2024年04月06日 09:50 弁護士ドットコム
東京都内に住む在日韓国人3世の男性が、福岡市内にある出身高校の同窓生からSNS上で「ヘイトスピーチ」を受けたとして、110万円の損害賠償を求める裁判を東京地裁に起こした。提訴は3月29日付。この日、原告と代理人が都内で記者会見を開いて明らかにした。(ライター・碓氷連太郎)
【関連記事:「16歳の私が、性欲の対象にされるなんて」 高校時代の性被害、断れなかった理由】
原告の金正則さん(69歳)によると、被告となったAさんとは、敬称なしで呼び合う仲で、ともに福岡市にある名門高校を卒業したあと、東京の大学に進学した。大学卒業後はどちらも都内で仕事を始め、同窓会で交流を続けてきたという。
定年後、地元に戻ったAさんは、実名・顔出しで、X(旧ツイッター)やフェイスブックに在日韓国人などへの「ヘイトスピーチ」投稿を続けていた。見かねた金さんが2018年に帰省した際、地元ホテルのラウンジでAさんと会って、友人として投稿をやめるように注意した。
しかし、Aさんの投稿が続いたため、金さんは同窓会のメーリングリストにこの問題について流した。さらにAさんに対して真摯な反省のほか、これまでのFacebook投稿すべてを削除し、今後二度と繰り返さないことを求めた。個人告発したことについてはメーリングリスト管理人に詫びた。
その後、AさんのFacebook投稿は削除されたものの、Xの書き込みは消されず、新しいヘイト投稿が続いた。そんな中、2020年2月になると、X上で「在日の金くんへ」という書き込みで始まる"個人攻撃"がされたという。
韓国や朝鮮学校などに対する第三者のツイートを引用するかたちで「在日朝鮮人韓国人の金くん、もう日本にたかるの止めなよ」「在日の金。お前が責任持って謝罪と賠償をしろ」などと複数回にわたって投稿している。さらに金さんが高校時代まで名乗っていた通名まで挙げて書き込みをしている。
50年来の同窓生である相手が、実名・顔出しで、自分に対する差別的な投稿をしたことについて、金さんは次のように語った。
「『在日』の誰もが経験する日常の場面の『身のまわりヘイト』、顔見知りから受ける『隣人ヘイト』の被害実情が、リアルに映し出された。また、この日本において『在日の誰々』は、日本名であれ、民族名であれ、日本国籍を有している人であれ、すべての『在日』に緊張と恐怖を与えるものである。この差別記号が、たとえば『部落出身の誰々』『アイヌの誰々』などにも及ぶのは、当事者の誰もが経験とともに知っていることだ」
「私の子どものときから高校までの日本名での思い出、その後の50年、民族名を自然なこととして生き、社会をまわりの一人からでも変えようと思った『私』の人生は、この同窓生のヘイトによって汚されて、毀損されました。名誉の毀損ではなく、人の尊厳、人生に対する毀損です。
『在日の金くん』投稿には、親、子ども、孫に言及するものも見られます。被告のツイートには自分の差別意識が自分の母親、叔母などから教えられたと言っているものがあります。歴史の中で差別意識が継承されようとしています。
差別はなくならないとも言われますが、私は、これまでの歴史の中で育まれ、蓄積されてきた日常的な差別意識、それを次の子どもたちの時代にまで継承させることだけは、止めたいと考えています」
韓国統計庁のデータ(2000年)によると、「金」という名字は、韓国人の21%を占めていて、人口の中で一番多かった。金さんを特定する書き込みは1件だけで「『在日の金くん』は日本に多数存在するから、金正則さんを指したものではない」という反論も予想される。
金さんの代理人をつとめる神原元弁護士は記者会見で「そういうことを言うこと自体が言葉に表せない卑劣さを感じる」としたうえで、「本件においては、金さんの通名が仲間内で知られていることから、同定可能性をクリアしている」と語った。
同定可能性とは、誹謗中傷などの権利侵害があった際、その対象者を特定できることだ。
神原弁護士は、柳美里さんの小説『石に泳ぐ魚』をめぐる裁判を例に挙げて、同定可能性については判例が積みあがっていると説明した。
『石に泳ぐ魚』裁判では、登場人物のモデルにされた女性が、プライバシー侵害を理由に修正を求めたものの、修正内容を不服としてプライバシー権および名誉権侵害による損害賠償と出版差し止めを求めたもので、女性側の勝訴で裁判は終結している。
この日の記者会見後、金さんはAさんのつぶやきを放置することは「日本社会全体が歴史修正の流れを認めることにつながる」と口にした。
「現在、日本では外国人に関する差別問題は多岐にわたっているので、在日の問題は『もう十分』という風潮があります。しかし、それを認めてしまうと、植民地支配の歴史という問題が忘れ去られてしまう可能性があります。
しかし、今、ガザで起きている人々の暮らす場を破壊し、資源を奪おうとしている問題こそ、まさに植民地問題なのです。長きにわたり日本の社会の中で温存されてきた『差別』という大きな壁に穴を開けて、ずっと続いてきた在日韓国・朝鮮人への差別を一度リセットしたい。
私一人の個人的な問題ではなく、多くのマイノリティ当事者への風当たりを変えたい。これが最後の闘いになってほしい。そんな思いから、この裁判を始めました」
裁判の期日はまだ決まっていないが、金さんは法廷で直接、50年来の友人の言葉を聞きたいと願っている。なお、AさんのXへの投稿は、今回の提訴前に止まっているという。