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小森はるか監督が福島の復興公営住宅での被災地支援活動を追った『ラジオ下神白』が4月公開

2024年02月28日 17:10  CINRA.NET

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Text by CINRA編集部

小森はるか監督の映画『ラジオ下神白―あのとき あのまちの音楽から いまここへ』が、4月12日よりフォーラム福島で先行上映、4月27日よりポレポレ東中野ほか全国で順次公開。ポスタービジュアル、予告編、コメントが到着した。

同作は、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故によって浪江、双葉、大熊、富岡町から避難してきた人々が暮らす福島・いわきの福島県復興公営住宅・下神白団地を舞台とするドキュメンタリー映画。

カメラが追いかけたのは、2016年からまちの思い出と当時のなじみ深い曲について話を聞き、それをラジオ番組風のCDとして届けてきたプロジェクト『ラジオ下神白』。2019年には住民の思い出の曲を演奏する「伴奏型支援バンド」を結成し、バンドの生演奏による歌声喫茶やミュージックビデオの制作など、音楽を通じた被災地支援活動を展開してきた。

監督は映像作家の小森はるか。同作は文化活動家のアサダワタルを中心にした活動に、2018年から小森が記録として参加することによって生まれた。カラオケとは違い、歌い手の歌う速度にあわせて演奏する「伴奏型支援バンド」がもたらす「支援する/される」と言い切ることのできない関わり合いが写しとられている。

【植本一子のコメント】
その人のペースに合わせて、隣を歩こうとするあたたかさ。
誰かに寄り添ってもらった経験は、これから進む道の先を、明るく照らしてくれる。

【小松理虔のコメント】
あの震災を、こんなふうに描くことができるのか。そう驚かされた。かけがえのないふるさと、そして思い出。それをつなぐのが歌であった。
本作は、人と記憶、歌とふるさとをめぐる物語である。福島の物語であり、「わたし」の物語でもあった。

【月永理絵のコメント】
人が話し、笑い、歌う姿は、それぞれこんなにも異なるのだ。そんな当たり前のことを、この映画を見て初めて知った。その事実がこれほど心を打つのだ、ということも。
映画に出てくる一人一人の名前をたとえ忘れてしまっても、こうやって話していた人、あんなふうに歌っていた人、あの歌を好きだと笑っていた人、という記憶だけはいつまでも残るだろう。

【イリナ・グリゴレのコメント】
映画は「二人の恋は 清かった 神様だけが ご存知よ*」という歌声ではじまる。この声は人の心を裏返したような声で頭から離れない。
ラジオを通して、電波に乗って明かされるもう一つの団地、もう一つの世界。想いの世界。
歌の記憶と声の記憶は、永遠に流されることはない。
*柳 水巴『天国へ結ぶ恋』(1932年)より

【細馬宏通のコメント】
ききながら、かつて歌った歌を思い出す人。歌いながら、歌うことを思い出す人。わたしたちは、ただ歌をきくのではなく、いま歌を思い出しつつある人の声をきく。歌が思い出される時間を生々しくとらえた、かつてない映画。

©︎KOMORI Haruka + Radio Shimo-Kajiro

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