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『ストップ・メイキング・センス』をTalking Headsの4人が語る。「愛を表現した」40年前のライブが蘇る

2024年02月15日 12:10  CINRA.NET

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Text by 村尾泰郎
Text by 後藤美波

2020年にデイヴィッド・バーンのライブを記録した映画『アメリカン・ユートピア』が劇場公開されて話題を呼んだ。緻密に計算された演出。それでいて、ライブの躍動感を失っていない演奏。そして、監督をスパイク・リーが手がけ、映像作品としての完成度も高い本作を観て、かつてバーンが在籍したバンド、Talking Headsの映画『ストップ・メイキング・センス』(1984年)を思い出した者は多いに違いない。

『ストップ・メイキング・センス』はロックバンドのライブ映画に革命をもたらした斬新な作品だったが、それが今回、A24による4Kリマスター版でリバイバル上映されている。そして、日本公開にあわせてオリジナルメンバーの4人、デイヴィッド・バーン(Vo / Gt)、ジェリー・ハリスン(Gt / Key)、クリス・フランツ(Dr)、ティナ・ウェイマス(Ba)が集結。当時のライブと今回の映画について語ってくれた。

4人の言葉を聞く前に、『ストップ・メイキング・センス』の背景について簡単に振り返っておこう。Talking Headsは1983年6月にアルバム『Speaking in Tongues』を発表。同年12月にハリウッドのパンテージ・シアターで4日間にわたってコンサートを行なった。そのうち3日間の様子をカメラに収め、一夜のライブのように再構成したのが『ストップ・メイキング・センス』だ。

監督を手がけたのは、のちに『羊たちの沈黙』(1991年)で『アカデミー賞』を受賞するジョナサン・デミ。「B級映画の帝王」ロジャー・コーマンのもとで腕を磨いたデミは1974年に監督としてデビューし、『メルビンとハワード』(1980年)が『ニューヨーク映画批評家協会賞』監督賞を受賞して注目を集めた。『ストップ・メイキング・センス』はTalking Headsが自分たちで資金を出して制作したが、監督がデミに決まったのはメンバーが『メルビンとハワード』を気に入っていたことも理由のひとつだった。

Talking Heads(トーキング・ヘッズ)
左から:クリス・フランツ、デイヴィッド・バーン、ジェリー・ハリスン、ティナ・ウェイマス photo: Jimmy de sana

『ストップ・メイキング・センス』の特徴のひとつは、物語性を感じさせる演出だ。まず、何もない舞台にバーンが一人で登場して“Psycho Killer”を歌う。続いてティナ、ジェリー、クリスと曲ごとに一人ずつ登場。そのあいだに舞台が設営されていって、サポートメンバーも含めて全員が揃ったところでバンド最大のヒット曲“Burning Down the House”が演奏されるというドラマティックな展開になっている。

そこでボーカルのバーンは、ライブを通して一人の主人公を演じているようにも見える。それは意識していたことだったのだろうか。

デイヴィッド・バーン:確かにこのライブは映画的なところがある。バンドメンバーが次第に集まり、そこに機材が持ち込まれ、照明がセッティングされてアクションが始まるわけだから。そういう段取りは事前に考えていたけど、そうすることでそこに物語があるように感じるのは、この映画を観て初めてわかったことなんだ。ライブのときは意識していなかったけど、映画を観て面白いと思ったね。

ティナ・ウェイマス:デミはこのライブが物語性を持っていることに強く惹かれていたけど、その「物語」は観客が感じるもので、実際に物語があるわけではない。もっとも、その物語が本物か偽物かなんて観客には関係ないことだけど。

『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』 By Jordan Cronenweth. Courtesy of A24.

セットはシンプルでステージ奥にひな壇がつくられているだけ。メンバーは2チームに分かれて、それぞれ横一列に並ぶ。それ以外に派手な美術や仕掛けはない。

1970年代にロックが商業化していくにつれてコンサートは巨大化。スタジアムを会場にして派手な演出で観客を圧倒するようになるが、Talking Headsが使うのは、バーンが着るビッグスーツや居間にあるようなライトスタンド、ラジカセといった小道具で、それらを巧みに使うことで驚くほど曲のイメージを広げている。

『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』 By Jordan Cronenweth. Courtesy of A24.

彼らはミニマムな演出でパフォーマンスに余白を残し、小道具を巧みに使って観客の想像力を喚起する。ある意味、インタラクティブな関係を観客と築いていくのが『ストップ・メイキング・センス』に収められたライブのユニークなところだ。そして、そうした観客を巻き込むアプローチは映画でも踏襲されている。

ジェリー・ハリスン:ライブと映画の共通点のひとつは、演者と観客の関係を重視しているところだ。この映画ではカメラをステージに持ち込むことで、映画の観客もライブに参加しているような感覚を味わえる。現場にいた僕ら自身もカメラと共演することを楽しんでいたよ。

そんななか、音楽の躍動感をダイレクトに観客に伝えるパフォーマンスとして大きな役割を担っているのがダンスだ。とりわけ、宗教儀式やミュージカル映画などさまざまなものから影響を受けたバーンの独創的なダンスは、ロックミュージシャンとしては類を見ないもので、観る者に強い印象を与える。

デイヴィッド・バーン:ダンスは大好きだよ! 例えば宗教儀式でトランス状態みたいになるときの動きは、僕らが音楽を演奏していてハイになるときに感じに近いものがあるからダンスに取り入れたいと思っていたんだ(編注:“Once in a Lifetime”のダンスには、キリスト教のテレビ伝道師、アフリカや日本の宗教儀式などの仕草を取り入れられた)。この映画を撮る前に、どんな動きがカメラに映えるのか自宅の鏡を見ながら研究したりもしたんだけど、そのときに見つけたのがシンメトリーの動きだった。

コーラスのエドナ・ホルト、リン・メーブリー By Jordan Cronenweth. Courtesy of A24.

ダンスの名手はバーンだけではない。両足を揃えてリズムをとりながらベースを弾くティナの姿は踊っているようだし、クリスとのユニット、Tom Tom Clubが“Genius of Love”を演奏するシーンでは、ベースを弾きながらカニのような動きのステップを踏む。そのユーモラスでキュートな動きもバーンのダンス同様に、映画に視覚的な躍動感を生み出している。

ティナ・ウェイマス:ベースから手を離さないでどんなふうに踊ったらいんだろう? って考えたときに思いついたのが、バレエのダンサーのこと。バレエでは上半身を動かさずに足でいろんな表現をするから。“Genius of Love”のダンスは、当時「スパイダー・ダンス」と呼んでいた。

そういえば映画が公開されたとき、あのダンスについて、あるイギリス人女性がBBCにクレームの手紙を送ったらしくて。編み物をしながら映画を観ていた彼女は、あまりにもダンスが下品で編み棒を落としてしまったとか(笑)。でも、それを聞いて良い話だな、と思って。アートの持つ力は「何これ?」って自分に問いかけたり、「思考を止める(Stop Making Sense)」ほど衝撃的だったりするものでもあるから。

そして、余計なことを考えず、「Stop Making Sense」な状態で音楽の心地よいグルーヴに身を任せよう、というのも、このライブのテーマだ。

サポートメンバーにはバーニー・ウォーレル(Key)、アレックス・ウィアー(Gt)、スティーヴ・スケールズ(Per)など、R&B/ファンクシーンで活躍するアフリカ系アメリカ人のミュージシャンが参加。Talking Headsは『Remain In Light』(1980年)でアフロビートを大胆な手法で取り入れて以来、アフリカ音楽、ファンク、R&Bなどさまざまなグルーヴを吸収して独自のサウンドを生み出してきた。そこで彼らのアルバムやツアーに参加してバンドを支えたのが、『ストップ・メイキング・センス』に参加した面々だった。

『ストップ・メイキング・センス』に参加したバンドメンバーたち
後列左から:ジェリー・ハリスン、エドナ・ホルト、リン・メーブリー、クリス・フランツ、前列左から:スティーヴ・スケールズ、バーニー・ウォーレル、デイヴィッド・バーン、ティナ・ウェイマス、アレックス・ウィアー Courtesy of Sire + Warner Music Group

いまではロックがダンスミュージックのグルーヴを取り入れることに違和感はなくなったが、当時、特にアメリカでは軟派な行為として嫌われたし、評論家筋からは黒人音楽の文化的な搾取だと攻撃された。しかし、映画を観ればバンドとサポートメンバーがお互いに刺激を与えながら演奏していることがわかる。彼らは横一列に並び、同等の関係でアンサンブルを生み出している。それはジャズのセッションのようでもあり、そのユニークなアンサンブルが『ストップ・メイキング・センス』の音楽面における最も先鋭的なところかもしれない。

ティナ・ウェイマス:参加してくれたミュージシャンはみんな素晴らしかった! スティーヴはアフリカ音楽を思わせる力強いビートを持ち込んでくれたし、アレックスはダイナモのような存在でライブの推進力になってくれた。この2人にはTom Tom Clubの作品にも参加してもらったけど、彼らがライブにもたらしてくれたのは「共感力」と言えるかもしれない。

映画からは私たちがお互いに共感しながら演奏していることが伝わってくるし、プレイヤーがどんな気持ちで楽器を弾いているのかもわかる。デミがそういう感情を捉えることができたのが、この映画が成功した理由だと思う。

ジェリー・ハリスン:そうだね。見直すたびに印象に残るのは、ミュージシャンの関係が伝わるショットなんだ。ああ、ここでバーニーとアレックスがアイコンタクトをとっているぞ、とかね。注意して観ていないと気づかないことも多いけど、デミはそういう人のつながりを描こうとしていたんだと思う。

『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』 By Jordan Cronenweth. Courtesy of A24.

先入観抜きで映画を観れば、白人ミュージシャンが黒人音楽を利用しているようには見えないだろう。ステージに渦巻いているのは一緒に音楽を生み出す喜びと興奮であり、そうしたライブの本質をデミはしっかりとカメラで捉えている。

デミはパフォーマンスを記録するだけではなく、そこに関わる人間を見つめた。ミュージシャンのさりげない表情や仕草に注意を払い、一人ひとりの個性が伝わるショットを入れる。そうすることで、本作を人種やジャンルを超えてミュージシャンたちが音楽を生み出す人間ドラマとして描いているのだ。それがこのライブの感動的な側面であり、この映画が時を超えて観客の胸を打つ理由なのだ。

クリス・フランツ:デミは人間を描く才能を持った監督だった。ステージに立つミュージシャン一人ひとりの魅力を見抜くことができたんだ。デミはエキセントリックな人物が好きだったけど、ミュージシャンは変わった人間が多いから、彼はとても喜んでいたよ(笑)。

ティナ・ウェイマス:スパイク・リーはこの映画を観て「愛を感じた」と言っていた。ロックバンドの場合、コンサートではいかに自分たちがカッコいいかを見せつけようとするけれど、私たちは愛を表現したんだと思う。ちょっとオタクっぽいやり方でね(笑)。

『ストップ・メイキング・センス 4Kレストア』 By Jordan Cronenweth. Courtesy of A24.

『ストップ・メイキング・センス』はロックコンサートの可能性だけではなく、音楽に対する愛を描いた。『アメリカン・ユートピア』では、さらに物語性やメッセージが明確になり、それが音楽(パフォーマンス)と強く結びついていく。その点、『ストップ・メイキング・センス』は荒削りで無邪気なところがあるが、そこには新しい音楽/表現に向かおうとするバンドのみずみずしい姿が刻み込まれていて、その熱気と高揚感はいまも失われていない。

考え抜かれた映画的な手法で独創的なライブのエッセンスを見事に捉えた本作の魅力は、これからも再発見され続けていくだろう。