「朝9時半ごろのことでした。その日は雨でお客さまも店前の通行人も少なかったんです。たまたま通りがかったお客さまが“ゴミが燃えているよ”とうちの従業員に教えてくれて……」
と、その後に消火活動にあたったスーパーの店長(50代)は振り返る。
3月12日、東京都墨田区向島にあるマンション前のゴミ集積所から出火。近くのスーパー店長や従業員らが火を消しとめ、ケガ人はなかった。
「従業員から報告を受けゴミ集積所に駆けつけると、オレンジ色の炎が1メートルぐらい上がっていたんです。従業員がバケツにくんだ水をかけても消し止められず、スーパーのレジ脇にあった消火器を持ってきて1本使い切ってもまだくすぶっていました。そうこうしているうちに消防車が来て、やっと鎮火できたんです。ゴミに混ざった何かが発火したのかなと思いましたが、まさか日中に堂々と放火するなんて」(同・スーパー店長)
むしゃくしゃして火をつけた
マンション関係者が提供した防犯カメラ映像をチェックすると、店長ら4、5人が燃えていないゴミ袋を離れた場所に移すなど延焼を食い止めていた。出火直前の映像には、ゴミ袋の山の前にしゃがみ込んで手を突っ込んでいる全身黒ずくめで黒いリュックを背負った怪しい男の姿が……。目撃者は「出火前、不審な男がゴミの前にしばらく立っていた」と話しているという。
警視庁は周辺の防犯カメラの映像解析などから容疑者を特定。ゴミ袋にライターで火をつけたとして放火の疑いで逮捕したのは、近隣で路上生活をしていた住居不定の無職・内田和雄容疑者(58)だ。
全国紙社会部記者の話。
「内田容疑者は事件前、胃と足の痛みなどを訴えて自ら救急車を呼び病院に搬送されている。しかし、対応が不満だったようで“ろくに診察もせず門前払いされ腹立たしかった。ゴミの山があり、こんな朝早くに非常識だとむしゃくしゃして火をつけた”などと述べ容疑を認めている。この放火10分前にも約500メートル離れた場所でゴミが燃える不審火があり、関与を認めている」
放火したゴミ集積所は、いずれも搬送先病院と関係なく、距離も離れている。そもそも病院が救急搬送された患者を門前払いすることなどあり得るのか。
容疑者が搬送された病院は、
「どのような患者さんであっても門前払いなんてしません。診察をしましたが、特定薬剤を“ください”と言うのでそれは断りました。診断のうえで処方する薬剤ですし、患者さんのほうから“この薬剤をください”と指定するケースはまれ。ご本人の意向に沿わなかったため“門前払い”などの表現になったのではないでしょうか」(病院関係者)
薬は欲しがったものの、病院で騒いだり暴れたりはしなかったようだ。病院の帰り道、静かに怒りを増幅させたのか。
また、ゴミについては、犯行当日は可燃ゴミの収集日だったが、
「朝8時までにゴミを出す決まり。むしろ朝早くにゴミを出さなければならず非常識でも何でもない。それを知らずに勝手にむしゃくしゃされても困る」(マンション関係者)
犯行動機は理不尽極まりない八つ当たりだった。
ターゲットは常にゴミ
最初に火を放ったゴミ集積所も収集ルールは同じ。この犯行現場近くの女性住民は、「私は鎮火後に火事を知ったんですが、誰も気づかず燃え広がったら怖い。蹴飛ばしてやりたいですよ」と憤る。
内田容疑者は逮捕時、ライターを複数所持していたほか、放火の前科・前歴がある。
「2022年春、台東区の上野公園で花見客用の仮設ゴミ置き場にライターで火をつけて執行猶予付き有罪判決を受けている。このときも“1週間前に救急車を呼んだ際の対応に不満がありイライラしていた”と供述している。それでも懲りず、昨年7月には台東区上野の紳士服店前のゴミ袋に火をつけ、店のシャッターを焦がすなどして逮捕。当初の取り調べに対し“記憶がない”と話した。さらに同年11月には上野公園のゴミ箱の袋に火をつけたとして再び逮捕されたものの、容疑を否認していた」(前出・記者)
ターゲットは常にゴミだ。墨田区と台東区は隅田川を挟んで隣接するため、放火魔は隅田川を渡って犯行を繰り返したことになる。
隅田川周辺のホームレスらは「この顔は知らない」と口をそろえる。
現地生活が20年近くになる墨田区側のホームレス男性(56)は「令和の時代はホームレスも個人主義だから」と語り始める。
「ホームレス同士で関わりを持つことに消極的な傾向がある。食事や仕事などの情報交換はしたいんだけど、親密になると人付き合いをしなきゃいけなくなるでしょ。1人でいたいからこういう生活をしているのに、話しかけられたりするのは面倒くさいから」(同・男性)
隅田川沿いにはかつてブルーシートのテント小屋が無数に立ち並んでいた。2012年のスカイツリー開業に合わせ、ホームレスは居場所を失ってバラバラに散り、現在は墨田区側に3つ、4つある程度だ。
男性は、容疑者が語る犯行動機を信じていない。
あっちは飯は出るし、あったかいし、雨風をしのげるから
「ゴミに火をつけたって何にもならない。オレは空き缶を拾い集めて得た金で酒を飲むのが楽しみなんだ。1日3食は食べられないけど、寝起きする場所では掃き掃除をして、ゴミも拾ってちゃんとしないといけない。冬は寒いし、たまに若者が面白がって石を投げてきたりする。このヤローと思うけど逃げ足が速いから諦めてるよ。そういうことを我慢できない人は“あっち”のほうがいいと考えるかもしれない。あっちというのは留置場ね。飯は出るし、あったかいし、雨風をしのげるから」(同・男性)
犯行現場がすべて行動圏内にある台東区側のホームレス男性(60代)によると、
「ここから上野まではゆっくり歩いても40分あれば着く。ただ、上野公園周辺のホームレスは酔っ払いやケンカ騒ぎが多くてガラが悪い。おとなしいホームレスは隅田川両岸のほうが暮らしやすいかもしれない。いまどきのホームレスは身ぎれいにしていて銭湯にも行く。燃えるゴミなんて漁らない。燃えないゴミはまだ使える掘り出し物や骨董品みたいな宝が出てくるかもしれないから見るけど」
前述した防犯カメラ映像を見ると、内田容疑者とみられる男は犯行の直前、燃えるゴミをじっと眺めたり物色するような動きも見せている。
「ホームレスはヤクザじゃないから縄張りなんてない。新顔が自分のテリトリーに入ってきても気にしないし、基本は早い者勝ち。といって燃えるゴミを物色する気にはならないけどね」(同・男性)
理解しがたい“こじらせ男”による身勝手すぎる犯行だった─。