2024年03月16日 09:20 弁護士ドットコム
勤務時間中のトイレは休憩時間だと言われたーー。このような相談が弁護士ドットコムに複数寄せられています。
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パートのAさんは上司から「トイレは休憩です。休憩管理表にトイレに行った時間を記入してください」というメールが届いたと言います。「給料を減らされたくなかったらトイレに行くなということなのか」と上司の理不尽さに憤りを感じていました。
Bさんはお腹が弱い体質で度々勤務時間中にトイレに行っていたところ、上司から「回数が多いから、それは休憩時間だ」と言われて、休憩時間からトイレに行った時間をカットされてしまったそうです。
相談を寄せた人の中には、サボりと思われることを恐れ「トイレに行く回数を減らして、体調不良になった人もいます」と打ち明ける人もいました。
体質や体調によっては、トイレの回数や時間が長い人もいるはずです。トイレを休憩時間に含めることは法的に問題はないのでしょうか。加藤寛崇弁護士に聞きました。
——トイレは休憩時間に当たるのでしょうか?
トイレ時間が休憩時間に当たるかどうかは、「労働時間」とは何か、から考えるといいでしょう。休憩時間とは労働から解放されている時間なので、裏表の関係にあるからです。
そして、「労働時間」とは、実際に作業に従事していた時間に限られるわけではありません。警備員の仮眠時間に関する判例では、「労働時間」とは「使用者の指揮命令に置かれていた時間」を言い、労働者が「労働から離れることを保障」されていないのであれば指揮命令下にあるとされています。
そこで、トイレ時間が労働時間に該当しないかと言えば、トイレ時間はあくまで所用が済めば業務に戻るという前提での退出です。また、トイレに行くために執務室等から離れて戻るまでの間に会社から指示等があれば対応せざるを得ないでしょうから、抽象的には使用者の指揮命令下にあると言えます。
この点が問題になった判例は見当たりませんが、一般にはトイレ時間を休憩時間として労働時間から除外することにはならないでしょう。現実に、そのような運用をしている会社も滅多にないでしょう。
著名な労働法学者である水町勇一郎・東大教授の著書『詳解労働法公式読本』(日本法令、令和4年)は、同教授が社会保険労務士との質疑をまとめたものですが、その中に、「労働時間に関して、仮に『執務室に在席していない時間は労働時間としない』という明確な規定を作り、執務室外でのトイレ……などに要する時間を労働時間から除く取扱いをすることは可能でしょうか。」という質問があります。
同教授のコメントとしては、結論を明言していませんが、「執務室から一歩外に出たら労働から完全に解放されて会社側から指示があっても無視してよいのか……就業規則上始業・終業の時刻や休憩時間をどのように記載しそれとの関係をどのように整理するのかなど、いろいろな問題が出てきそうです。法的にも、人事労務管理上も、おすすめできません。」とコメントされています(172頁)。
要は、非現実的だし、会社として望ましいことではない、ということでしょう。以上のとおり、トイレ時間を労働時間から除外するのは無理があると思われます。
——相談の中には、「トイレは休憩です。休憩管理表にトイレに行った時間を記入してください」と命じられている人もいました。ここまで細かく管理されることは法的な問題はないのでしょうか
トイレに行く都度、休憩管理表に時間を記入して自己申告させている点も気になります。雇用主には労働者の労働時間を把握する義務がありますが、厚生労働省労働基準局長通達(平成31年3月29日)においては、客観的な方法での把握を原則とし、自己申告で把握させるのはやむを得ない場合に限られるとされています。
私が扱った事件の高裁判決でも、以下のとおり、自己申告での把握は例外的な場合に限定されると判断されています(名古屋高裁2024年2月29日判決)。
「労働時間を労働者に自己申告させるということ自体、曖昧な労働時間管理となりがちであり、所定時間労働時間を超える労働時間の申告を躊躇させる方向に働くものであって、過重な長時間労働や割増賃金未払の防止といった観点から使用者には労働時間の適正な把握が義務づけられている趣旨からすると、その把握の方法につき使用者に無限定的な裁量が認められるものではなく、労働時間の自己申告制が許容される場面は限定されるべき」
仮にトイレ時間を労働時間から除外するとしても、執務室等の作業場所からの入退室をタイムカードで打刻させるなど客観的な方法で記録可能なはずです。あえて休憩管理表に記入して申告させるのは、トイレに行くのを抑制させる意図も感じられますし、トイレに行った回数・時間を申告させるという事柄の性質上精神的負担となるものです。
上記名古屋高裁判決は労働時間管理の在り方も問題になった事案です。使用者がタイムカードがあるにもかかわらず、自己申告での労働時間申告をさせ、自己申告しなかった従業員を懲戒処分したなどの事情の下で、使用者が「長期間にわたり提出義務のない時間外勤務申告書の提出を求め、かつ、それらの不提出を理由として、一審原告らを令和元年10月4日付けで戒告の懲戒処分をしたことは、一審被告法人の一審原告らに対する不法行為に該当し、一審原告らに多大な精神的苦痛をもたらすものであったといえるから、それぞれ相当額の慰謝料を認めるのが相当である。」として不法行為の成立を認めました。
事案はまるで異なりますが、トイレに行った都度の休憩時間としての自己申告をさせるのは、それ自体が不法行為と認められる余地もあると思われます。
問題としては、トイレに行く頻度が多いということで、いわば「さぼり」を疑われているのであれば、トイレに行くのが不正ではなかったかどうかも影響するでしょう。人の体質によりけりなので頻度の多い人もいるでしょうが、仮に裁判等の法的措置を取るなら、トイレの頻度が多いのが何かしらの症状によるものであることを裏づけられる方がよいです。
【取材協力弁護士】
加藤 寛崇(かとう・ひろたか)弁護士
東大法学部卒。労働事件、家事事件など、多様な事件を扱う。労働事件は、労働事件専門の判例雑誌に掲載された裁判例も複数扱っている。
事務所名:みえ市民法律事務所
事務所URL:https://miecitizenlaw.com/