Text by 山元翔一
Text by 原雅明
Text by 柳智之
Text by 荒内佑
『グラミー賞』では楽曲内でのAIの活用に関するルール、ガイドラインが設定されている。Googleが文章から音楽を生成するAIを発表するなど、音楽生成AIは現実にものとなったからだ(※1)。そんな話題からすると、オールドスクールに感じるかもしれないが、本稿もこれから「音楽が行き着く先」、あるいは「来るべき音楽の形」について考えをめぐらせている。
リズム的な軸を取り払っちゃって、パーカッションみたいに部分的に配置された音が流動的な軸になって、時間の経過とともに走ってるグリッドを感じさせる、みたいな。たぶんそのことが「静けさ」の要因のひとつだと思うんです。 - cero『e o』インタビューより(※2)こう語ったのはceroの高城晶平だった。<真新しいものがなくなりようやく/静けさの中ページが開く>と歌われる楽曲で幕を開けるceroの傑作『e o』(2023年)において、彼らは「静けさ」をキーワードに、時間の網目に絡め取られない音楽を志向してもいた。そして「Red Hook Records」から送り出された『Refract』(2023年)もまた、既存のリズムやビートの概念から離れた作品である。本作に参加したジェイソン・モランは、心臓の鼓動に結びつけてとらえた「パルス」を中心に定義していると語った。
真新しいものがなくなり、音楽はどこへ向かうのか。そもそも音楽家たちは「音」に何を託してきたのか、その音の向こう側で何を表現してきたのか……以下のテキストは、そんなことを考える何かの手がかりになるかもしれない。現代のジャズシーンを代表するピアニスのひとりであるジェイソン・モランに、荒内佑(cero)と音楽ジャーナリストの原雅明がメールを通じて言葉を交わしあった。
ジェイソン・モラン
1975年、ヒューストン生まれのジャズピアニスト、作曲家。ロバート・グラスパー、クリス・デイヴ、ビヨンセなどを輩出したアメリカの名門校「HSPVA(High School for the Performing Arts)」卒業後、1999年にデビューアルバムを「Blue Note」から発表。さまざまなコラボレーションにも積極的で「ECM」からも多数作品を発表している。2016年に自ら「Yes Records」を設立した。
荒内佑(あらうち ゆう)
音楽家。バンド「cero」のメンバー。多くの楽曲で作曲、作詞も手がける。その他、楽曲提供、Remixなども行なう。2021年、arauchi yu名義でソロアルバム『Śisei』をリリース。
—サン・チョン氏(※)にインタビューした際、BlankFor.msがジャズを学んでいたことを知りました。そして、あなたやマーカス・ギルモアとのあいだにはジャズという共通言語があったという話も聞きました。『Refract』で、BlankFor.msのエレクトロニクスやループと、ピアノやドラムとのあいだには、実際どのような音楽的な会話が成立していたのでしょうか?
モラン:BlankFor.msは、ニューイングランド音楽院の学生として僕と一緒に作曲を学んだんだ。僕たちはエレクトロニックミュージックがどんな音でもメロディーに変えることができることや、アコースティック楽器の限界について話し、両者にどうやって折り合いをつけるかについてよく議論した。この10年間、彼はこの取り組みを発展させてきたんだよ。
『Refract』の収録曲は全曲、彼が作曲したものが出発地点になった。僕はスペースと音の減衰に敏感で、マーカスは信じられないほど繊細なドラマーだ。だから、このプロジェクトで僕たちは、堅苦しさなんて微塵も感じさせない、時間を緩やかに構成する美しい方法を採れたんだ。
音楽をつくるには、形と繊細さが重要だと思う。僕はこのアルバムとはまったく違う音楽を録音することが多いから、『Refract』で別の自分の面を見せることができたと思っているよ。BlankFor.msのほうはライブミュージシャンとのアプローチを試したかったんだと思う。そうやって僕たちは瞬間を形にしていったんだ。
—あなたはヒップホップにも多大な影響を受けながら、クロスオーバーなアプローチをとらず「ジャズピアニスト」であることに徹してきたようにも見えます。たとえば、ジャズを学んでいないエレクトロニックミュージックやヒップホップのプロデューサーと音づくりをするのとは、どんな違いがありましたか?
モラン:僕は即興との関係でしか考えていないんだよ。ポップス業界の多くのプロデューサーはクリックを使って仕事をするけど、『Refract』の音楽はグリッドなしでつくられている(※)。
僕らは、ビートではなくパルスを中心に音楽を定義しているんだ。それが違いのひとつかもしれないね。どんなジャンルであっても音楽をつくるのは難しいことだから、曲の構造を即興でつくりながらも、お互いに対して繊細でありたいんだ。
—「ビートではなくパルスを中心に音楽を定義している」ということは、『Refract』において具体的にどのようなプロセスによって実現させたのでしょうか。3人がパルスを共有しているときに、即興演奏はどのように成立するか教えください。
モラン:メトロノームとは対照的なものとして、僕はパルスを心臓の鼓動に結びつけてとらえているよ。だから、インプロヴァイザーとしては、テンポよりもパルスのゆらぎを優先すべき場合もある、ということに意識的なんだ。
こうして僕たちはお互いに、それぞれがどう動き、どう感じているのかに耳を傾け、即応する。ときには、僕たちの誰かが脈拍数(=パルス)を上げると、ムードが変わって素晴らしくなることもある。これは名状しがたい絶妙な瞬間だよ。そうしてつくられたレコードには、僕たちがひとつの有機体であるという感覚が宿るんだ。
荒内:『Refract』にはテープループやドローンとピアノ、ドラムが自然に同居し、豊かなテクスチャーを生み出しています。一方、演奏されているピアノの音はエフェクティヴになり過ぎず、「ピアノの音」としてはっきり認識できます。こういったバランス感はあなたが「ジャズピアニスト」であろうとする姿勢と関係があるのでしょうか?
モラン:ピアノの音が好きなんだ。理解可能な部分と、認識され得ない部分を、あわせもっているから。このプロジェクトは、自分の話し声と同じくらい重要な「ピアノの音」に配慮しているんだよ。
荒内:『Refract』の録音において、ピアノはリアルタイムでエフェクト処理されているそうですが、そのプロセスは演奏に変化をもたらすと思います。あなたが普段一緒に演奏するようなジャズプレイヤーへの反応の仕方と、そういった電子的な処理への反応の仕方、演奏のアプローチは違うものでしょうか?
モラン:世界最高のミュージシャンたちと共演してきたけど、彼らとの即興演奏はつねにコール&レスポンスなんだ。『Refract』も事前に作曲されたものがスタート地点だったとはいえ、曲がどのように動き、踊り出すかはお互いの聴こえ方次第だった。
モラン:だからレコーディング中、BlankFor.msの作曲した曲を演奏しながら、リアルタイムで音が変化する様子を聴くことで演奏のニュアンスも変わったよ。もし彼がピアノに大量のディレイを加えたら、僕はすぐに内容をスローダウンさせ、減衰のためのスペースを確保する、といった具合にね。
そうやってBlankFor.msは、即興演奏を向上させるためのニュアンスをじっくり時間をかけて引き出していくんだ。こういったアプローチは、ポストプロダクションでより大きなサプライズの余地があるから大好きだよ。
荒内:録音に際して、あなたとBlankFor.ms、マーカス・ギルモアでコンセプトやアイデアを共有しましたか?
モラン:BlankFor.msが、僕たちのために特別に作曲してくれたということがすべてだね。
荒内:「アンビエントジャズ」という言葉があり、本作をそのように聴くリスナーもいると思います。しかし、人によって「アンビエント」の定義はさまざまで、曖昧です。あなたにとって「アンビエント」という言葉はどういった意味を持ちますか?
モラン:うーん、僕にとってのアンビエントとは、シンプルな存在という意味だよ。岩の上を這うアリのように。
—「ECM」のような独特の音響をつくりだしているジャズのなかにも、「アンビエント」的に聴かれているものもあります。ジャズとアンビエントとの関係性で興味を持っていることはありますか?
モラン:多くのレストランが、最高のジャズ音楽のいくつかをアンビエントだと考えている。そんなふうによく思うよ。ジャズとアンビエントとの関係性はシチュエーションによると思う。
僕は音に敏感なミュージシャンだ。いま、僕はカリフォルニアのマリブにいて、窓の外では波が岩にぶつかっている。この音はアンビエントではないけど、次に演奏するコンサートに影響を与える。寄せては返す波のように、僕は何度も何度も曲を洗い流す方法を見つけるだろうね。
—コンサートホールやジャズクラブの外に出て、自然環境のなかでジャズを演奏し、自然音とも混じりながら聴かれるようなシチュエーションに、あなたは意味を見出しますか? それともジャズはそれに相応しい場所で演奏され、集中して聴かれるべき音楽だととらえていますか?
モラン:今朝はベルリンの美しいホテルにいる。レストランでは朝食にジョン・コルトレーンの“Wise One”をかけているよ。音楽には選択の自由が与えられていて、僕はそれに感謝しているんだ。コルトレーンに対してエスプレッソマシンの音を聴くのは興味深いことだよ。
音楽はつねに社会と対話しているように感じる。音楽はどこにでも息づくことができると信じているし、実際そうだよね。僕はいつも社会に息づく音楽を探して耳を傾けている。適切な瞬間が訪れ、そこに音楽があるときいつも興奮するんだ。音楽を摂り入れる方法に正解も不正解もない。僕は演奏家として、音楽がどこに存在するかに敏感だ。音楽はどこにでも行けるパスポートだからね。
—BlankFor.msが属しているようなエレクトロニックミュージックは、これからジャズとどのような関係をつくっていく可能性があると感じますか?
モラン:黒人ミュージシャンがつくった構造のなかで即興演奏を学ぶことによって、音楽はたくさんのアイデアによって「コード化されていること」を理解できると思うんだ。特にジャズにおいては、「自由と抵抗のコード」が無数の即興のなかにしっかりと織り込まれている。
「作品をつくるための犠牲」を理解すれば、たとえエレクトロニックやアンビエントであったとしても、作品における価値は機械よりも人間に関係していることを理解できるはずだ。
—ジャズがスタンダードやポップスを演奏する際に、外部から冷静に見る視点、批評的な視点を感じます。あなたの音楽には特にそのことを感じます。ジャズのそうした視点について、あなたの見解を訊かせてください。
モラン:質問を完全に理解できたか心許ないけど、答えてみるよ。アメリカの音楽はとても豊かで複雑だと思う。いま、僕はルイ・アームストロングとジェームス・リース・ユーロップ(※1)に注目している。
彼らはどちらも「黒人に『解放』の第一段階が許されたアメリカの瞬間」を象徴していて、ステージ上で演者がステレオタイプから脱却し、さらにそれを永続させる方法にも堪能だった。彼らが演奏する曲は、この物語を知る一助となるんだ。アームストロングは、“Black and Blue”(※2)を歌うことの意味を知っていた。この曲はとても有名だけど、彼が演奏するときにはより多くの意味を与える。
チャーリー・パーカーが“How High the Moon”のようなスタンダードを演奏するときに、僕たちが何度も耳にする批評も同様だ。チャーリー・パーカーは、作曲者がまったく想定していなかった可能性を示してみせる。そして、曲の可能性を広げることというのは、これまででもっとも深遠な批評のひとつだよ。
—あなたは以前、僕のインタビューでこう答えてくれました。
ジャズの未来ということを考えると、音楽は幅広く場所を持たないといけない。コンサートホールで聴くだけの音楽でもなく、クラブで聴くだけの音楽でもない。聴く側が、いろいろな場所を選べ、そして楽しめる。そうすることで聴く側が、いままでとは違った解釈で音楽というものを楽しんでいける、そういうものを我々は提供していかないといけないと思っているんだ。 - 原雅明によるジェイソン・モラン『All Rise』インタビューより―BlankFor.msのように、Instagramをはじめソーシャルメディアという新しい場所で音楽を発信しているアーティストとの協働を通じて、あなたがかつて語った「ジャズの未来」についてどのように考えを深めましたか?
モラン:音楽の「行き着く先」がどのようなものなのか、さらに多くのことを学んだ。信じられないことだよ。いまや誰でもすぐに音楽をシェアできて、ほかの人はコメントできる。一方、僕は90分のコンサートを観るのも大好きだ。そうしてソーシャルメディアが成熟し、同じようにその参加者も年を重ねると、次の行きつく先はどこになるのだろうね。
—音楽が生まれる場所、聴かれる場所、ということでは、あなたは近年Bandcampにリリースの基盤を移しました。Bandcampに関して「シンプルさと、アーティストにコントロールを戻すことの両方を提供するように思われる」とも語っていましたが、作品を発表して届けるという行為にシンプルさを取り戻すこと、アーティストが作品発表の主導権を取り戻すことによって、音楽はこの先どのようになっていくと考えますか?
モラン:アーティストがレコード会社の重役を通す必要のない、より多くの作品をリリースすることができるようになると思う。レコーディング業界は問題を抱えており、悪質な銀行が熱心なアーティストにタチの悪い融資を行なっているような状況だ。
自己資金で作品を制作し、Bandcampというプラットフォームを通じて人々に提供することは、ユニクロが価格をコントロールするのと同じように、シンプルな自由だ。これは僕にとっての転換だった。音楽は僕にとってあまりにも貴重で、音楽制作には多くのエネルギーが必要なんだ。
荒内:ミュージシャンに限らず、あなたが刺激を受けている、または注目している現代のアーティストはいますか?
モラン:デイヴィッド・ハモンズ(※)が大好きなんだ。アピチャッポン・ウィーラセタクンも大好きだ。そして、ケレラもね。
—アピチャッポン・ウィーラセタクンの映像作品には、自然環境と馴染む音楽がよく使われていますね。そのサウンドワークを集めたアルバムもリリースされています(※)。彼の作品の、特に音楽との関わりで、インスパイアされたことがあれば教えてください。
モラン:僕は『メモリア』を見ていて、音の使い方が非の打ちどころがないように感じたんだ。まるで、画面のなかに吸い込まれていくようだった。世界に溶け込むトーンを見つけるのはとても難しいことだよ。
アピチャッポンはこれをとても優雅にやってのけるんだ。本当に素晴らしいよ。僕らが自身を取り巻く環境に足を踏み入れるときにはいつも、世界という名のオーケストラが演奏をしていて、僕はそれに謙虚に耳を傾けるようにしたいと思うよ。
—あなたがジャズミュージシャンという枠を超えて、現代美術の世界にも積極的にコミットしている理由を教えてください。どこに魅力を感じているのでしょうか?
モラン:美術の分野では、音やピアノ演奏に関して学ぶことが多いんだ。顔料がどのようにページの上に乗るのかということから、音楽がどのように耳に入るのかということを、といった具合にね。
ドローイングを描くときは、まず身振り手振りで狙いを考え、ページの上で乾いた顔料に命を吹き込むんだ。アートを通して、ジャズクラブだけでなく、音のさまざまな使い方があることを知った。アーティストたちは、作品に寄り添う新しい方法を見つけるよう背中を押してくれたんだ。
いつか日本で自分のドローイングを発表する日が来るだろうけど、そのときは日本の雁皮紙(※)しか使わないから里帰りのような気分になるだろうね。僕が使っている雁皮紙は日本の工場でつくられていて、紙の色を開発するためにリモートで彼らと仕事をすることもある。アーティストとしての僕が成長し続けるように、紙漉きのプロセスについても学び続けたいと思っているよ。
—「Red Hook」からの第1弾リリースは菊地雅章の『Hanamichi-The Final Studio Recordings』でしたが、彼についてもぜひ話を訊かせてください。また、「日本のジャズ」をあなたがどう見ているのか知りたいです。
モラン:マサブミは素晴らしかった。グレッグ・オズビー(※)と一緒に何度か会って、彼の激しい演奏が大好きだったよ。でも「ジャパニーズ・ジャズ」を表現できるか心許ないな。
1998年以来、僕は日本を訪れ続けていて、最初のツアーは音楽への国際的な関係を理解しはじめるのに極めて重要だった。僕が出会えた素晴らしいミュージシャンについて考えることができるのは、偉大なミュージシャンは、どこの土地にも属していないということだけだ。彼らは文化に属している。わかるかい?
マサブミからスガ ダイローに至るまで、出身地なんかより、僕にとってはとても意味のあるピアニストたちだよ。あと、ドラマーの石若駿と一緒に仕事をするのはとても楽しかった。ミルフォード・グレイヴスが田中泯と一緒に仕事をしたのは、美しい心の交流だったと思う。田中は素晴らしいミュージシャンだよ!
—「Red Hook」がさまざまな文化圏、エスニシティーと接触しながら、ジャズ的な作品をリリースしていることについて、あなたがどう感じているのか教えてほしいです。
モラン:「Red Hook」には、この美しい流れを持続してほしいね。より多くの人が参加すればするほど、この世界はさらに広がっていく。僕が気にするのは、音楽がいいかどうか、ただそれだけだよ。そして多くの場合、本当に思慮深いレーベルは、自分たちがつくるレコードで世界を映す鏡となる方法を見つける。これは重要な営みなんだ。