2024年02月09日 09:51 弁護士ドットコム
2024年3月に開校20年を迎えるロースクール(法科大学院)は、スタート直後こそ多様な人材が集まったものの、次第に入学者数は減り、司法試験の受験者数も低迷した。
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これを受けて、国は2019年、法学部3年とロースクール2年の教育課程「法曹コース(いわゆる3+2)」を新設するとともに、「在学中受験」を可能にするなど、法曹志願者数の回復に向けて“テコ入れ”を図った。この時、ロースクールを所管する文部科学省で大臣を務めていたのが弁護士出身の柴山昌彦衆議院議員だ。
脱サラ後司法試験に合格するまで7年かかったという柴山氏は、「博打のような司法試験の結果一発」ではなく「卒業できれば7~8割の人が合格できる『プロセスによる選抜』」を実現し得る存在として、ロースクールには当初大きな期待を寄せていたという。
しかし、いざ始まった新司法試験では合格率が5割超えすら1度もなく、20%台の低空飛行が続いた。
「文部科学省と法務省が初めにしっかり制度設計をしておかなくてはいけなかったことが一番の失敗」と話す柴山氏に、この20年の振り返りとこれからの法曹養成について聞いた。
——柴山議員は民間企業での勤務を経て旧司法試験を合格して弁護士になっています。2004年のロースクール開校をどのように見ていましたか。
私が大学生だった1980年代は旧司法試験の合格率が1%台の年もあり、10~20年受験している人も珍しくありませんでした。当時の国会でも問題になって、「人生を空費して社会的な損失だ」などと言われてました。
私も民間企業を辞めてから最終合格まで7年かかりましたが、やはり大変厳しい思いをしましたし、不合格を繰り返すことはメンタル的にも非常に辛かった。「司法試験は博打」だと本当に思っていました。
博打と思わせるほど難関な試験に合格する人たちの集団という要素が法曹の社会的地位を高めていたというのはあると思います。
しかし、私に言わせれば、その“既得権益”の上にいる法曹は新しい時代の要請、特に国際的なニーズに応えられていなかった。早くから「このままではだめだ」「司法試験の結果のみという点ではなく、司法試験を受験するまでのプロセスを線で評価すべき」という声はたくさん出ていたにもかかわらずです。
若年層の合格者を増やすことも大事だと思っていましたので、ロースクールの導入及び合格者の拡大で、プロセスによる選抜で若い人たちが合格しやすくなるとともに、法曹人口が増え、多様性や競争によって“既得権益”が打破され業界全体がより活性化するのではないか。そんな思いでロースクールには非常に期待していました。
——開校初年度は社会人経験者が半数近く入学するなど、多様な人材の確保・育成に向けて好スタートを切ったかのように見えました。
アメリカのロースクール生は、入学してからものすごく勉強します。過酷と言われるほどの学生生活を送るようですが、そこまで頑張らないと卒業させてもらえません。その代わり、卒業できた人は7~8割が司法試験で合格できる。
日本のロースクールでも質の高い、そして進級が難しい厳格な評価をして、卒業できた人は同じように7~8割が合格する。そうなることを期待していましたし、当初はそうなる予定だったはずです。
社会人経験者の入学者もこれまでのキャリアを捨てても7~8割が合格できるならと、ロースクールの門を叩いた人はいたと思います。
——いざ新司法試験が始まってみると、初年度の合格率が48.3%で徐々に低下し、4回目からの10年ほどは20%台の低空飛行が続きました。
忸怩(じくじ)たる思いです。
雨後の筍のように、大学側が儲かるからといって猫も杓子もロースクールを作るということは想定できていなかったと思います。
決められた合格者数に対して多くのロースクールが作られれば、「司法試験合格者数」というデジタルな数値で綺麗にランク付けされてしまいます。合格率の高低でロースクール間に序列ができることは間違いないし、合格率の低いロースクールは淘汰されざるを得ない宿命にある。
こんなことはわかっていたことですから、私はロースクールができた当初から、「手厚い在校生への支援」と「厳格な評価」の両輪でやっていくべきだと思って教育行政に携わってきましたし、ロースクールの質の確保と再編は絶対必要だと文科省に再三訴えていました。
ところが、文科省の再編の動きは極めて鈍かった。結局ロースクールの再編・統合の動きは鈍く、司法試験を実施している法務省は法曹の質を確保する方向で動いた結果、理想と現実の間にものすごいギャップが生まれてしまいました。
——質の確保についてはどうでしょうか。
十分に確保できる仕組みでスタートしたとは言い難いと思います。
法曹養成の仕組みは基本的にアプレンティスシップ(徒弟制度)で、司法試験を合格した新人はいわば「丁稚」です。司法修習では検察庁や裁判所で実務の“修行”をおこないますが、起案書を出すと、ズタズタになって直されます。
修習を終えた後も同様です。新人は叩かれしごかれて、時間をかけて真のプロフェッショナルになっていくものなんです。にもかかわらず、いきなり新人が急増したら、徒弟制度で育てることなんてできるわけがない。
私自身は法曹人口を増やすべきだという立場ですが、それでも法曹養成の宿命、つまりしっかりと育て上げるというアプレンティスシップな仕組みの中で、急激な拡大というのは物理的に無理があったと考えています。
結局、弁護士人口を増やしたけれども、既存の法律事務所ではとても抱えきれない状況になり、修習後にいきなり独立(即独)する人も出ました。司法研修所を出ただけで、指導してくれる人もいない中いきなり競争にさらされれば、質を高める余裕なんてありません。
弁護士需要と供給の拡大、法科大学院の再編統合、これらの要素をきちんとグリップをきかせて計画を立てていくことが必要だったのではないでしょうか。
合格率についても同様です。
当初の目標では合格者数3000人、合格率7~8割という数値が掲げられていました。単純な数値上の話ではありますが、たとえばロースクール入学者数を4000人前後に絞れば達成できそうに思われます。
しかし、実際には全国で最大74校ものロースクールが開校し、制度開始から数年は入学者数が5500人を上回る一方、合格者数は最大で2000人を少し上回る数にとどまりました。これでは合格率7~8割が実現するはずもありません。
ロースクールの校数や入学者数といった全体の総量をどうするか。文部科学省と法務省がこの点を初めにしっかり制度設計をしておかなくてはいけなかった。これが一番の失敗だと思います。
——法曹人口を増やすべきだという立場とのことですが、どの程度必要だと考えていますか。
具体的な数値を申し上げるのは難しいですが、国民性や法の浸透度というのが無関係ではないと思います。国民がどれほど法的サービスを具体的に求めているのか。法曹の数が、人口比でアメリカに比べて何倍も少ないというような単純な比較はすべきでありません。
ただ、国民性が違うとはいっても、これだけ社会がグローバル化していく中、丁々発止で訴訟などで海外と渡り合うためには、国際法に強い人材を含め、法曹の質と量を充実させることはすごく重要だと思っています。
また、国内でも法曹人口が十分でない地域もあります。それによってもし泣き寝入りしている弱い立場の方が一人でもいるとすれば、それはとても不幸なことですし、やはり法曹はまだまだ日本では足りていないと考えています。
——ロースクールは現在34校と最盛期の半分以下になるなど状況は変化しています。柴山議員が文部科学大臣だった際、「法曹コース(3+2)」を創設し、ロースクール在学中の受験も可能にしました。
ロースクール進学者数の低迷は、結局のところ、「ロースクールに魅力がない」と見られているからです。卒業しても司法試験に合格できるかどうかわからないうえ、膨大な時間と費用がかかる。メリットが少ないのに負担が多いものを選ぶ人はなかなかいないですよね。
優秀な人材であれば短い期間で合格できる仕組みを作って、「この仕組みで卒業した人はなかなかいい」と評価されるようにすることは、絶対やらなくてはいけないと思っていました。
「3+2」については、時間と費用のデメリットを抑えつつ、司法試験を受験するまでのプロセスを線で評価する仕組みを維持する形として、予備試験の存在をすごく意識しました。
——2023年の司法試験では法曹コースの学生が初めて在学中受験をし、合格率は「65.24%」。2022年度の既修者コースを修了した者の合格率「62.82%」、既修者コースに通う在学中受験者全体の合格率「63.31%」をわずかに上回りました。
手前味噌ですが、「ロースクールのあるべき理想に一歩近づいた」と自負しています。法曹コースへの進学を考えている方々がこの数字を見てどう感じるかだと思います。ただ、予備試験を経由した人の9割以上が合格していることもまた事実です。
法曹コースに進むと勉強に追われ過ぎるという声もありますが、その分学費の奨学金化や成績優秀者の学費減免などを実施するなど十分なメリットを用意し、法曹コースでしっかり成績を残した人は高い合格率でしかも早く法曹資格を得られる、という道筋をぜひつけてほしいと期待しています。そのために在学中受験も可能にしたわけですから。
——法曹コース進学は法学部での教育とセットになっているため、社会人経験者などは事実上入れません。
社会人から転身して弁護士として第2の道を歩みたいという方に大勢集まってもらいたいというのが、ロースクール開校当初の理想だったわけですから、そういった方々にとって魅力あるロースクールでなくてはならないというのは今後の大きな課題だと認識しています。
——予備試験の位置づけはどう考えていますか。
法曹コースであってもロースクールに通えない事情の方もいるでしょうから、あらゆる人に門戸を開くという観点から、補充的な形では今後も残していくべきものだと思います。ただ、今のままの仕組みで続けていくかは、もう少し精査する必要があるかもしれません。
——具体的には何を精査する必要があるのでしょうか。
予備試験はロースクールを経て受験するコースに対する補充的な意味の位置づけだと考えていますし、合格者数からして現状もその役割で落ち着いています。
司法試験の受験資格を得られるという点で、ロースクールを卒業したのと同等の学力が認められるというのが制度上の建前ですが、本当に同等といえるのかどうか。ロースクールと予備試験のいずれかに法曹志望者が偏るのならば、志望者の実力(レベル)で調整することを考えるのも一案です。
私が受験生時代に、旧司法試験の多浪を防ぐため、受験回数の制限が議論されました。結果として、回数制限ではなく受験回数による特別合格枠、いわゆる「丙案」制度が1996年の試験から導入されました。
受験回数3回までの受験生を優先的に合格させることで合格者の若年化を図るというものです。受験回数の少ない受験生にとっては恩恵ですが、その裏で、合格できる順位だった多浪生がはじかれていました。
たとえば、合格者1000人で特別合格枠が200人だった場合、制度対象外の受験生だと、試験結果の順位は801番目でも、1001~1200番目が全員制度対象の受験生だったらそちらが優先され、実力では801番目でも不合格ということになっていました。同じ司法試験を受けても、受験者の属性によって最低点が違っていたわけです。
「丙案」制度には様々な批判もありましたし、その後合格者がさらに増えたことで2004年以降は廃止されましたが、個人的には、異なる経路や経験によって合否の結果が変わってくることは政策的にあり得ないことではないと思っています。
——仕事を辞めるリスクまではとれない社会人にとって、予備試験は重要な選択肢になっているように見受けられます。
その実益は否定し得ないと思います。また、予備試験に合格できる実力があるならば、その道が最短であることも事実です。ただし何度も申し上げますように、予備試験はあくまで補充的という位置づけです。
——法曹界の採用では、若い合格者が優遇される傾向にあります。
多様な人材が活躍する法曹界を目指すという理念からすれば、間違いなく本末転倒な事態だと思っています。
脱サラして弁護士になった身としては、弁護士からサラリーマンやキャリア公務員になる、サラリーマンやキャリア公務員が弁護士になる、というような法曹という職を軸にしたキャリアのリボルビング(回転)が、これからもっと必要になってくると思うんです。
そういった人材を養成する場としてロースクールが一定の役割を果たすというのが私の理想です。
法曹コースを出て20代半ばで判事補になって、ずっと裁判官としてキャリアを積んでいくという道が駄目だと言っているわけではありません。でも最高裁判事を見ても、弁護士や検察官からなる人もいれば、外交官や法学者からなる人もいます。そういう多様性が法曹界でもっと広くあっていいのではないでしょうか。
裁判所や検察庁、大手法律事務所などの採用側が、もう少し長期的なビジョンを持って、年齢だけでなく、真に有益な人材を採用してほしいと思います。
法律の世界でも専門分野の細分化が著しく進んでいます。法律の知識だけで解決できる問題ばかりではありません。たとえば建築関係の紛争で1級建築士の資格を持つ弁護士がいたり、医療訴訟で医師免許を持つ弁護士がいたりすることが紛争解決にどれほど有益か。「国民のための司法」という観点からも、異分野の専門知識を持つ法曹がいることは大変望ましいことです。
——法曹養成のあり方について、国は今後どう向き合っていくのでしょうか。
既に令和6年度の予算は閣議決定をされ、所属する自民党では重点要望項目などを審査しています。国際情勢を踏まえたバランス感覚と法的思考能力をあわせ持つ人材を広く確保育成する方針です。
検察官出身の赤根智子さんが2018年、日本の法曹として初めて国際刑事裁判所(ICC)判事に就任しましたが、これからも国際的な分野で活躍できる法曹をしっかりと養成していくためには、幅の広いバッググラウンドをもった法曹が必要だろうと思っています。
また、裁判所の予算についても、これまでの37億円から57億円に増額されます。ロースクール制度の今後の在り方については引き続き、政府としてまた国会として取り組まなければならない重要な課題だと認識しています。
——法曹養成の課題について、国会内での盛り上がりはどうでしょうか。
残念ながら国会内で問題意識を熱心に取り組んでいる議員は多くありません。
法務と文科の両方に取り組んでいた方々は問題意識を強く持ってくださっています。問題意識が高い人たちで国家の様々な改革を後押ししていくことが大事だろうと思います。
法務省と文部科学省とではカルチャーが違います。そこを統べて物事を進めるためには、政治のイニシアチブが必要だと認識しています。
私の大臣時代におこなったロースクール改革も大きなものだったと思っていますし、何とかうまくものにしていけばいいのではないかという見通しが立ったのではないかと自負しています。「柴山の言うことなんて当てになんないよ」と言われるかもしれませんけどね(笑)。
——立法府の一員である柴山議員はどう取り組んでいくつもりでいますか。
私は現在、党の政調会長代理で、政務調査会での重点担当分野として大臣をしていた文部科学省分野と法務分野が割り当てられており、法曹養成と向かい合えるポジションにいます。
質・量・多様性、この3つをキーワードとして法曹養成にこれからもしっかりと関わっていきたいと考えています。