2024年02月13日 22:20 弁護士ドットコム
2023年4月の東京・杉並区議選で当選した田中ゆうたろう区議がトランスジェンダーを差別するイラストを選挙公報に掲載したことで、人権侵害されたとして、杉並区在住の当事者ら3人が2月13日、法務省人権擁護局に人権侵犯被害を申告。また、東京弁護士会にも人権救済を申し立てた。(ライター・玖保樹鈴)
【関連記事:「イケメンなのになんで彼女できないの?」何気ない会話が差別に…東大が作ったガイドラインが「わかりやすい」と評判】
この日、申立人3人とその代理人が杉並区で記者会見を開いた。
代理人をつとめる神原元弁護士によると、田中区議は、ヒゲの生えた男性に「オレも女だと言い張れば女湯に入れるのネ!」という言葉を添えたイラストを選挙公報に掲載したり、杉並区の「性の多様性推進条例」を批判するために「男性が女湯に入ることができるようになる」という発言を繰り返したりしたという。
「主張するだけでも差別だと思ってますが、醜悪なイラストを使って自分の主張を展開する。それだけではなく(イラストを)選挙公報にまで使って、杉並区の全戸に配布する。セクシャル・マイノリティを象徴するレインボーのタトゥーが入っている人物が鼻毛を伸ばしヒゲを生やしているという醜悪な描き方をして、トランスジェンダーの人を揶揄するのは、到底、許されないと考えています。性的マイノリティの方も区民にはいるので、重大な人権侵害だと思います」(神原弁護士)
神原弁護士はこのようにトランスジェンダーに対する人権侵害にあたると説明するが、田中議員はこのイラストについて「一人称が俺であることからも明らかなように、性自認男性の男性でトランスジェンダーではない」と反論しているという。
申し立てたのは、トランスジェンダーの鈴木信平さん、翻訳家の池田香代子さん、金正則さんの3人。セクシャル・マイノリティ当事者ではない金さんは記者会見で、今回申し立てた理由を次のように語った。
「人権は自分一人で成立するのではなく、他の人の人権と平等であることで、その成立を支えられています。隣の人の人権が侵されたとき、自分の人権も崩されてしまう。差別する人とされる人の中間に存在する『どっちもどっち』という人はいなくて、マジョリティの責任として、差別を『知らない』とやり過ごすことは、加害者になることだと思います。差別を見過ごすこと自体が自分の尊厳を崩すこともになります」
また、池田さんも自身の性指向と性自認はマジョリティと説明しつつ、「差別はマジョリティの問題。今回はトランスヘイトが問題になっていますが、あらゆるマジョリティからマイノリティへの差別がある社会で生きることを是としません。拒否したいと思います。それで申立人になりました」と述べた。
選挙公報にイラストが掲載されて、全戸配布されたことは、当事者の目に留まるだけではなく子どもたちの目にも留まるおそれがある。池田さんは「その中には自分がLGBTである何かの予感を持っているものの、自分に何が起こっているのかわからないし、誰にも相談できない子もいる。そういう子どもたちが田中区議のイラストを見たときのことを考えると、底なしに恐ろしい。そんなふうに人を傷つける社会に生きていたくない」と批判した。
トランスジェンダーの鈴木さんは申立人になった背景について、親や友人との関係も良好で安定した仕事もあり、現時点で生活の中で抑圧を感じることはない反面、属性を明かしながら思いを打ち明け、「今日この場に来ることも名前を出すこともできないけれど、思いを同じにする人たちとも一緒に戦っている」と訴えた。
「選挙公報を見たときに、とんでもないなと思ったけれど、今の私はひと言で『しょうもないな』の一言で切り捨てることもできる。でも、それは今になってできることであり、自分の性について考え始めた高校生のときにこのイラストを見たらどう思っていたのか。また親が見て『こういう奴は気持ち悪い』と言ったのを聞いていたらどう思うのか。そんな時期を通り過ぎて大丈夫になった私がここで声をあげないと、子どもたちを守ってあげられないと思いました」
記者から"杉並区に望むこと"を問われた申立人たちは「差別のない街に暮らしたい。差別のない社会や国ではなく、まずは自分の街からしっかり差別のない街を作っていきたい。それを杉並区に望みたい」(金さん)、「国がやらないのであれば、地方自治体がフィアレスシティになって積み上げていって、国を変えていく。 待っていられないから杉並区から変えていきたい」(池田さん)などの思いを口にした。
杉並区議会終了後、田中区議に区民が人権侵犯被害と人権救済を申し立てたことについて見解を尋ねると、「(申し立てについては)認識していない」とコメント。今後どのようなアクションを起こすかについても「現段階では考えていない」とした。