Text by 今川彩香
言葉をテーマにした展覧会『翻訳できない わたしの言葉』が、東京都現代美術館で開かれている。この展覧会ではユニ・ホン・シャープ、マユンキキ、南雲麻衣、新井英夫、金仁淑の5人の作品を展開している。7月7日まで。
開幕に先駆けて行なわれた4月17日のプレス内覧会では、同館の担当学芸員、八巻香澄が「言葉や言葉を発する行為を切り口にして、一人ひとりの違いや選択する権利というものを考える機会にしたい」と企画展に込めた思いを語った。
今回の記事では、内覧会でのアーティストのコメントを紹介しながら、展示についてレポートする。
―あなたの「わたしの言葉」はどんな言葉ですか?
この展覧会では入り口のキャプションにて、まず鑑賞者に問いかける。
内覧会でははじめに、八巻学芸員が展覧会のタイトルについて説明した。
「『翻訳できない』はコミュニケーションができないといったネガティブな意味ではなく、ポジティブな気持ちを込めています。例えば代わる言語がないとか、話している人の魅力とか、翻訳しようにもできないものがある、といったニュアンスです」
「一人ひとり、発音の仕方や言葉の選び方など個性があるものです。一人ひとり違う言葉を喋っている――そう考えたとき、それぞれの言葉を大事にしたいと思って『わたしの言葉』としました」
展示室に入るとまず目に映るのは、ユニ・ホン・シャープの映像作品《RÉPÈTE | リピート》。
ユニ・ホン・シャープ《RÉPÈTE | リピート》2019 年(東京都現代美術館提供)
ユニは、日本とフランスの2拠点で活動しているアーティスト。《RÉPÈTE | リピート》では、「Je crée une œuvre(私は作品をつくる)」というフランス語の発音を、フランス語を第一言語としている長女に訂正してもらう様子を描いている。
この作品をつくったきっかけについて、ユニがフランス国籍を取ったばかりのときのエピソードを挙げた。年上のフランス人との会話のなかで、ユニが「Je crée une œuvre(私は作品をつくる)」と言うと、何度も聞き返されたうえに「あなたフランス人アーティストなのにこのフレーズを言えなくてどうするの」と叱られた、という。
そのうえで、ユニは「でも、発音っていままで培ってきた口の筋肉だったりするので、私はフランス人アーティストであっても日本で生まれたし、そこには私の遍歴が生きている。この作品をつくったことで、自分の発音で生きていこうと思えました」と語った。
ユニ・ホン・シャープ《旧題Still on our tongues》(部分)2022/2024年
先住民族アイヌをルーツに持つマユンキキは、対話を収録した映像作品2点と自分の部屋を再現した空間を構成するインスタレーション作品《Itak=as イタカㇱ》を展示している。
「イタカㇱ」とは「(聞き手を含まない)私たちが話す」という意味。映像や空間は、マユンが大切にしているものや人々、言葉を提示しており、個人としての姿を通して、一人のアイヌであるマユンに出会ってほしいとの意図があるという。
マユンにとっての安全な空間に入るために、鑑賞者にはあらかじめ用意してあるパスポートへのサインを促される。パスポートには、例えば「私はアイヌが日本の先住民族であることを知っている」「自分が無知であることを知ったあとに、そのことについて深く学ぶ姿勢がある」などの問いが並ぶ。
「いま私が日本のなかでアイヌとして生きていると、安全が確保されていないと自分を見せるようなことができない。日々恐怖を感じるなかで、それを伝えなくてはならないと思っていた」とマユン。部屋に入ってもパスポートの中身を確認されることはないが、「サインをするということで一度ちょっと考えたり、何かを見るにあたって自分で選択するということをしてもらいたいなと思う」と語った。
《Itak=as イタカㇱ》の空間展示の一部。左奥がマユンキキ。
マユンの部屋を出ると、映像作品を取り囲むように椅子やテーブルが置かれている空間が出現する。南雲麻衣のインスタレーション《母語の外で旅をする》。南雲は3歳半のときに聴力を失い、7歳で人工内耳適応手術を受け、音声日本語を母語として育った。18歳で手話(視覚言語)と出会い、いまは日本手話を第一言語としている。
インスタレーションでは、南雲がパートナーや友人、母親らと食卓を囲んでコミュニケーションをとる様子が映し出されている。設置されたテーブルの先に映像が映されており、鑑賞者も南雲らが囲む食卓の延長線上にいるように感じられる仕掛けになっている。
南雲は「私は言葉というのは、日本語・日本手話などというラベルを付けてしまうと『石』のような性質を持つように感じています。つまり、相手と私とのコミュニケーションそのものが私にとっての言葉なんです。相手をわかるための言葉が何であるかというラベルは捨てて、その相手との世界を楽しみたいという気持ちを含めて撮影しました」とした。
南雲麻衣《母語の外で旅をする》2024年
『翻訳できない わたしの言葉』展示風景より、新井英夫《からだの声に耳をすます》(部分)2024年
思い通りに言葉を表出しにくい、または身体を動かしづらいという障害のある人や高齢者らと向き合いながら身体表現ワークショップを行なってきた「体奏家」でダンスアーティストの新井英夫。今回の展覧会では、新井のワークショップで行なわれたエクササイズを体験できるような展示となっている。
三角形の水袋を体に乗せ、一緒にゆらゆら揺れてみるエクササイズを提案している一角。新井は「ぜひ畳に寝っころがってみてください」と呼びかけていた。
ほかにも、その日その場所の記憶を即興で踊ったという日記のようなダンス映像など、新井の活動を振り返る展示も。新井は2022年にALS(筋萎縮性側索硬化症)の確定診断を受けている。
「ダンサーとして活動していたのに筋肉が動かなくなることに絶望した。けれど、もうちょっと生きてみようかなと思う手掛かりになったのは、障害がある人とのワークショップだった。体は動かないんだけど豊かな内面があって、こちらが歩み寄ると言葉ではないけれどお互いの『わたしの言葉』がわかる。体が動かなくなっても、それは終わりではないという僕の希望につながっています」
そして、「私が垣間見た世界っていうのを少しでも想像していただいて、どんな人にも『からだの声』があるんだということに思いを馳せてもらえたらうれしい」と呼びかけた。
金仁淑は、滋賀県のブラジル人学校サンタナ学園に通う子どもたちと、子どもたちを見守る大人たちを映したインスタレーション《Eye to Eye, 東京都現代美術館Vers.》を展示。この作品は『恵比寿映像祭 2023』にてコミッション・プロジェクト特別賞を受賞している。
金仁淑《Eye to Eye, 東京都現代美術館 Ver.》2024年 / 『翻訳できない わたしの言葉』展示風景、東京都現代美術館、Photo:金仁淑 ©KIM Insook
展示室中央の8つのスクリーンには、サンタナ学園の子どもたちと金が約1分間見つめ合ったというビデオポートレートが映し出されている。金は、彼らが話すポルトガル語はわからないという。ポートレートは150種類ほどがかわるがわる映し出され、子どもたちははにかんだり、投げキッスをしたり、それぞれの表情でこちらを見ている。
金は「子どもたちが優しい眼差しでこちらを見つめてくれています。メディアなどではまず『在日ブラジル人』『在日コリアン』として表記されますよね。でも、この人たちもみんなそれぞれ違う人生があって、その後ろに『在日―』がある、そういうことを知ってほしいなと思ったので、歩き回りながらいろんな人と出会えるように作品をつくっています」と語った。
金仁淑《扉の向こう》2024年 / 「翻訳できない わたしの言葉」展示風景、東京都現代美術館、Photo:金仁淑 ©KIM Insook
この展覧会では、いわゆる言語として規定される概念を拡張して「言葉」を定義していた。金や南雲が言うように、人と人が向き合ったときに大切なのは、カテゴリ分けやラベル付けではなく、お互いを個として認識、尊重したうえでのコミュニケーションだと思う。それは簡単なようでいて、無意識の部分も働くから難しい。5人のアーティストの作品は、そんな個々人の無意識を具体化し気づかせる力をはらんでいると、個人的な感想を抱いた。
八巻学芸員は「展覧会を通して、『わたしの言葉』ってこういうことなんだなって気づいたら、今日がわたしの言葉記念日――じゃないですけど、お祝いするようなハッピーな気持ちで帰っていただきたいなと思い、メインビジュアルは紙吹雪をモチーフにしています。安心して、自分の言葉を大事にできる展覧会になっていると思います」と語っていた。