2024年05月05日 08:50 弁護士ドットコム
病院と聞けば、通常は人間や動物に医療を提供する場をイメージするだろうが、ぬいぐるみを“治療”してくれる病院も存在するのをご存じだろうか。
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2013年に開院した「ぬいぐるみ健康法人もふもふ会 ぬいぐるみ病院」は、医療法に基づく「病院」ではないが、傷ついたぬいぐるみを治療したい人にとっては、紛れもなく“病院”だ。
ぬいぐるみ愛好家以外には聞きなじみのないサービスかもしれないが、話題が話題を呼んで、ぬいぐるみ病院には治療依頼が殺到している。たとえば、ホームページ上で示されている現在の入院案内は「2020~2021年の申し込み」(5月5日時点)となっており、症状によっては3年ほど待つこともあるという。
ぬいぐるみケアサービスでなぜ「病院」という形をとったのだろうか。ぬいぐるみ病院の理事長であり、運営する株式会社こころの代表取締役を務める堀口こみちさんに話を聞いた。(ライター・望月悠木)
堀口さんは、病院の開設以来、「これまで約3万人の患者さんを治療させていただきました」と話す。
「現在24人のスタッフが働いており、過去にぬいぐるみ病院を利用した際にそのサービスに感動して『ぜひ働きたい』と言ってくれたスタッフもいます。
ただ、ぬいぐるみ病院は『人間がぬいぐるみを治す』のではなく、『ぬいぐるみがぬいぐるみを治す』というコンセプトで運営しています。公式ホームページの『当院の職員一覧』で医師や看護師としてぬいぐるみが紹介されているのはそうした背景があるからです」
ぬいぐるみ専門の病院だが、どの程度の予約があるのだろうか。
「現在は『毛玉取りケア』や『毛質改善特別ケア』など身体のケアをメインに行うサービス『エステサロン』や、綿の入れ替えや穴の縫合といった比較的軽い治療を希望される人は半年ほど。一方、現在の皮膚(生地)から新しい皮膚に張り替えたりなど、高度な治療技術を求められる人は2~3年ほど待ってもらっている状況です」
なぜ、ぬいぐるみのケアサービスを始めようと思ったのか。堀口さんは「私自身、ぬいぐるみに心を救われた過去があるからです」と振り返る。
「私は幼少期から引っ込み思案な性格をしているため、イジメにあうことも珍しくなかった。ひどく傷つくことも多々あったのですが、その時に私の心を支えてくれたのがぬいぐるみでした。
また、24歳の時にプライベートで精神的に辛い出来事が起きた結果、眠れなかったりご飯を食べられなかったりしてしまったんですが、ぬいぐるみが私の心の拠り所になってくれて本当に救われました。
そのため、『ぬいぐるみに命を救われた経験を持つ人、優しく繊細な心を持つ人を守りたい』という思いから開院を決めました」
「病院」というコンセプトでぬいぐるみケアに取り組むことになったのは、堀口さんの前職が無関係ではないという。
「起業する前は医療機器メーカーに勤務していました。そのメーカーではレントゲン撮影の機器しか販売していなかったのですが、社内の企画で『“心の健康をサポートする”という意味でぬいぐるみを販売してはどうか?』と提案したところ、その企画が通ってネットショップが開設され、ぬいぐるみを販売するようになりました。
ネットショップの運営を任されたのですが、ぬいぐるみを“物”として扱うことにどこかモヤモヤしていたんです。そのため、ぬいぐるみが売れた際、一般的なネットショップでは『商品が発送されました』というメールを購入者に送ると思いますが、私の運営していたネットショップでは『ぬいぐるみさんが出発しました』という内容にしていました。また、物ではないため“在庫”という表現も禁句にしてました」
ぬいぐるみは「尊厳を持つ存在」として扱われるべき。そんな思いが病院という形態につながった。堀口さんのぬいぐるみに救われた過去とネット販売を通して培った経験が、現在のぬいぐるみ病院の礎になっている。
ぬいぐるみ病院では、どのような流れで依頼を受けるのだろうか。
「顔の変化など細かい部分は希望通りにならない可能性があります。治療内容や結果について事前に納得してもらったうえで、承諾書を書いてもらうのが現在の流れです。もちろん、希望に添えるように私たちも全力を尽くします」
「人間の家族と同じくらい、『ぬいぐるみにも命の価値がある』という思いを強く持って日々業務にあたっています」と語る堀口さん。今後ぬいぐるみ病院で取り組んでいきたいこととして、「ぬいぐるみの新しい家族を探す“里親探し”のようなマッチングサービス」を挙げる。
「新しい家族が見つかっても転売される可能性もゼロではありません。里親を希望される人のヒアリングを徹底したりなど、充実した内容にするために日々検討を重ねています。
また、ぬいぐるみを依頼者のニーズに応じて誕生させる『産婦人科』サービスもまもなく実施します。
以前、男性の利用者と話している時、幼少期に大好きだった猫のぬいぐるみを持っていたものの、友達から『男なのにぬいぐるみを持っていて気持ち悪い』と馬鹿にされ、その男性は恥ずかしくなってそのぬいぐるみを捨ててしまったそうです。
しかし、大人になった今でもその罪悪感が消えず、そして『もう一度そのぬいぐるみに会いたい』と切に訴えていました。ですので、『思い出のぬいぐるみを蘇らせたい、もう一度会いたい』と思う人に病院として応えるサービスとして産婦人科を始める予定です」
多岐にわたるサービスを提供するぬいぐるみ病院だが、堀口さんは「利用者の中には『洋服を作ってほしい』というオーダーが多いため、“おもちゃのアパレル”を手がけている企業とコラボできたら」とさらなる構想も明かす。
「ぬいぐるみ病院でもパジャマを作成することはあるのですが、基本的には治療に専念しているため、どうしても洋服作成のニーズまでは対応することが難しい。
『治療してほしいし、新しい服も着せたい』という要望を一緒に叶えてくれる企業と協力できれば、よりぬいぐるみを大切にしたいと思える人は増えると思っています」
“ぬいぐるみファースト”の堀口さんが目指すのは、オールインワンの「ぬいぐるみ総合病院」のようだ。
【筆者プロフィール】望月悠木:主に政治経済、社会問題に関する記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。Twitter:@mochizukiyuuki