2024年03月22日 10:20 弁護士ドットコム
京都大学大学院法学研究科の曽我部真裕教授は、一連の司法試験改革に関し、行政法の必修化や法科大学院(ロースクール)での教育などが行政訴訟や憲法訴訟の実務の質を高める効果を生んだという。詳しい理由を聞いてみた。(ライター・山口栄二)
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——最近、X(旧ツイッター)に「少なくとも憲法学(のみならず、行政法を含む公法学)にインパクト大でした。行政法必修化は行政訴訟(ひいては憲法訴訟)実務の水準向上に顕著な貢献があった」と投稿されましたが、その真意は?
旧司法試験の時代には行政法は選択科目で、私自身は行政法選択でしたが、全体としてはマイナーな科目でしたから、法曹の大部分は行政法をきちんと勉強していなかったと言っていいと思います。
ところが、新司法試験で必修科目になったので、ロースクールではすべての学生が行政法を学ぶことになりました。
そのため試験をきっかけに行政法に興味を持つ法曹が増えたこと、さらに行政法の研究者の側も教育により力を入れるようになって工夫された教科書も出されるようになったこと、さらに同じ時期に行われた行政事件訴訟法改正によって行政訴訟の間口が広がったことなども相まって、専門外なので印象論にはなりますが、訴訟における当事者の主張の質が高まり、判決も緻密になっているのではないでしょうか。
そのことは憲法訴訟にも波及しました。憲法訴訟は行政訴訟として争われることも多いので、行政訴訟の活性化は憲法訴訟の活性化にもつながりました。また、憲法訴訟の活性化といえば、法科大学院ができたことにより、憲法の研究教育の在り方も大きく変わり、それも活性化につながっていると思います。
——それは具体的にはどのようなものでしょうか。
ロースクールの開設は憲法学にも大きな影響がありました。法科大学院では、判例をしっかり教えなければならなくなったため、学説がそれ以前のように外在的に判例を批判するのではなく、判例を内在的に分析したうえで議論するように姿勢が変わってきたように感じます。その結果、判例と学説との対話ができるようになってきたと感じます。
――司法試験もこの間、予備試験制度が創設されたり、ロースクール在学中の受験ができるようになったり、5年で5回という受験回数制限が設けられるなどの変更が加えられましたが、これらの点についてはどのように評価されますか。
当初の制度設計で理念に走りすぎた面、あるいは逆に妥協の産物的な側面もあるので、様々な試行錯誤をするのはやむを得ないことです。しかも基本的に受験生にとって不利益な変更ではないので、変更の影響はそれほど深刻ではないのではないでしょうか。
―—回数制限そのものは不利益ではないですか。
旧司法試験の時代には、10年とか20年も司法試験の受験をしている人がいました。少なくとも、現在のような司法試験の合格難易度のもとでは、一定の回数制限を設けることで、本人が身の振り方を考え直すチャンスになると思います。
―—在学中受験はどうですか。
在学中受験はいろんな意味でよかった点が多いと思います。受験勉強の期間が短くなるからです。最終年次の7月に試験を受けた後は受験科目と関係のない科目を取れるので、法科大学院の理念に即した学修ができる期間となりえます。他方で、合格者と混ざり合って半年間過ごすのは、不合格者にはつらいです。
―—司法試験の後は気が抜けた消化試合のような感じであまり勉強しなくなるという説もありますが。
受験勉強のような緊張感がないのは事実でしょうが、じっくりと多様な科目に取り組めるとも言えます。また、単位は取得して修了しなければならないので、遊んでいればよいというわけではありません。
―—ロースクールの存在意義とは何でしょうか。
本来は、司法試験だけでは測れないものも含め、法曹としての様々な資質の基礎を身につける場として構想されたわけですが、現実には試験のプレッシャーのため、そうした理念の実現は道半ばです。他方で、結果的に、法曹になりたい人々の多様なニーズに応える制度の一つにはなっていると思います。
つまり、とにかく早く法曹資格を得たい、そしてそうした能力のあるという人は旧試験並みのハードルを乗り越えて予備試験を受ければいいし、それには至らない人たち、あるいはじっくり学びたいという人たちはロースクールに行けば、より低いハードルで資格が得られたり、より深い法学学修ができたりします。
―—しかし、20代半ばで法科大学院を修了して司法試験も5回受けて合格せず、30歳近くになって就職もできないとしたらどうですか。
司法試験の合格率、特に法学未修者の合格率が当初の想定ほど伸びなかったことは、制度設計の問題です。ロースクール制度を設計する際、韓国のように法学部をほとんどなくしてしまうようなことをせずに未修者と既修者とを併存させ、未修者は法学部生が2年あるいは3年かけて学んだことを1年で身につけるという要求には無理があります。
―—その点、京都大学のロースクールの合格率は、ここ数年60%前後で推移しており、2022、23年と2年連続で全国1位となっています。なぜでしょうか。
京大法学部生の中で、予備試験を真剣に受験する学生が少なく、成績優秀層も含め、ロースクールに進学するのが普通だという認識が定着しているからでしょうね。旧試験時代の話ですが、私が学生の頃も、学部の1、2回生のころから真剣に司法試験の勉強をしている人は少なく、3回生くらいからまじめに勉強し始めて、5、6回生で受かる人が多かったのです。いまもメンタリティとしてはそれに近いものがあると思います。また、他大学の優秀な学生が入学してくれているというのも大きいでしょう。
―—「法曹コース3 + 2」の影響は?
「3 + 2」が始まってからも、本学ではこれまで通り、成績優秀者であっても予備試験よりも早期卒業を目指す傾向があると思います。ただ、統計をみると、依然として少数ではありますが、大学入学当初から予備校に通うなどして本格的に予備試験対策を行い、2、3回生で予備試験に合格する者も増えつつあるようです。
私のゼミでも昨年は3回生が2名、4回生1名が予備試験に合格しました。ただし、ゼミ生全体としては早期卒業者(あるいは早期卒業できるのにあえて通常卒業する者)の方がずっと多いです。ちなみに、大手の法律事務所の中にも、こうした本学の特徴を踏まえた上で積極的に採用をして頂いているところがあって有難いです。
―—法曹養成システム全体の中で、ロースクールが進むべき方向とは何でしょうか。
米国ではロースクールが、人権擁護など地域や社会の課題の解決のための拠点になっているとか、ビジネス法務に強いといった特色を打ち出しているところが多いようです。日本でも法曹の役割の多様化に対応して特色のある授業や取り組みを考えていくことも可能ではないでしょうか。
【プロフィール】
曽我部 真裕(そがべ まさひろ)京都大学大学院法学研究科教授
1974年生まれ。専門は憲法・情報法。主な編著書として、『憲法Ⅰ、Ⅱ』(共著、日本評論社)『判例プラクティス憲法(第3版)』(共編、信山社)『憲法論点教室(第2版)』(共編、日本評論社)『情報法概説(第2版)』(共著、弘文堂)など。