既存組合を構成する組合員の大多数は「中心的正社員」であり、政策決定についても、こうした正社員を念頭に置いた議論が行われることが多い。



「政策決定の場にもっと多くの労働者グループを巻き込み、多様な労働者の利害を反映できるよう多元的な議論をすべきです」



企業別労働組合は職場単位で活動するため、自社の賃上げや待遇改善の交渉が活動の中心となって、産業全体の基盤整備が進みづらい面もある。しかし保育園の大量退職やドライバー不足に代表されるように、現場の問題の多くは個別企業の待遇改善では解決できず、産業全体での取り組みが不可欠となっている。



「企業別の労使交渉では、社会的な事象に対応しきれなくなっています。現場にジョブ型が広がる以上、労使の仕組みも産業別の課題解決に取り組めるよう変わる必要がある。それが結果的に、サービスを受ける消費者・市民の生活の質を維持することにもつながるのです」



●「新しい労働運動」と既存の組合、デュアルシステムが必要

こうした中、総合サポートユニオンは2023年から「非正規春闘」を始め、正規・非正規間の格差や業種別の格差の解消に取り組んでいる。傘下には「エステユニオン」「介護・保育ユニオン」「私学教員ユニオン」といった職業別のユニオンも組織し、業種別の労働問題に取り組み始めてもいる。



「同じ職種の人が集まって待遇改善に取り組み、労働問題を解決するという運動が盛り上がってきています」



保育士の大量離職が全国に飛び火したように、ある働き手の行動が、同じ仕事をする人の共感を呼び横展開する、という動きは生まれつつある。しかしこの流れを組合活動へと結び付けるには、これから新たな「仕掛け」を考える必要があるという。



「日本では労働組合は企業別がほとんどで、労働運動のカウンターパートとなる業界団体の結束も弱く、職種別の労使関係は構築できないという指摘もあります。しかし歴史上存在しなくても、想像力を働かせて新たな道筋を作ることはできます」



別の職場で働く人同士が、普段はウェブなどで緩くつながり、問題が起きた時、一斉に組合に加入して大きな運動をつくり出す、といったことも考えられるという。活動の担い手も、当事者である働き手と組合専従職員のような「労働運動のプロ」だけでなく、幅広い人に関わってもらうべきだと指摘する。



「例えば保育の問題なら、ユーザーである保護者や子育て関連のNPO代表などがオピニオンリーダーとなってもいいし、テーマごとにリーダーが変わってもいいと思います」



また既存の企業別組合と新しいグループの二者択一ではなく、既存組合が正社員の待遇改善に取り組み、ジョブ型要素の強い現場の働き手の課題解決は「新しい労働組合」が担うというように、役割分担する必要がある、とも考えている。



「既存組合と新しい労働組合が併存するいわば『デュアルシステム』が望ましい。当然、考えの違いによる対立も起きるでしょうが、そこを調整し決着していくことこそ、民主主義的な社会の在り方ではないでしょうか」



(企画・構成:新志有裕)