Text by 山元翔一
Text by imdkm
「この40年間で英国から生まれたもっとも重要な音楽は何かと聞かれたら、僕は確実にジャングルと答えるだろう」
UKジャズが黄金時代を迎え、新世代のジャングル/ドラムンベースのプロデューサーやDJが注目を集める現状について尋ねたインタビューで、ジャイルス・ピーターソンはこう語っていた。ジャングルのビートとマインドは、UKの音楽文化の一部として、現在に至るまで大きな影響を与えてきた、と。英国におけるジャングルの文化的立ち位置について、このような指摘がある。
多民族的なムーヴメントであり、ジャングルを作り上げた数々の影響を通して、多民族国家のイギリスを称えているのである。 - マーティン・ジェイムズ(著)、バルーチャ・ハシム(訳)『DRUM‘N’BASS 終わりなき物語』(1998年、ブルース・インターアクションズ)P.56よりジャマイカ移民一世の祖母を持つNia Archivesは、こうしたジャングルの歩んできた歴史を受け継ぎながら、より包摂的なマインドで活動を行なう新世代のジャングリストのひとりだ。彼女は当事者として、UKのクラブミュージックシーンの現状をどのように見つめているのか。2024年4月に新作『Silence Is Loud』リリースを控える現在、昨年9月に収録した来日インタビューを以下に掲載する。
Nia Archives(ニア アーカイヴス)
1999年生まれ、イングランド北部のウェストヨークシャー州ブラッドフォード出身のプロデューサー、DJ、シンガー、ソングライター。BBCが選ぶ『Sound of 2023』ロングリストに選出され、『ブリット・アワード』ライジング・スター賞にもノミネートされたことでも知られる。2023年9月、初の来日公演はソールドアウトとなった。
―東京でのパーティー、本当に素晴らしかったです。超満員のフロアがジャングルで盛り上がっている光景は圧巻でした。ジャングルがこれだけ人を惹きつける魅力は、どんなところだと思いますか?
Nia Archives:私はドラムとベースが大好きなんです。ドラムとベースがつくるグルーヴが、いろいろな人を結びつける。そこが本当に好きです。クラブに初めて来た18歳くらいの人もいるかもしれないし、もしかしたらジャングルが生まれた当時を知っている世代の人たちもいるかもしれない。さまざまな人たち、異なる背景やカルチャーがひとつの場所に集まって、その場を楽しんで踊ったりしている。そんなところが好きですね。
―DJの際もマイクを握って歌っていましたが、アーティストとしてあなたの特徴のひとつに、素晴らしいプロデューサーであると同時に、ユニークな声を持っているボーカリストであるということがあります。自分の「声」を獲得できた理由は何だと思いますか?
Nia Archives:声については、本当にわかりません。ちょっとした幸運です。音楽は私が唯一得意だったことだと思っていますし、私が人生で本当に楽しんできたものでもあります。楽しんで、ジャングルの曲を流して、それだけじゃなく歌って、踊って、お客さんとインタラクトするのも好き。そのなかで歌うことがずっと大好きなんです。
Nia Archivesの東京公演より
―あなたはジャングルを基本にしながらも、いろんなジャンルの音楽性を楽曲のなかに取り入れていてすごく折衷的な作品をリリースされています。その背景として、幼少期からさまざまな音楽に触れてきたことがあるそうですね。特におもしろいなと思ったのが、あなたのおばあさんがジャングルが好きだったという話です。ジャマイカ移民一世だったという彼女について、教えてください。
Nia Archives:おばあちゃんが音楽好きの人で、私が大きくなってくると、ベッドの上に座ってCDをたっくさん聴いたものでした。ソウル、ファンク、レアグルーヴ、レゲエとか。おばあちゃんと一緒に育って、私とおばあちゃんは音楽を通じてたくさん絆を深めてきましたし、それがたくさんの種類の音楽に最初に触れたきっかけでもありました。
私自身の音楽についていうと、私はインディーロックも、ロックも、もちろんジャングルも、ソウルも、本当にいろいろなものが好き。だから、全部を融合させてブレイクビーツにのせて、新しいジャングルをつくりだすのがおもしろいんです。でも、(祖母からの)ああいった小さい頃からの影響が、私が曲をつくったりするやり方をかたちづくったのは間違いないとたしかに思います。
―一方で、あなたの音楽は1990年代のオリジナルのジャングルのフィーリングを持っていて、30年以上にわたるジャングルの歴史を、いまの若い世代をまたいで伝えるゲートウェイになっていると思います。音楽だけではなく、自分がリスペクトするアーティストについて語ったり、積極的にその歴史を伝える活動をしていらっしゃいますよね。
Nia Archives:私は1992年から96年ごろのオールドスクールなジャングルに夢中なんです。この時期が私のお気に入りの時代です。Goldie、Peshay、Lemon D、Manix、4Hero、Roni Size、DJ Die……誰か言い忘れている気がするけれど、オリジナル・ジャングリストはみんな大好きです。彼らの音楽も好きだし、当時の音楽が持っているものも好きですね。
Nia Archives:彼らがあんな音楽をつくれたのはクレイジーだと思います。彼らが音楽制作に使えたハードウェアは、いま私たちが使えるものと比べたらごく基本的なものです。でも彼らはこれまでにないほどフューチャリスティックで素晴らしい音楽をつくりだした。それが私を本当にインスパイアしてくれるし、彼らは間違いなく時代の先をいっていたんだと思います。
だからいまの私の作品でも彼らのプロダクションをたくさん参照しようとしていて、間違いなく影響を聴き取れるだろうし、私のインスピレーション源が誰で、どんな人たちなのかについてもすごくオープンにしているんです。
あなたの前にどんな人たちがいたのかという歴史を祝福して、人びとを称賛し、物事を未来に進めていくことが重要だと思います。なぜなら、あなたが言うとおり(ジャングルが生まれてから)30年は経つわけだから、次の世代にも、いまのジャングルをかたちづくる基礎を築いたオールドスクールなものに触れていてほしいんです。
―もうひとつあなたの楽曲やインタビューを通じて、ジャングル、あるいは広くダンスミュージックシーンにおける多様性、多様な人々の姿を取り上げて情報発信するということもなさっています。とりわけあなた自身がそうであるような、イギリスのブラックフィメールのアーティストたちの功績に光をあてるというように。日本の音楽産業やそのオーディエンスのあいだでも、そういったトピックに意識的なオーディエンスも増えてきています。いまのUKの状況をあなたはどういうふうにご覧になっているのか、教えてください。
Nia Archives:ブラックのアーティストとして、とりわけダンスミュージックの世界における女性として、楽曲制作もやる立場からすると、(ダンスミュージックの現場は)これまでは歴史的に言ってとてもボーイズクラブなところがありました。でも、時代は変わってきていて、誰にでもより開かれた場所になってきていると思います。
もし音楽に興味があるなら、誰でもそこに参加することができるんです。それに、誰もが歓迎されているように感じられて、誰もが過ごしやすいスペースをつくることは本当にいいことだと思います。各々がどんなバックグラウンドを持っているか、どんな見た目をしているかは全然関係ないんです。私たちはみんな、ただ音楽のために集まっているわけなので。
Nia Archives:私が本当に楽しんでることがひとつあって、それは私みたいな見た目の人たちに対するリプレゼンテーションを増やしていることです。いまでは、UKのジャングルの現状を見てもらえればわかるように、こうした場所に若いブラックの女性たちが来るようになっています。
「これは自分のものだ」と感じられるようになってきているんです。リプレゼンテーションは若い世代の人たちにとってとても重要だと思います。彼らは自分たちと同じような人たちの姿を見て、「私もやってみたい!」と思うようになる。
―ジャイルス・ピーターソンにインタビューした際に、ジャングルが盛り上がっていることについても話を伺いました。そのとき、あなたのようなDJたちの躍進もさることながら、Jamz SupernovaのようなラジオDJがシーンを紹介する活動をしていることも重要だと話していました。彼女に限らず、ジャングルの熱気を伝えるさまざまなメディアやプラットフォームがシーンの盛り上がりを支えている面があると思います。あなたが大事だと思うプラットフォームやメディア、あるいは人物がいれば教えてください。
Nia Archives:ジャングルのシーンで私が気に入っているのが「Rupture」です。クラブナイトでもあり、レーベルでもあり、コレクティブでもあり、近年は『DJmag』のカバーになったりもしてます。彼らがやっていることが本当に好きです。彼らの音楽が大好き。だって1時間くらいぶっつづけでストレートなアーメン・ブレイクス(※)をプレイしたりするんですよ。私はアーメンが大好きなので。
Nia Archives:ラジオに関していえばたくさんのシーンがあります。Rinse FMはなかでも本当に重要じゃないかな。それとKeep Hushも。彼らは世界中にスペースをつくるとか、グローバルにいろいろとやろうとしているところ。
最近、日本でも何かしていたと思います。そう、Stones Taroと一緒に京都でやったんだ。Stones Taroは大好きです。彼はお気に入りの日本のプロデューサー。最近はいろんなことが起こっているから、エキサイティングな時代ですね。
―東京のパーティーで「Up Ya Archives」というフラッグが掲げられていましたが、あなたが開催しているパーティーの名前ですよね。そのパーティーについても教えてください。
Nia Archives:『Up Ya Archives』は私のライブパーティで、毎回私が熱中しているプロデューサーやDJをブッキングしようとしています。日本では食品まつり a.k.a. Foodmanにプレイしてもらいました。私たちは彼の大ファンなんです。
『Up Ya Archives』は本当に楽しいスペースで、そこではもちろんジャングルが聴けるけれど、ほかのジャンルや必ずしも普段見ることがないようなアーティストたちを紹介する場所でもある。いろんな人を歓迎する楽しいスペースで、クールなビジュアルがあって、グッドバイブスがあって、そんな場所をつくろうとしています。世界中に広げていきたくて、今回は日本での最初のひとつってことです。
Nia Archivesの東京公演より。右上に写っているのが『Up Ya Archives』のフラッグ
―いまはツアーで忙しいところだと思いますが、リスナーはみんなフルアルバムを期待しています。現時点でどんなものになりそうか、お話できることがあったら、ちょっと教えてくれますか。
Nia Archives:もう長さとしては25分くらい、数曲はできてます。すごく興奮してるんです。私がつくってきた音楽のなかでもお気に入りのものなので。ジャングルなんだけれど、でもすごくオルタナティブでインディーっぽいところもたくさんあるし、いろいろなジャンルが融合して、この新しいジャングルをつくっている。たくさん曲を書いたので、みんながそれに共感してくれたらなと思います。
みんなの人生のサウンドトラックになるかもしれないし、家で聴いている人たちにも何か大事な意味を持つかもしれない。みんなとシェアするのが本当に楽しみです。これまでつくってきたものとはかなり違っているけれど、でもたしかに私そのものなんです。みんなが気に入ってくれたらいいですね。