トップへ

いったんストライキが起きたら「徹底的に争った方がいい」と企業側弁護士が語るワケ

2024年02月02日 10:21  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

格安航空会社(LCC)ジェットスター・ジャパンの労働組合「ジェットスタークルーアソシエーション」(JCA)による2023年の年末ストライキが大きな話題になった。未払い賃金などをめぐる対立が起き、今も決着していない。


【関連記事:「客に禁止行為をさせろ」メンズエステ店の秘密のルール 逮捕された女性スタッフの後悔】



同年9月には、そごう・西武の売却をめぐり、大手デパートでは61年ぶりとなるストライキも起きた。



歴史的にみると、ストライキ自体は大幅に減少しており、1970年代に5000件を超える年もあったが、2022年には33件しかない(厚労省・労働争議統計)。それでも、一度起きると影響は大きい。



企業としてはストライキと、ストライキが起きる前の労使紛争に対してどう向き合えばいいのか。使用者側の弁護士として活動する向井蘭弁護士の見解をお届けしたい。



●なぜストライキは少なくなったのか

ーーなぜこんなにストライキが少なくなっているのでしょうか。



厚生労働省によると、ストライキを含む労働争議の件数は減少傾向にあり、1974年には1万462件あったものが、2022年の労働争議件数は270件で過去2番目に少ない水準にまで減っています。



これは、大企業などの労使関係が安定しているということもありますが、争い事を好まない、人に迷惑を掛けたくないなどの日本人の国民性も大きく関係していると思われます。



また、ストライキには様々な原因があり、多くの場合、利益の分配を求めてストライキを行いますが、日本はバブル崩壊以降、低成長もしくは現状維持が続いており、利益の分配ができるような状況にないことも1つの理由だと考えられます。



●労働組合にとってのメリット、デメリット

ーー労働組合にとって、ストライキを起こすことにどんなメリット、デメリットがあるのでしょうか。



メリットとしては、やはり交渉の切り札ということですね。



私が経験した範囲でも、労働組合からストライキをちらつかせられたことで、大幅な譲歩をせざるを得なくなったことがあります。



デメリットとしては、迷惑をかけるということがあります。



ストライキは特に顧客や関係者に与える影響が大きく、クレームに至ることもあります。また、労働組合に関係の無い同僚がクレームを受けることもあります。



そのため、労働組合の内部でもストライキ実施の是非や、ストライキを実施したあとにいつ中止するかで意見が分かれることがあり、場合によっては大量の脱退者を出すことがあります。



もう一つのデメリットは、無給のリスクです。



ストライキ期間中はノーワークノーペイになり、無給になりますので、収入が減ります。歴史のある労働組合の場合は、ストライキのための闘争資金を積み立てているので、それを使用して賃金の代わりに支給できますが、歴史がない労働組合はカンパなどによって賃金を補填することになります。ジェットスターの労働組合(JCA (Jetstar Crew Association))もHPで支援の寄付を呼びかけています。



●ストライキが起きないためには、労使のホットラインが重要

ーーストライキが起きないようにするためには、企業はどうすべきでしょうか。



一つ目は、日頃からの十分な対面コミュニケーションですね。



労使関係は日頃からのコミュニケーションの積み重ねの有無がものを言います。表面的には労働条件を争ってストライキに突入しているように見えても、背後には深刻な人間関係のトラブルがある場合もあります。



避けられないトラブルもありますが、労使のコミュニケーション不足による思い違い、ボタンのかけ違えによる不信が背景にある時があります。



これらを避けるためには日頃から対面のコミュニケーションを図る必要があります。



なぜアメリカや中国の首脳が定期的に対面でコミュニケーションを行うのでしょうか。ビデオ会議で会議はできそうなものです。それは人間は対面で膝をつき合わせて話した場合、心理的な距離も縮まり、一定の信頼関係が生まれるということを経験的に知っているからです。



一緒に食事をしたり、煙草休憩で一緒になった際に話すことでも構いません。日頃からの十分な対面コミュニケーションを図ることが重要になります。



私は日本では弁護士ですが、中国・上海では人事労務コンサルタントとして活動しており、中国で何度もストライキ対応を行ったことがあります。実際に中国のストライキでは、労働者側のリーダー格の従業員と会社側の経営者が直接話せるホットラインがあると、解決は比較的早期にできることが多かったです。



もう一つは、人手不足の解消ですね。



例えば航空会社の場合、組合がストライキを実施したとしても、会社側が代替人員で飛行機を運航しても何ら違法ではありません。



逆に言うと慢性的な人手不足の状態でストライキが行われると飛行機を運航できなくなり、ストライキは効果的な争議方法となります。



中国におけるストライキは、在庫が薄くなっている時期に起きやすく、会社の泣き所を的確に理解してストライキを実施していると感じました。



そのため、ストライキが起きないようにするためには人手不足解消に力を入れる必要があります。



●労使双方がストのデメリットを実感することで、ストの回避に注力するようになる

ーーいったんストライキが起きてしまった場合、企業はどんなスタンスで臨むべきでしょうか。



使用者側弁護士からの意見ですので、一般的ではないかもしれませんが、ストライキが起きた場合は徹底的に争った方が良いと思います。



前に説明した通り、ストライキには労働組合にとってもデメリットがあり、実施するとなると肉体的精神的、そして金銭的にも大変消耗します。労働組合内部の意見調整でもかなり揉めることがあります。ストライキが長期化すれば、更に消耗度合いが増します。



一方、会社側にとってもストライキは企業イメージのダウン、顧客の減少、取引業者との信用低下など多大なデメリットをもたらします。



一度徹底的に争うことにより、労使双方がストライキによるデメリットを存分に実感することになり、次回以降はストライキをいかに回避するかを検討することになります。会社側が中途半端に妥協すれば、再度ストライキの機運が高まり、何度でもストライキが起きるでしょう。



逆説的ですが、ストライキを二度と起こさないためには徹底的に争うことが必要になります。



また、労使窓口を通じた交渉や、ホットラインの活用も重要です。



通常、団体交渉以外に労使の連絡担当者として窓口交渉というものが行われることがあります。簡単な日程調整などを通常はやりとりするのですが、ストライキが発生した場合などは実質的にこの窓口交渉で相手の意向を探り、労使交渉を行うことがあります。普段から信頼関係が構築されていればある程度本音の話を匂わせることもあるかもしれません。



当然、事務的なことしか話せませんが、何となくお互いの本音が分かり、打開案が出る可能性もあります。



また、先ほど説明した通り、労使のホットラインは、この時こそ機能します。トップ同士のやりとりで打開の糸口が見える場合もあるでしょう。



●長い目で見て、何が株主、顧客、従業員のためになるか考えるべき

ーーストライキが実施されると、顧客に迷惑がかかってしまうことについて、どう考えますか。



経営とは矛盾との戦いであると言えます。



例えば製造業で言えば、コストをかければ品質があがる可能性が高くなりますが、価格が上がります。コストをかけなければ価格は下がりますが、品質が落ちる可能性が高くなります。



このように相対立する要請をいかに調整して利益をあげるかが難しいところであり、矛盾との戦いが経営であるともいえます。



ストライキ対応で言えば、ストライキが実施されれば顧客に迷惑をかけ、顧客離れを招く可能性がありますが、一方でストライキ解除のために安易な妥協をすれば、労働組合は交渉の度にさらなるストライキを行う可能性があります。



そのため、長い目で見て、何が株主、顧客、労働組合員を含む従業員のためになるのかを考えて、場合によっては短期的に顧客に迷惑をかけても、労働組合との交渉で妥協せずストライキ導入も致し方無いと判断することもあると思います。



一方で、顧客に可能な限り迷惑をかけないように、航空業界でいえば、速やかな周知と振り替え、払い戻しを迅速に行うべきです。




【取材協力弁護士】
向井 蘭(むかい・らん)弁護士
東北大学法学部卒業。平成15年弁護士登録。経営法曹会議会員。企業法務を専門とし、特に使用者側の労働事件を数多く扱う。企業法務担当者に対する講演や執筆などの情報提供活動も精力的に行っている。
事務所名:杜若経営法律事務所
事務所URL:http://www.labor-management.net/