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アリ・アスター監督『ボーはおそれている』記念イベント。恐れを旅する『#ワタシはおそれている展』をレポート

2024年02月27日 17:10  CINRA.NET

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Text by 野中愛
Text by 今川彩香

アリ・アスター監督の映画『ボーはおそれている』の公開を記念し、2月9~12日の4日間、『#ワタシはおそれている展』が渋谷・澁谷藝術で開かれた。

同映画は『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』のアリ・アスター監督の最新作で、ホアキン・フェニックスが主演。恐れを描く同作に合わせ、展覧会では「未体験の『恐れ』を味わう旅に出よう」というテーマが掲げられた。

アーティストのとんだ林蘭と岸裕真が「#○○はおそれている」というお題を受けて制作した作品をはじめ、映画に入り込んだような写真が撮れるスポットや参加者から募ったメッセージなども設置。澁谷藝術併設レストラン「RISTORO神南」とのコラボメニューも展開された。

展覧会の内容をレポートする。

澁谷芸術に入ると、展示会場へ向かう階段は赤い照明に包まれ、劇中音楽の重低音が響いていた。スモークがもやもやと漂い、会場に入る前の来場者をどこか不安な気持ちにさせた。

ボーと同じパジャマを着たスタッフに出迎えられ、まず目に飛び込むのは、同作の公式ポスター。『ミッドサマー』に続いて、画家のヒグチユウコが描き下ろし、グラフィックデザイナーの大島依提亜がデザインしたものだ。

アニメーションスタジオ・ドワーフと同映画のコラボ映像が流れ、その側には映像に登場する「ボー人形」が置かれていた。同スタジオはNHKのキャラクター・どーもくんなどの「こま撮り」アニメーションを制作している。展示されたのは、ドワーフが撮り下ろした映像と本編映像が交互に切り替わる構成で、ボーが「ボー人形」に姿を変えながら、怯えて逃げる映像だ。

映像を手がけた小川育監督は「#ドワーフはおそれている」「#小川育はおそれている」として、以下のコメントを添えた。

「画面に映るもの全てが怪しく疑わしい。ボーが恐れれば恐れるほど笑える。延々と続く恐怖と奇妙が詰まった、とても好きな映画です。ストップモーションは、通常は動かないものを動いているように見せる技術ですが、それって本当は奇妙なことだよなー、と常々思っています。そんな奇妙さと『ボーはおそれている』を観た時の『どこへ向かって走っているんだ、この映画は!ワァー!』という感覚を映像にしました」

アーティストのとんだ林蘭と岸裕真がそれぞれ新しく制作した作品もお目見えした。

とんだ林蘭はコラージュやイラスト、ぺインティングなど、幅広い手法を用いて作品を制作している。猟奇的でいて可愛らしく、刺激的な表現が特徴的だ。

今回の作品は立体で、縦130センチ、横200センチという大きさ。真っ赤な糸の蜘蛛の巣に、表が淡い水色、裏がくすんだ桃色の大きなリボンが掛かっている。糸は鉄製、リボンはコスプレボードでつくられている。

リボンには「SOMETHING BEGINS」の文字

作品のすぐそばには「#とんだ林蘭はおそれている」として、「映画を見ながら『恐れ』とは『安心や退屈』とものすごく近くにあり、表裏一体だと感じました。そこで浮かんだものが、表と裏を持ち可愛らしい形をしている、大きなリボンでした」という説明が添えられていた。

愛らしいのに、どこかおどろおどろしい。ポップだけど、不安定さを感じる。とんだ林の作品は「ボー」の映画世界と深くリンクする雰囲気をまとっていた。

岸裕真の絵画作品のタイトルは『大公の聖母』。ラファエロの描いた聖母子像を、インターネットで収集した胎児のエコー写真で書き換え、オイルペイントを施した。絵画の両脇では、小説『フランケンシュタイン』を学習した対話生成プログラムMary(メアリー)が絶えず作品展示についての文章を提示している。 

岸は、人工知能(AI)を用いてデータドリブンなデジタル作品や彫刻を制作するアーティスト。展示会場に来ていた岸は「家のPCに300体のAIがいて、一緒に暮らしているんですよ」と笑っていた。今回の作品は、「ボー」を知らないMaryと対話を重ねながら制作したといい、聖母子像を胎児のエコー写真で書き換えることを提案したのもMaryだそう。

会場でもMaryはキュレーターとして「『母と子』というキーワードから文章を考えてください」という指示を受けて文章を考え続けていた。どこか歪さも感じる文章には不思議と共感も湧き、働き続ける「彼女」が健気に思えるような感覚に陥った。

岸は「私たち人間はルールを築き、それを前提として社会を見ている。AIは無知で、さまざまなステレオタイプから逃れた存在。そんな自由さ、無邪気さから新しい視点を得られる」と話した上で、「いい鑑賞体験って、世界との対面の仕方が変わるものだと考えています。作品を通して、AIなど技術との関係性の作り方について考えを持ってもらえたら」と話した。

映画の一場面を切り取ったフォトスポットも2カ所、設けられた。ボーがカラフルな部屋で目覚める場面と、劇中の演劇で天使が舞い降りる場面だ。

映画では、演劇の場面からアニメーションへと切り替わる。アニメーションは、ストップモーションアニメ『オオカミの家』の監督クリストバル・レオン&ホアキン・コシーニャが担当している。

会場に流れるボオオンという重低音のBGMと、フォトスポットの鮮やかな色彩がアンバランスで、独特の雰囲気を醸していた。

アリ・アスター監督をはじめ、映画感想TikTokerのしんのすけ、アーティストの猿田妃奈子とMICO、CINRA編集長の生田綾が、展覧会のテーマに合わせ、恐れていることを綴った展示も。アスター監督は「『朝が目が覚めること』今日がどんな1日になるのか?と不安になる」と、鮮烈な言葉を綴っていた。

展覧会では事前に、SNSで「ワタシがおそれているもの・こと」を募集。その応募から運営事務局が選定した50人の投稿に加え、会期中には来場者が記入したステッカーが足されていった。「留年」「老いと物欲」「耳掃除中の耳かき」などクスリと笑ってしまうようなものもある一方で、「宇宙」「死」「思い出を忘れてしまうこと」など根源的な恐怖が入り混じっていた。

展覧会の会期中には、併設レストラン「RISTORO神南」でコラボメニューが展開された。

アリ・アスターセット

「アリ・アスターセット」を注文すると、『ミッドサマー』をモチーフにした「ホルガ村の生贄ババロア」と、『ヘレディタリー/継承』に登場する悪魔の紋を刻んだ「ペイモンのシジルラテ」が運ばれてきた。ババロアにフォークを入れると、リアルな血の色をしたベリーソースがどろりと溢れた。恐る恐る口にすると、見た目に反して爽やかなお味でホッと一息ついた。

会期中には611人が訪れた。ハピネットファントム・スタジオ主催。CINRA,Inc.が企画・制作を担当した。