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日曜劇場『下剋上球児』のキーマン役、兵頭功海が語る原案書籍の魅力「モチベーションを上げてくれたら」

2024年02月29日 12:11  リアルサウンド

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  プロ野球がキャンプ、オープン戦と進み、3月にはセンバツ高校野球も開催される。野球好きの心躍る季節だが、そんな野球好きたちを昨年冬に楽しませてくれたのが、日曜劇場のドラマ『下剋上球児』。


  三重県の、白山高校で実際にあったエピソードを描いたノンフィクション作品『下剋上球児』(著 菊地高弘:カンゼン)を原案に、脚本・奥寺佐渡子、プロデューサー・新井順子、監督・塚原あゆ子という豪華な組み合わせで制作され、毎回、胸を熱くした視聴者も多かっただろう。


  もちろん、鈴木亮平、黒木華らの好演が目を引いたのだが、大きな印象を残したのが急成長する投手、根室知廣を演じた兵頭功海の存在だった。
実は元高校球児だったというその兵頭に、ドラマ原案の書籍版『下剋上球児』について聞いてみた。


元高校球児、オーディションで142キロを出す

――兵頭さんって、テレビでは華奢にさえ見えるんですが、背、高いんですね。


兵頭:今、185センチありますね。でも、高校のときは180センチだったんです。


――実は元高校球児だったと聞いてます。しかも、かなり強豪校のピッチャーだったそうですね。


兵頭:そうなんです。ただ、最後の夏に投げられなくて野球をやめ、2023年放送のドラマ『ドラフトキング』で投手役をいただくまで、ぜんぜん野球はしていませんでした。


――では、俳優として久しぶりにユニフォーム着ることが続いたんですね。


兵頭:でも、『下剋上球児』のオーディションでピッチングしたら、142キロ出たんですよ。


――げっ、142? それに備えてキャンプ(まとまった練習)とかやったわけじゃないですよね。プロレベルですよ、それ。


兵頭:このガリガリの身体で出たので、自分でも驚きました。背も伸びていたし、成長過程で野球やめちゃったのかもしれません。


――絶対にそうですよ。野球が得意とか、そんなレベルで出る球速じゃないです。で、その人が『下剋上球児』における、選手の中でのキーマンを演じた?


兵頭:もう、運命だったと思います。もう1、2年ズレていたら、できなかったかもしれません。若すぎると全然お芝居の経験がなかったですし、数年後なら高校生という説得力が出せなかったかもしれません。


――今だからこそできた?


兵頭:しかも、プロデューサーの新井順子さんと演出の塚原あゆ子さんというコンビに挑めるんです。オーディションは熱くなりましたね。


投手を演じるリアル

――そして、ドラマで重要な根室知廣役に決まった?


兵頭:書籍版の『下剋上球児』も読みました。登場人物もストーリーもドラマでは変わってるんですが、原案版のエピソードって、結構、ドラマにも生きてるんですよね。根室が迷子になったり、貧乏だったりとか。ただ、根室という役はゴールがわかっていました。


――それはどういう部分で?


兵頭:キャラクターがどうなっていくのかがある程度決まっていたんです。根室の場合、いずれ投手になるということはわかっていました。でも、そこで役として難しいところがあった。全10話の中で、1年生を演じる回が5話あったんです。


――半分は1年生ですね。


兵頭:撮影期間は8~12月でしたが、その短期間で1年生に見える身体と3年生に見える身体を準備することってできないんです。どちらかに合わせるしかない。僕はわざと1年生の細い方に合わせることにしました。


――最初から身体ができていたら、下剋上に見えないですもんね。


兵頭:最初はサイドスロー(横手投げ)でヒョロヒョロ投げるんですが、後半、オーバースロー(上投げ)になることもわかってました。細い身体ではあるんですが、出力がないと説得力が生まれない。チューブ(細いゴム製のトレーニング器具)を引っぱってインナーマッスル(関節の固定などを担う内側の筋肉)を鍛えてました。


――だんだんと、根室のフォームが力強くなりました。


兵頭:筋肉をデカくするなら、したんですけどね。スクワットをガンガンやってもいい。でも、根室はそういう役ではないですから。


――なんだか、アスリートのインタビューしている気分になりますよ。


兵頭:僕の中にある役者と野球という、いいところを出せる、とてつもなくいい役をいただけました。高校生まで野球をやって、その後の役者歴が5年。根室役には培ったものを全部ぶつけることができました。


――ちゃんと、高校生のいいピッチャーに見えましたよ。


兵頭:でも、塚原さんの演出の中、培ったものをぶっ壊した部分もあるんです。


――それは?


兵頭:たくさんあるんですが、たとえば、役者として“僕”という存在は見えない方がいいと思っていたところがある。泣く場面で、親やペットを思うような方法論もあるんですが、僕はしない方でした。自分の感情を入れない。でも、塚原さんは「あなたがこの役をやる意味がある」とおっしゃるんです。「兵頭君の気持ちがあっていい。その通りに投げて」と。


――高校野球のマウンドは、誰でも経験できる場所ではないですから。


兵頭:それまで、考えたこともなかった。僕でしか使えない感情があったんです。だから、最終回の試合、根室は5回ツーアウトでマウンドを降りるとき、泣きます。台本は「やりきった笑顔」でした。でも、そうならなかった。あれは、僕の涙ですね。


――兵頭さんが演じた根室だからこそのリアリティでしょうね。


兵頭:周囲のみなさんのおかげだと思います。毎回、エキストラの方がたくさん来てくれて、ブラスバンドまで来てくれました。撮影に行くというより、試合に行っていた感覚があるんです。そんな場所や空気を用意してくれたチームのおかげで生まれたものです。


――試合の撮影って、三重まで行ってたんです?


兵頭:行ってましたよ。リアルに近いから、人間だから、場があることで生まれる感情ってあるんです。


ドラマで描かれたもうひとつの下剋上

――可能ならば聞きたいのですが、兵頭さん自身の、最後の夏はどうだったんです?


兵頭:ピッチャーとして、プロをめざして野球をやっていたんです。でも、最後の大会で投げられなかった。ケガをして、イップス(心因性のできたことができなくなる症状)にもなった。投げられない中、夏の地方大会の決勝で負けたんです。燃え尽きた気がしましたね。


――もう一度投げるには、時間がかかる状況?


兵頭:大学野球の道もありましたし、声もかけていただいていました。でも、プロ野球選手になって、そこが最高到達点になっては、もったいない気がしてきたんです。すると、母が「東京に行ったらスカウトされるかも」と軽く言う。そのまま、何も持たずに「東京行ってきます」と飛び出して、今に至るのが僕です(笑)


――野球をやめると、ちょっと野球が嫌になる人も多いのですが、兵頭さんは?


兵頭:好きですよ、野球。そんな僕が日曜劇場で高校球児を演じることになった。「運命だなあ」と思いました。


――書籍とドラマは登場人物が違いますが、モデルらしき存在はありました。


兵頭:根室のモデルもわかりました。イメージしやすかったですよ。たぶん、アニメや漫画原作だと、そうはいかないでしょうね。ノンフィクションなので、ビジュアルがなくて事実だけです。顔でイメージが固まることもないですから。


――原案とドラマにいい距離感があったんですね。


兵頭:ドラマでは根室が下剋上した側になり、中沢元紀君が演じた犬塚翔がされる側に描かれました。中沢君とふたりで「そこを描けたらいいね」と話していたんです。実際、オンエアを見ると僕は中沢君の芝居に目が行く(笑)。最終回での根室がスカウトされるところを翔が見ている場面なんかは、「いい芝居されたなあ」と素直に思ってしまいました。


――役者としても、ライバル関係にあった?


兵頭:互いにリスペクトがある中で、いい関係だったと思います。中沢君も「根室のシーンばかり見てしまう」と言ってました(笑)。そういう関係が築けましたね。


――書籍版では、のんびり感さえあるチームでしたが、ドラマ版はまた違うチームになったんですね。


兵頭:僕が高校球児だったときはガチガチに野球をやっていましたが、このメンバーのこのチームには、このやり方が合う、というのがあるのだと思います。原案の白山高校の場合は、東拓司先生のあのやり方が合っていたのではないでしょうか。昨年、全国優勝した慶應義塾高校なんかは坊主頭にもしないですし、それが合う。ちなみに、僕は坊主でした(笑)


――この季節、高校球児たちはめっちゃがんばって練習している時期です。せっかくですから、球児にエールをいただけますか?


兵頭:僕なんかが言えたものではありません(笑)。でも、僕は野球をやっていたころ、アニメや漫画を見てモチベーションを上げることがよくあった。『メジャー』とか、『ダイヤのA』とか。だから、野球だけではなくいろんなことにがんばっている方々が『下剋上球児』を見たり読んだりして、モチベーションを上げてくれたらうれしいです。ひと冬だけでも、人もチームもめちゃめちゃ変われることがリアルに。


――どんどん、いいフォームになっていった根室みたいに成長してほしいですよね。


兵頭:あれ、最後は僕本来のフォームで投げてるんですよ。ただし、少し抑えめにしました。ホントはもっとダイナミックなんですよ(笑)