都内のある小学校に勤務する40代後半の男性教員は以前、勤務校で給食費盗難事件に遭遇したことがある。
「学年の給食費が紛失するという、フィクションでありそうな事件がホントに起こってしまったんです」
しかも、聞けば男性は容疑者の一人として疑われ、上司に事情聴取までされたというから悲惨だ。一体、どんなことが起きたのか。(文:広中務)
とある下町にある小学校の「職員室」で事件は起きた。
男性がその事件に遭遇したのは、十数年前のこと。東京の下町にある小学校に勤務していた時のことであった。
「(学校は)さほど荒れているとか、人間関係が悪いわけでもありませんでした。ただ、その年は大幅な人事異動があり、ベテランがごっそりと抜けて新任者が増えた年です。仕事は上手く回らず、みんな夜9時まで残業が当たり前で、どうしようもない空気が流れていました」
教員の仕事は「授業が終わってからが本番」という。授業以外にもそれぞれに割り振られた校務に追われるからだ。おまけに、保護者との電話連絡は、夜間になってしまうことも少なくない。だから、スムーズに仕事が回っていない学校の職員室には、常にどんよりとした空気が流れているという。
「給食費ドロボー」事件が起きたのは、そんな空気が最高潮に達した10月のことだった。
ある教師が、クラスの児童から集めた給食費を、職員室の自机の引き出しにいれたままにしていたところ、授業で席を外している間に跡形もなく消えてしまったのだ。
鍵もかからない机の引き出しに現金を入れておくというのは、管理の悪さを指摘されてもしかたない。ただ、事件の起きた場所は「小学校の職員室」で、部外者がおいそれと立ち入る場所ではない。この時、男性が勤務していた小学校の子供の数は900人あまり。教職員数は40人程度いた。さまざまドジを踏む同僚もいたが、さすがに給食費が消えるのは前代未聞である。最近、都内の小中学校では給食費を無償化するか徴収する場合も口座引き落としなどにしている自治体が多い。だが、男性の勤務していた地域はまだ、昔ながらの現金を集める方式だった。口座引き落としなどにすると、期日に入金できない世帯が出て、かえって手間がかかるためだったという。
教室で1クラス分の給食費が消えた、とあっては学校側としても放っておけない。というわけで、校長らによる「犯人探し」が始まったそうだ。
そして、「その日はたまたま、授業の関係で自分だけ職員室にいる時間があった」男性は、運悪く「容疑者」となってしまったのである。
男性は何も知らされないまま、校長から呼び出され、謎の尋問を受けることになった。
「(最初は)遠回しに仕事の悩みはないかとか、生活に困っていないかとか。はたまた実家とか家族のこととかを聞いてきて……最後にようやく“実は……”と給食費が消えた話になったんです。こちらも冷静に自分は無関係だとは話をしましたけど、どこか疑っている風で、校長への信頼度はグッと下がりましたね」(男性)
教職員は40人ほどいるわけで、職員室がまったくカラになる時間はほとんどない。男性が「自分だけいた」と指摘されたのは事実だったが、ほんの数分のことで、それ以外に疑われる要素は存在しなかった。むしろ、これまで問題を起こさず、勤務評価も高かったのに疑われたのが、男性にとってはけっこうショックなことだった。その後、一週間くらいは「疑われて仕事をやめなければならなくなるのではないか」と男性は悩んだという。
そうこうしている間に起きたのが、「さらなる盗難事件」だった。
連続で起きた事件に対し、ついに校長は本腰を入れて犯人探しをすることにした。副校長とも協議して、教師全員が帰った後で職員室や教室などを徹底して捜索。そこで、ついに決定的な証拠を発見したのだという。ある教師の使用しているロッカーの中に「盗まれた現金入りの封筒があった」のだ。
男性は「どう考えてもクロなのですが、当人は校長が話を聞いてものらりくらりとするばかり。でも、校長が実家に電話をしたところ、慌てて東北から親が上京して来て弁償をするという話になったそうです」と回想する。校長は「きっと、これまでの人生でもなにかやらかしていたんじゃないか」と勘ぐっていたそうだ。
結局、この給食費ドロボーは「年度末でひっそり退職」することになったそうだ。
ただ、それを男性が知らされたのは、新年度になってから。またも校長から呼び出され、「直接名前はいわずに匂わせる形で」容疑者名と事の顛末を教えてもらったそうだ。ちなみに校長は申し訳無さそうな顔はしていたものの、謝罪はなかった。
こうしてようやく真相がわかったわけだが、男性は「あいつなら……」と合点がいったという。
「そいつは2年目なのですが、とにかく仕事のできない男性でした。できないんじゃなくて、やる気がないんです。10分休みに校舎の裏で煙草を吸って副校長からガチ切れされても、何度も吸ってることがありましたし。児童から“先生がパチンコ屋にはいっていくのを見た”なんて話をされるやつです。なにより、ずっと同じジャージを着ているせいで首や袖が真っ黒になっていても気にしないし、とにかく扱いに困る人物だったのです」
すでに普段から、ダメさがにじみ出ていたということか。
ちなみに警察沙汰にはならなかった。管理職の責任問題になることや、保護者からの批判で校内が混乱することを恐れたらしい。この記事を書くにあたって調べてみたが、教職員による給食費ドロボーは何年かに一度のペースでニュースになっていたが、報じられているのは概ね数百万円単位の大がかりな横領ばかりだった。おそらく小額の場合は、この学校のように、内々で済ませられているのだろう。
まあ、ダメ教師が(事実上)クビになってよかったよかった……で話が終わるのかと思ったら、この話にはもう一つ(笑えない)オチがあった。
「そいつは退職後、実家のある東北の街で、また教員に採用されたそうなんです」
おいおい、大丈夫かよ……。