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コンビニコーヒー「R買ってL注いだ」窃盗告白に議論沸騰、「犯罪者も被害者も生まないシステムを」犯罪機会論の視点

2024年04月14日 09:10  弁護士ドットコム

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コンビニのセルフコーヒーでレギュラーサイズを買ったのに、それより高額なラージサイズのカフェラテのボタンを押してカップに注いだとして逮捕されて、職場から懲戒免職を受けた元公務員の男性がこのほど弁護士ドットコムニュースの取材に応じた。


【関連記事:レギュラー買ってラージ注いだ…コンビニコーヒー「窃盗」で懲戒免職の元公務員「犯罪者を出さない仕組みにならないか」】



・レギュラー買ってラージ注いだ…コンビニコーヒー「窃盗」で懲戒免職の元公務員「犯罪者を出さない仕組みにならないか」(2024年4月6日)
https://www.bengo4.com/c_1009/n_17432/



みずからの行為を振り返り、反省の弁を語った男性だったが、買ったもの以外は注げないようにすることなども提案する内容について、ネットやSNSでは「盗人猛々しい」といった批判の声があがっている。



一方で、性善説に基づく仕組みに限界があることもまた事実だ。批判だけでなく、「セルフコーヒーの仕組みに問題がある」という男性の意見を肯定する声もあった。



はたして、どう考えればいいのか。「犯罪機会論」と呼ばれる研究分野では、犯罪を起こす「人」ではなく、犯罪が起きる「場所や環境」に注目して、犯罪発生の機会をなくしていくことで犯罪を防ぐという考え方をとる。



この犯罪機会論を専門とする立正大学・小宮信夫教授は、男性への批判を「生産的ではない」と指摘する。コンビニのセルフコーヒーをめぐる問題について、「犯罪機会論」のアプローチから小宮教授に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)





●犯罪機会論とは?

——「犯罪機会論」とはどんな考え方でしょうか



たとえば、学校の防犯教室では、子どもに「不審者に気をつけよう」などと教えていますが、大人でも犯罪者を見分けるのは容易ではありません。



そうではなく、犯罪が起きやすい危険な場所とはどのようなものかを教えて、そうした環境を避けて行動してもらおうとするのが、犯罪機会論の考え方です。



時には加害者本人でさえよくわかっていない犯行動機を探る(犯罪原因論)のはとても難しく、時間も労力もかかります。



それに対して、犯罪の動機を抱えた人でも、機会が目の前になければ、犯罪は実行されないと考えるのが犯罪機会論です。



この考え方のもとでは「犯罪を起こさせない環境」を作ることこそ防犯につながると捉えています。



要するに、人は悪いことをするけど、悪いことをさせない方向でデザインしようとするのが犯罪機会論です。性善説ではなく、性悪説をベースとした考え方であるとも言えます。



●コンビニ運営にも取り入れられた犯罪機会論

——犯罪機会論では、セルフコーヒーの仕組みをどのように評価できますか



コンビニのセルフコーヒーの仕組みは、性善説をベースに作られています。ただ、すべての人が「善い人」ではないので、これでは店側が被害を受けてしまうことになります。



マシンへの投資コストなどを抜きにした場合、性悪説に立ってマシンが設計・運営されなければ、結果として店のコスパは悪いはずです。



歴史を紐解けば、コンビニの原型はアメリカで誕生したと言われており、1970年代には当地の店は強盗のターゲットになっていました。



犯罪機会論の研究もその頃から始まり、1990年代に定着しました。実は、犯罪機会論の考え方を取り入れながらたどり着いたのが、今の基本的なコンビニの店舗デザインです。



たとえば、かつては複数あった出入り口を1カ所に限定して、全面ガラス張りにしたことで外からの目も届くようになりました。



このように、犯罪は「人が入りにくく」「見えやすい」場所で起きにくくなることがわかっています。そのような環境であれば、セルフコーヒーの窃盗行為の機会をなくしていけると思います。



たとえば、注ぐ人の様子が店外からも丸見えになる作りにするとか、防犯カメラの方向がマシンに向けられているのが、ひと目でわかるようにするのも効果的でしょう。



また、ボタンを押すと店内に聞こえるように「ラージです。ありがとうございます」などと音声で知らせるとか、そもそも購入したもの以外の商品を選択できないようにするなどの手段も考えられます。



もし店の広さに余裕があれば、レギュラーはこちら、ラージはこちらと、マシンをサイズ別に別の場所に配置するなども効果的でしょう。



——コンビニやマシンによっては、客がボタンを押すと、店側が把握できる作りになっているそうです。そのような仕組みに効果はあるでしょうか



犯罪機会論に基づく防犯の考え方では、犯罪が行われてしまったときに、どのように対応するか(クライシス管理)ではなく、そもそも犯罪が起こらないようにどうすればよいか(リスク管理)を考えます。



店側が客の注いだものを把握するのは「クライシス管理」です。何かが起こってから注意したり、捕まえたりするための装置なので「防犯」にはなりません。



他の客の購入したものが店内に音声で伝われば、犯罪の動機を抱えていた人はそれを実行しにくくなるから、それは「防犯」になります。それこそ全面ガラス張りにするのと同じ「リスク管理」です。



「防犯」とは、「犯罪を未然に防ぐ」ことです。何か起こってしまっては防犯になりません。「防犯カメラの映像を使って犯罪者を見つけて逮捕した」という場合、犯罪はすでに起こってしまっているので、「防犯カメラ」とは言えません。「捜査カメラ」とでも呼ぶのが適切でしょう(クライシス管理)。



犯罪の動機を抱える人にカメラの存在を意識させて、犯罪を実行させないのが「防犯カメラ」です(リスク管理)。



もちろん、コンビニのセルフコーヒーを否定するものではありません。運営の効率化をはかり、店にも客にも便利なものです。課題は防犯対策と利便性のバランスです。



記事で取材に応じた男性に「けしからん」「お前が言うな」と言うのは、性善説の立場からの批判であり、犯罪の抑止力にならないだけでなく、店の損害も防げません。



すべての人間が「善い人」であれば理想的ですが、残念ながら、人類はそこまで成熟していません。どんなシステムでもズルをする人は一定数現れます。人をだましたことがない人は、おそらくいないのではないでしょうか。



性悪説に基づいて作られたシステムは結果的に犯罪者も被害者も生まないことにつながるのです。



【取材協力】 小宮信夫(こみや・のぶお)。立正大学文学部社会学科教授。ケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科修了。地域安全マップの考案者。著書に、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)、『犯罪は予測できる』(新潮新書)、『子どもは「この場所」で襲われる』(小学館新書)など。