2024年04月02日 10:00 弁護士ドットコム
石川県金沢市から福井県敦賀市まで「北陸新幹線」の新しい区間が3月16日に開業した。新潟県・富山県・石川県・福井県の旅行・宿泊代金が最大で半額になる「北陸応援割」も始まり、能登半島地震の被害を受けた地域の復興にも一役買うのではないかと期待されている。
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しかし、そんな賑わいムードから取り残されてきた業界がある。ラブホテルやモーテルなど、いわゆるレジャーホテル業界だ。
ここ最近は、推し活や女子会など「カップルが性行為をするために滞在する」こと以外の利用も浸透しつつあるが、レジャーホテルは、風営法の「性風俗関連特殊営業」に該当するため、2020年から約3年間続いたコロナ禍の持続化給付金や「GoToトラベル」事業からも除外されていた。
しかし、今年3月下旬に入って、一部ではあるものの、公的支援の対象にしようという動きが出てきた。金沢市にある老舗ラブホテル「月世界」の支配人で、金沢レジャーホテル協会会長の高田英治さんはそう語る。
震災の約3週間後からブログで被災状況や自治体の対応について発信を続けている高田さんに詳しく聞いた。(ライター・玖保樹鈴)
月世界では、能登半島地震で塔屋や客室天井などが破損して、ボイラーも不調になった。営業再開に必要な給水管の一部とボイラーはすぐに復旧させたものの、3月末現在も被災したままで手つかずの箇所があるそうだ。
「塔屋およびネオン照明看板、客室内天井、舗装も破損しましたが、未工事のままで、現在も2室の営業ができません。復旧した給水管も一部です。道路から見える塔屋を直せないと、営業していないと誤解されてしまうかもしれません。
しかし、外壁が昭和後期には当たり前に流通していた石綿セメント成形板になっていて、アスベスト入りなので法的規制もあり、処分費用が高額です。また、ネオン照明看板もネオン管を取り扱う業者がほぼいなくなり、他の照明看板にやり直しとなるため、見た目とコストのどちらを重視するか、非常に悩ましい問題です」
月世界は、高速道路のインターチェンジに近いため、いわゆる「デリヘル」で利用する人は少なかったが、コロナ禍を経て、利用客はそれ以前と比較すると2~3割も減ったという。
「コロナ初期は単月で5年前比7割減、全国旅行支援のあった時期はおおよそ3~5割減、宿泊割のない現在は、おおよそ2~3割減と回復に至っておりません。市街地にある宿泊施設に適用された宿泊割のほうが休憩料金よりも安かったこともあり、短時間休憩の常連客も少なくなってしまいました。デリヘル目的で利用する方はほぼ皆無になりました」
高田さんはX(旧ツイッター)の「金沢レジャーホテル協会」というアカウントで、石川県が被災した小企業・小規模事業者の施設や生産機械などの設備の復旧費用を補助する「石川県なりわい再建支援補助金」や、金沢市の宿泊施設改修費補助からもレジャーホテルが対象外となったことを明かしている。
持続化給付金や「GoToトラベル」だけではなく、今回も公的援助から除外されたかたちだ。
「持続化給付金の除外も、『税金をろくに払っていない反社会勢力の経営だ』などと、いわれのない誤った偏見からくる差別だと感じていました。レジャーホテルも、利用者から徴収した宿泊税を納めています。税金滞納や脱税をすれば廃業の危機に晒され、仮に反社会勢力であれば下請業者と取引できず、営業ができなくなるはずです」
石川県の馳浩知事はX上で「宿泊施設所有の方へ、ご協力のお願いです。今回の能登半島地震で被災し、避難されている方々の二次避難所として、宿泊施設での受け入れに前向きな施設がありましたら、下記フォームからご連絡ください」と投稿している。
しかし、月世界は名乗りをあげたにもかかわらず、県から除外された。
「長崎県ではラブホテルも全国旅行支援の対象になっていましたし、福岡県でも利用者の安全確保に努めれば、宿泊事業者緊急支援補助金が支払われました。しかし、石川県は何の説明もなく、登録から排除しました。これは全国的な問題ですが、石川県や金沢市はことさら厳しい印象があります。
石川県には、レジャーホテルの存在そのものを認めたくない風潮があるのではないでしょうか。
そもそも金沢市の条例では、ラブホテルを『社会環境に悪影響を及ぼす宿泊施設』と位置づけ、建築禁止地域を定めています。レジャーホテル以外の宿泊施設でも、パートナーと一緒に泊まれば性的なことに及ぶのは十分にありえます。なのにレジャーホテルだけがダメというのは、納得がいきません」
こんな高田さんたちの訴えに対して、レジャーホテルが風営法で18歳未満の利用が禁止されていることや、「部屋にアダルトグッズがあったり、風呂が透明だったりする」などの施設面の特徴が、子どもがいる家庭の避難先にそぐわないという声もあがっている。
しかし、高田さんは、そうしたことについてホテル側が容易に対策を取れるうえ、バスタブが大きく、部屋の防音が施されていることで、被災者に喜ばれるケースもあると反論する。
「そもそも18歳未満が使用しない前提で営業しているので、子ども向きではないことは事実です。しかし能登半島地震で被害を受けた珠洲市や輪島市の多くは、高齢化率が50%以上です。VODの配線を外して、アダルトビデオを放映できないようにしたり、避妊具を撤去することもできます。風呂の透明ガラスや部屋の鏡はカーテンで隠せます。
私見ですが、行政が『子どもが使えないから二次避難所から除外して当然』という考えを持つこと自体がナンセンスです。レジャーホテルに拒否感がある場合は、被災者自身が、他の選択肢から選べば済むことだと思います。阪神淡路大震災や東日本大震災では、家族風呂代わりに使えたことで、大変感謝されたという声もありました。
経営者の中には罰せられる覚悟をしてまで子ども連れ利用を黙認された方もいるようですが、それ自体がおかしな話です。風営法で規制されていても天災などで生命に関わる一大事にはそうも言っていられないので柔軟な対応での一時的な解除もあってもいいでしょう。
また、風営法とは無縁の一般的なホテルや旅館等の施設であってもたいていは、18歳未満の宿泊では保護者同伴もしくは承諾書がなければ利用できません。風営法を盾に、レジャーホテルの避難所としての利用が規制される意義もよくわからないです」
金沢市では、2019年4月よりホテルや旅館、簡易宿所や民泊施設は宿泊税が導入されている。この税収の一部は「おもてなし力を高める宿泊施設等の改修への支援」の名目で、宿泊施設が改修する際の補助にもあてられる。しかしレジャーホテルはこの支援からも除外されている。
このことについて、震災前の2023年12月の市議会で「取るものは取って支援しない。これは職業差別ではないか」と述べる議員もいた。
市の担当者はこのとき、「そのような意見が以前からあった」と認めながらも「使途についてはいろいろな部局の支出があるので、まずは所管に伝えたうえで、どうしていくべきかの検討をお願いすることになるかと思っている」と答えるにとどまっている。
コロナ関連の支援金給付対象から性風俗事業者が納税義務を果たしていても、風営法等に違反してなくても一律に除外されたのは、憲法14条1項の「法の下の平等」に反するとして国を訴えた裁判の原告代理人で、弁護団長の平裕介弁護士も取材に対して「職業差別だ」と述べる。
「今回のような土地の形状が変わってしまうほどの歴史的な大震災が起きたにもかかわらず、補助から排除する事業者を生み出してしまうことで、その人たちの生活の場が奪われてしまい、ひいては生存権まで脅かされる状況になる可能性もあります。
また、『石川県なりわい再建支援補助金』は『風営法上は風俗営業とされている料亭のような店を営む者には支給するけれどもキャバクラには出さない、ゲームセンターには出すけれどもパチンコ店には出さない、性風俗関連事業者にも出さない』などとしていますが、風営法の条文で同様に定められている事業者に対する線引きの根拠が不明であり、普段から納税義務を果たしている事業者にすら一律に支給しないとする根拠は一体何なのか。議会関係者の趣味嗜好で恣意的に決めたことすら疑われますし、コロナ給付金のときと同様に職業差別だと考えます。
ラブホテルに対しては『宿泊税を納めていないのでは』『反社会勢力が経営しているのではないか』といった偏見がありますが、経営にあたっては風営法で定められた要件をクリアする必要がありますし、条例などで厳しく規制している自治体も数多くあります。
また、仮に脱税している事業者がいたとしても、すべての人がしているわけではありません。なのに国が『助けなくていい』という姿勢を見せることで、事業者の家族が偏見に晒される可能性もあります。国が特定の仕事に従事する人への差別に"お墨付き"を与えることに発展しかねない問題だと思います」
被災した約3週間後から、高田さんがブログやSNSで窮状や疑問を訴えてきたこともあり、厳しい現状について「排除は職業差別ではないか」という声が地元議員たちからもあがり始めた。
3月の市議会では、無所属の議員から「(宿泊改修費補助などの )救済制度の除外対象があるのは、法的に根拠があるのか」という質問があった。
また与党系議員からも「被災宿泊施設への改修費補助は柔軟な対応を」という声もあがり、これまでレジャーホテルは支援の対象外としてきた金沢市の村山卓市長が「改めて運用を検討したい」という姿勢を見せるようになったという。
そのような中、3月28日、金沢市が被災した宿泊施設の改修工事費の一部について助成する「金沢市被災宿泊施設改修支援事業費」の対象にレジャーホテルも含まれることが決まった。
当初の支援対象は「金沢市における社会環境に悪影響を及ぼすホテル等の建築規制に関する条例に含まれる、ラブホテル等に該当しない施設」となっていたが、「金沢市内で営業するホテル・旅館若しくは簡易宿所(公設施設を除く)又は住宅宿泊事業法に係る住宅」となり、制限が外れたのだ。
この助成金は「石川県なりわい再建支援補助金」などと併用ができないものの、金沢市内のレジャーホテルは助成ゼロという状況からは脱したことになる。
高田さんも月世界のXアカウントで「これまで多数様の拡散やいいねを頂き本当にありがとうございました。皆さんとハイタッチ代わりにいいねと拡散で喜びを分かち合いましょう」と感謝と喜びの気持ちをしたためた。
「金沢市に申請しても受理され本当に振り込まれるのか、1回だけの適用で今後も公的支援から排除されるのかなど、まだわからないことが多く、行政には依然として拒絶反応が残っており、これで終わりだとは言えません。
これまでレジャーホテルがメディアに取り上げられるのは、殺人事件が起きたときばかりでした。しかし、今回はXの投稿が積極的に拡散されて、各種報道などで取り上げられたことも、世に知られるところとなり、良識や良心のある政治家が動いてくださり、支援対象の見直しにつながりました。
『職業に貴賎なし』のことわざのように、偏見や差別のない世の中になってほしいと願っております」
【取材協力弁護士】
平 裕介(たいら・ゆうすけ)弁護士
2008年弁護士登録(東京弁護士会)。行政訴訟、行政事件の法律相談等を主な業務とし、憲法問題に関する訴訟にも注力している。上智大学法科大学院・日本大学法科大学院・國學院大學法学部等で行政法等の授業(非常勤)を担当。審査会委員や顧問等、自治体の業務も担当する。
事務所名:永世綜合法律事務所
事務所URL:https://eisei-law.com/