2024年02月01日 12:11 弁護士ドットコム
ドラマ『セクシー田中さん』(日本テレビ系)の原作者で漫画家・芦原妃名子さんが1月末に亡くなったことをめぐり、メディアから多くの記事が発信されている。
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センセーショナルな自殺の報道による深刻な影響が懸念されるとして、一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」は早くから厚労省と連名のリリースを出して、メディア関係者に抑制的な報道を"お願い"した。
WHO(世界保健機関)の「ガイドライン」は自殺の手段や場所を具体的に報じることのリスクを指摘しているが、日本の大手新聞社でもそれが順守されているとは言い難い。センターの清水康之代表理事はリリースだけでなく、記者に電話をかけたり、メディアのX公式アカウントにリプライするなど動いた。
こうした呼びかけに修正などで対応したメディアもあった一方で、週刊誌やネットメディアなどの一部においては今も具体的な場所を報じ続けている記事が見受けられる。
著名人の自殺をメディアはどのように報じるべきだと考えられるのか。場所を詳細に伝えることが及ぼす影響は何か。清水さんに聞いた。(聞き手:ニュース編集部・塚田賢慎)
「自殺念慮を抱えること」と「実際に自殺行動に至ること」の間には、多くの場合大きなギャップが存在します。日本では年間2万人以上が自殺で亡くなっており、自殺は非常に深刻な社会問題となっていますが、自殺念慮を抱えていても実際に自殺行動に至らない人がほとんどであることが、そのギャップの存在を示しています。
センセーショナルな自殺報道は、そのギャップを急速に埋める可能性があります。自殺行動に至る過程には、「どうやって死ぬか(手段)」「どこで死ぬか(場所)」「いつ死ぬか(日時)」を決める必要がありますが、自殺報道がこれらを決めるための後押しをしかねないからです。
たとえば「自宅のクローゼットで首を吊って亡くなっているのが発見された」とか「東京都新宿区にある●●ビル(※●●には固有名詞が入る)の屋上から飛び降りて亡くなった」といった情報は、自殺念慮を抱えている人たちに具体的な行動を促す情報となりかねないのです。
今回の報道では、ほとんどのメディアが「手段」や「場所」の報道を控えていました。しかし、芦原さんが亡くなった「場所」(ダムの名称)を具体的に伝えたメディアが複数存在しました。
その場所は一昨年も、SNSで話題になった方が亡くなった場所として広く伝えられていた場所であり、「またあの場所か」という反応がSNS上に溢れていました。同じ場所が繰り返し報じられることで、いわゆる「自殺の名所」として認知されることになり、長期に渡って多くの人の自殺行動に影響を与えかねない状況でした。
そうした懸念から、今回の報道に対しても、WHO(世界保健機関)がまとめた「自殺報道ガイドライン」に基づく報道をしていただくよう、メディア283媒体にメールとFAXで呼びかけました。
しかし送信するまでの間にも、X(旧ツイッター)上で具体的な場所を含むメディアの記事が拡散されていくのを目の当たりにして、私自身のアカウントからそのメディアの記事にリプライする形で「場所」の情報を削除するよう呼び掛け、関係者に直接電話して削除を促したりもしました。
呼びかけから間もなく、記事の内容は修正され、「場所」に関する具体的な情報は削除されました。しかし、記事の内容がSNS上でテキストとしてコピペされており、情報はいまでもSNS上で拡散されています。
インターネット上の情報は「削除しても消えない」ため、一度拡散された情報は取り返しがつかないのです。今回の情報拡散により、同じ場所での自殺が再び起こり、さらにそのことが報道されてSNS上で拡散される「自殺報道の悪循環」が生じることが懸念されます。
だからこそ、私たちはしっかりと報道をウォッチしなければならないと思っていますし、メディア関係者の方々には自殺報道に極めて慎重になっていただくことを強く望んでいます。
【プロフィール】清水康之。NPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」代表、一般社団法人「いのち支える自殺対策推進センター」代表理事。元NHKの報道ディレクター。国際自殺予防学会「リンゲル活動賞」を2023年に受賞。