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頂き女子りりちゃん「懲役9年」判決にネット騒然、「性犯罪より重い」の声も 量刑はどう決まる? 元検察官の弁護士に聞く

2024年04月26日 10:40  弁護士ドットコム

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「頂き女子りりちゃん」を名乗って、複数の男性から現金をだまし取ったとして、詐欺などの罪に問われた女性(25)に対し、名古屋地裁は4月22日、懲役9年、罰金800万円の判決(求刑:懲役13年、罰金1200万円)を言い渡した。


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報道によると、女性は、2021~2022年の間に勤務先の風俗店やマッチングアプリで知り合った男性3人から計約1億5500万円をだまし取ったほか、だまし取ったとされる所得を申告せずに約4000万円を脱税した罪などに問われていた。いずれの罪も起訴内容を認めていたという。



今回の判決に対して、ネットでは様々な声があがっている。「人殺したわけでもないのに」「おぢたちに夢見せてあげてただけなのにね」と量刑が重すぎるという意見のほか、「性犯罪や虐待より重たいのはなぜ?」と他の犯罪と比較して重いとする声もあった。一方で、「男性が同じことしたらこんなものでは済まないはず」と“女子割り(引き)”があったとして、量刑が軽いと指摘する意見も。



一審判決が出た段階なので確定したわけではないが、今回の量刑判断は本当に重すぎるのだろうか。元検事の高橋麻理弁護士に解説してもらった。



●詐欺罪が性犯罪に比べて重すぎる?

結論としては、今回の一審判決が重すぎることはないと考えています。3つの観点から考えてみます。



第1に、他の犯罪との比較という点です。



今回の判決について、「殺人罪や性犯罪と比べて、重すぎるのではないか」「詐欺罪でこんなに重くなるなら、他の犯罪の量刑もあげるべきではないか」という意見もあるようです。



詐欺罪という犯罪は、他人に財産上の損害を与える犯罪です。殺人罪や性犯罪などのように、他人の命、身体、性的自由を侵害する犯罪と比較すると、どこか軽い犯罪であるかのようなイメージがあるのかもしれません。



でも、詐欺罪の法定刑は10年以下の懲役。それ自体とても重い犯罪です。



詐欺罪と一言でいっても、その経緯、被害金額などはさまざまですが、被害者の方が受ける被害は、だましとられた被害金額にとどまるものではなく、相手への信用を裏切られたこと、長年苦労して貯めてきた大事なお金を奪われてしまったことで受ける精神的ダメージもとても大きいものがあります。



被害者が、被害による精神的ダメージからその後自ら命を絶ってしまうこともあります。殺人罪や性犯罪など他の犯罪と単純に比較してその軽重を評価するのは難しいかもしれません。



なお、性犯罪に対する量刑が軽すぎるという意見はあると思いますし、私もそのように感じる場面が多くありますが、それは詐欺罪の量刑との比較で考えるのではなく、別途考えるべき問題だと思っています。



●詐欺罪単体は懲役10年が上限だが「今回は15年まで引き上げ」

第2に、今回裁判になったのは、詐欺罪1件ではないという点です。



報道によれば、被告人がお金をだまし取った被害者は3人いるとのことです。また、被告人が、男性からお金をだまし取る恋愛マニュアルを販売して詐欺行為を手助けした行為、本来納めるべき所得税を申告せずに納めなかった行為も併せて有罪になっているようです。



この報道を前提にすると、それぞれの犯罪は併合罪と評価され、その結果、法律上の処理により、言い渡す懲役刑の上限は、詐欺罪の法定刑である10年ではなく、15年にまで引き上げられます。



●懲役9年の結論は「過去の量刑傾向にも沿ったもの」

第3に、過去の量刑傾向との比較という点です。



刑の重さを決めるにあたっては、さまざまな要素が考慮されるところ、すべての背景事情がまったく同じ犯罪というものは存在しないため、過去の量刑と単純に比較することはできません。



過去の量刑傾向に照らすと、「被害額が1億円」を超える詐欺罪については、懲役5年を超えるような重い懲役刑が科せられることがあるといえます。



特に、今回は、被害金額が大きいことに加え、一審判決言い渡しの時点で被害弁償がされていないこと、1回きりの犯行ではなく、一定期間に渡り、複数の被害者からお金をだまし取っていたという常習性があったこと、犯行手口をマニュアル化して他人の犯罪を手助けすることで被害を拡大させたこと、ホストに貢ぐためという身勝手な動機に酌むべき事情がないことなどを考えると、懲役9年という結論は、過去の量刑傾向にも沿ったものであると思います。



●女子割りがあった?「そのようなことはない」

このような3つの観点から考えると、検察側の求刑も、これに対して言い渡された判決も、決して重すぎるということはないものと考えます。



なお、この一審判決について、「被告人が男性だったらもっと重くなったはず、『女子割り』のような考え方が根底にあって軽い量刑になったのではないか」という声もあるようです。



でも、そのようなことはないと思います。



私自身が経験したり、見聞きしてきた範囲でいえば、裁判官が、被告人が性別のみを理由として量刑を重くしたり軽くしたりすることはありません。



たとえば、一般論として、女性である被告人が、共犯者である男性に犯行を強要されていたという事情があった場合にそのような事情を量刑に反映させることはあると思いますが、それは、被告人が女性であることだけを理由とした考慮ではありません。



今回の一審判決に対し、検察側も被告人側も控訴することができます。



ただ、求刑比で70%に近い判決となっているので、検察側は控訴しないのではないかと思います。



一方、被告人側は、控訴する可能性が高いと思います。一般的には、控訴しつつ、一部でも被害者への弁償を進め、これを量刑に反映させることを目指すことも考えられます。



被告人側だけが控訴した場合には、法律で一審判決より重い刑を言い渡すことはできないこととされているので(不利益変更の禁止)、一審で言い渡された「懲役9年、罰金800万円」よりも重くなることはありません。




【取材協力弁護士】
高橋 麻理(たかはし・まり)弁護士
第二東京弁護士会所属。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。検察官を任官し、数多くの刑事事件の捜査・公判を担当したのち退官。弁護士登録後は、捜査や刑事弁護で培ったスキルを活かし、企業不祥事・社内不正における社内調査のアドバイスや、対象者への事情聴取などにも注力。2023年12月には弁護人を務めた刑事裁判で無罪判決を獲得。東証プライム上場企業の社外取締役(監査等委員)など、複数の企業で社外役員を務め、企業法務にも精力的に取り組んでいる。法律問題を身近なものとして分かりやすく伝えることを目指し、メディア取材に積極的に対応。子どもへの法教育にも意欲を持っている。
事務所名:弁護士法人Authense法律事務所
事務所URL:https://www.authense.jp/