2024年03月10日 08:20 弁護士ドットコム
客による暴言や不当要求などで、働く人の就業環境を害するカスタマーハラスメント(カスハラ)。大手損害保険会社で3000件を超える苦情に対応してきた、東京の社労士・井上久さんは、保険会社時代、ヘッドホンから音が漏れるほどの大声で怒鳴られたこともあるそうだ。
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東京都が全国初のカスハラ防止条例の策定に動くなど、カスハラ対策の機運は高まっている。3000件の苦情対応から見えてきた対策の秘訣はなんなのか、井上さんに聞いた。(ライター・国分瑠衣子)
井上さんは2017年4月から2021年3月までの4年間、大手損保の「本社お客さま相談室」の統括主任として、3000件超のクレーム対応にあたってきた。本社お客さま相談室は、顧客らから直接かかってくる電話のほか、全国のコールセンターでこじれた案件も受ける「最後の砦のようなところ」(井上さん)だ。職員は50人ほどで、交代で20人が電話を受けていた。
井上さんによると、苦情の約4割は交通事故でけがをした相手からの電話だ。休業損害の額や治療費の支払期間、対応者の事務的な態度などへのクレームが多かった。「多くは保険会社側の説明不足など正当なクレームでしたが、10件に1件ぐらいの割合で暴言や脅迫などの悪質クレームがありました」と井上さんは話す。
悪質クレームには、SNSで悪い評判を発信すると脅す、暗に金品や特別待遇を要求する、他社の対応を持ち出す、公的機関に訴えると脅す、土下座など社会通念から逸脱した謝罪の要求などがある。
上記に加え、井上さんが経験したカスハラは次のようなものだ。開口一番「あなたの会社の企業理念は?」など相談内容とは直接関係ないことを聞き、対応者が口ごもると「お前では話にならない、上司に電話を代われ」と怒鳴る。 「俺は昔●●社の部長をしていたんだぞ」といった自分の地位を誇示する人もいた。自分のうっぷんやモヤモヤ、不満を苦情受付係にぶつけているようだった。
「電話の後ろでフェリーが出航するような音が聞こえたことがあるんです。1時間20分ほど文句を言われ続け、後から移動の暇つぶしにされたと気付きました」
井上さんの職場では途中からカスハラ対策マニュアルができ、対応の指針はできたが、メンタルが不調になって職場を離れる同僚もいた。
井上さんは2021年に退職し、社労士として独立した。今は経験を基に悪質クレーマーの実態や対策について、中小企業や医療機関向けにセミナーを開いている。
井上さんがセミナーで話すカスハラ対策を聞いた。「まず、自分で解決しようなどと考えてはいけません。相手はまともな理屈が通じる人ではないのですから」。抱え込まず上司や同僚に相談したり、情報共有したりすることが大切だ。会社のトップが悪質クレームには毅然とした対応で臨む姿勢を示し、社員全員が同じ姿勢で臨むこと。
悪質なクレーマーの要求を断る勇気を持ち、できない約束はしない。「人はつい耳障りのいいことを言いたくなりますが、『検討します』『支払う方向で考えます』などの言葉が、後々、自分を苦しめることになります」
過度なカスハラは、威力業務妨害罪や脅迫罪といった犯罪に該当する可能性もある。録音など、できる限り証拠を残し、警察へ被害届を出す備えにする。井上さんが勧めているのが、警察との関係づくりだ。
「事前に最寄りの警察署に挨拶をするなど関係づくりをしておくと、カスハラ被害にあった時のやり取りがスムーズです」
また、暴力団対策寄りにはなるが、会社で不当要求防止責任者を選定し、警察が開いている不当要求防止責任者講習を受けるのもお勧めだという。
最後に井上さんは経験から編み出したキラーフレーズも教えてくれた。「ばかやろう」「このやろう」という罵声には、「穏やかにお話いただけませんか」と繰り返す。相手の怒りが最高潮に達したタイミングで「私、怖いです」「このままではおかしくなりそうです」と正直に伝える。そうすると相手は「そんなつもりで言っていない」と退散して二度と電話をかけてこなかったという。
「悪質クレーマーは、いろいろな所でカスハラを繰り返している人が多いような印象があります。カスハラ被害にあった人が警察に届け出れば、脅迫罪などにあたる可能性があることを知っているので、効果はあると思います」