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比嘉愛未が『作りたい女と食べたい女』から受け取ったこと。「傷ついたりストレスを抱えたりする人が少しでもいなくなった方がいい」

2024年01月29日 17:10  CINRA.NET

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Text by 西田香織
Text by 生田綾

ゆざきさかおみ原作のNHK夜ドラ『作りたい女と食べたい女』シーズン2が、1月29日から放送される。料理好きだが少食の野本さんが、同じマンションに住む食べることが大好きな女性・春日さんに出会い、美味しい食事をとおして関係を深めていく物語だ。

シーズン1の終盤で春日さんへの恋心に気づいた野本さん。シーズン2では新しいキャラクターも登場し、2人の関係がより発展していく。撮影前にジェンダーやセクシュアリティに関する講習も受けたという野本さん役の比嘉愛未に、作品から受け取ったことについて聞いた。

ⒸNHK

―NHKの夜ドラ枠として初めての続編となります。いま撮影中とのことですが、どう感じていらっしゃいますか?

比嘉:すごく光栄なことだと思っています。でも、シーズン1の撮影は2022年10月ごろだったんですが、撮影が終わったあとも私のなかでは『つくたべ』の野本さんと春日さんはどこかで生きているという感覚だったんです。

春日さん役の西野恵未ちゃんとはプライベートでも仲良くさせてもらうようになって、2人でよくご飯にも行っています。だから「終わった」という気がしなくて、そこにまた参加させてもらっているというか……続編が決まって驚いたという気持ちや不思議とプレッシャーもなく、自然に『つくたべ』の世界に戻れました。

それは、やっぱりあの2人がちゃんと自分のなかに根付いて生きているからだと思います。なかには「やりきった!」という作品もあるのですが、そういった感覚ではなくて。この作品は、ほのぼのとしながらも自問自答しながら一生懸命生きている人たちの話で、私たちの生活にも通じるところが大きいですし、野本さんの続いていく人生の一片や少しの部分を見せてもらっているような感じでした。

比嘉愛未(ひが まなみ)
1986年6月14日生まれ。沖縄県出身。2005年に映画デビューした後、2007年のNHK連続テレビ小説『どんど晴れ』でヒロインに抜擢され、ドラマ初出演にして初主演を果たす。現在放送中の日本テレビ「新空港占拠」ではヒロインを務め、1月29日(月)から放送のNHK夜ドラ「作りたい女と食べたい女」シーズン2では主演を務める。

―原作はすごく人気作で、SNSを中心に多くの人から愛されている作品です。

比嘉:原作がある作品に参加させていただくときは、毎回ドキドキするんです。原作ファンの方がどういう気持ちで見てくれるかなとか……。

漫画は音がない世界だから、自分たちで想像できるという自由さがありますよね。そこに私たちが色や音を出していくという感覚なので、ファンの方全員が大丈夫となるのはないと思うけれど、なるべく世界観を崩さずにやりたいと思っています。

だから、どうでしたか!? っていう気持ちです(笑)。

―私ももともと原作が好きだったのですが、比嘉さんの演技をみて、野本さんが現実にいたとしたらこんな人なんだろうなと思いましたし、やっぱり野本さんってすごく優しい人なんだなと思いました。

比嘉:嬉しいです。『つくたべ』の世界って、野本さんと春日さんはもちろん、登場人物のなかにいわゆる「悪役」がそんなにいないんです。悪気なく言ってしまった言葉をちゃんと反省するとか、他人を思いやる心を持っている人が描かれているので、作品をつくりながら自分自身も浄化されている感覚があります。

―前作は野本さんが春日さんへの恋心に気づくところで終わりましたが、シーズン2では、2人の関係がより発展していきます。前回と続編はどんなところに違いがありますか?

比嘉:基本的な穏やかさとかあたたかさ、優しい空気感は変わらないんですが、まず内容がとてもディープになりました。

前回は美味しいものを食べて、自分らしく人と比べずに生きる大切さを伝えることを大事にしていたと思うんですが、シーズン2では矢子さんと南雲さんという新しい登場人物も出てきて、それぞれが持っている悩みや葛藤、抱えている生きづらさというものがさらにクローズアップされています。会話の内容に、より考えさせられる部分が増えて、演じる側としては会話のキャッチボールが難しくなったと思います。

でも、そういった会話は決して一方的な押し付けではなく、自然な会話のなかでキーワードとしてちりばめられています。些細な会話とかやりとりのなかで気づいたり、反省したり、相手に向き合ってみたりという葛藤や喜びがすごく丁寧に描かれていると思います。

同じように悩んでいたりモヤモヤしていたりする人たちがその言葉を聞いたとき、肩の荷が下りるというか、何か解決する一つのヒントみたいなものを見つけられるんじゃないかなと台本を読んで思いました。

原作がもともと持っている力に、山田由梨さんの脚本やプロデューサー、演出の方々みんなの思いが連なっていて、より深く、違うかたちで物語が動き出しているというか、成長している感じがします。

―矢子さん(ともさかりえ)は野本さんがSNSで出会うレズビアンでアセクシュアルの女性で、南雲さん(櫻坂46・藤吉夏鈴)は人前で食べることに怖さを感じる会食恐怖症に苦しんでいるキャラクターです。原作では、野本さんが春日さんとこの2人と出会って、それぞれを尊重しながら支え合っていく関係性がすごく素敵ですよね。

比嘉:そうなんです。登場人物たちはすごく愛おしいですよね。現実でも大変な思いをしながらみんな生きていると思うんですが、「大変なのは自分だけだ」と思ってしまったら、どんどん追い詰められてしまうと思います。近くにいる人と「こんなことがあってさ」「そっかあなたも大変なんだね。わかるよ、頑張ろうね」って少し話せるだけでもきっとすごく楽になると思うんです。

その感覚に近しいものがこの作品にあるような気がしています。「大丈夫だよ」なんて言葉は簡単には言えないけど、大変なのは自分だけじゃないよというか、すごく寄り添って、気持ちを少しでも楽にさせる力がありますよね。

ⒸNHK

比嘉:いつも思うのですが、生きていくうえでエンターテイメントはどんな人にとっても絶対に必要なものかというと、必ずしもそうではないと思うんです。いまも能登半島で震災があって、そういうときに一目散に駆けつけて何かできるかと言ったら、何もできないと思うんです。

でも、最終的に生きる希望とか、背中をポンって押すことができるのは、やっぱり人の愛情や思いやりな気がしています。何かできることがあるとしたら、作品を通してそれを少しでもギブできたらという気持ちがあります。いまの時代はみんな生きていくだけでも大変だと思うのですが、このドラマはそこに寄り添ってくれることがすごく魅力的だと私は思っています。

―『つくたべ』はレズビアンの恋愛を描いた作品でもあり、撮影に入る前にジェンダーやセクシュアリティに関する講習会が開かれたと聞きました。前回に続いて今回も開催されたとのことなのですが、講習会を通して比嘉さんのなかにどんなことが落とし込まれましたか?

比嘉:合田文さんが作品の考証としてすごく力を貸してくださっているんですが、本当に貴重な機会で、大切なことだと思いました。

私を含め、日本でのLGBTQ+に対するイメージはやっぱり「特別なもの」ととらえられがちで、なかには性的な部分がフォーカスされてしまうこともある。前回に続いてあらためて合田さんの講習を聞いて、自分が「普通」だと思っていることがじつは相手にとってはすごくプレッシャーになったり、傷つけたりしてしまう可能性があるということに気づかされました。みんなの感覚を「普通って何?」というところに戻らせてくれる、すごく貴重なセミナーでした。

私の場合は、「37歳、女優、まだ結婚していない」と書かれることがあります。その「まだ」という言葉を見るとガクンとしてしまう。「まだ」とか、「なんでしていないの?」とか、そういう言葉もそうですよね。自分に置き換えると感覚がわかるところがありました。

好きな相手が同性だったという、ただそれだけにもかかわらず、なぜか特別なものにされてしまう。やっぱりお話を聞いてみると、この世の中は変わらなきゃいけないんだと思いました。そうやって傷ついたりストレスを抱えたりする人が少しでもいなくなった方がいいじゃないですか。

それを表現というかたちで提示できるのであれば、ちゃんと誠実に、忠実に代弁していきたいと思いましたし、その熱量をすごく持っている方たちなので、ちゃんと聞けてよかったなと思います。

―野本さんも料理好きなことで「いいお母さんになれそう」と言われてしまいますし、女性は結婚や出産を前提にした言葉を投げかけられることもありますよね。

比嘉:私はこの作品に出会えて、そういった人の関心ごとや興味本位での言葉を受け止めすぎないようになって、私は私でいいんだ、人と比べずに生きていこうと思えるようになりました。

その代わり、自分も人に対して差別や偏見は向けないようにする。もともと意識はしていたけれど、無意識こそが一番怖いということに気づいたので、無意識な発言をなるべくしないように気をつけようと思いました。たとえば、「彼氏いるの」とか「彼女いるの」じゃなくて「パートナーいるの?」という言葉に変えるだけでも違うのではないかと思っています。

―講習会で感じたことは、どんなふうにお芝居に活きていくと感じますか?

比嘉:お芝居は基本的に台本があって、セリフがあって、そこに感情などを肉付けする作業だと思っているんですが、こういった深いテーマ性がある作品は当事者の方たちに「違う」という違和感を感じさせないことが一番だと思うんです。

ちゃんと聞いたうえで、知識を入れたうえでやることが誠実なものづくりだと私は思っているので、完全に知識を身につけるということは難しいかもしれないですけれど、学ぼうという気持ちはちゃんとお芝居にも出ると信じています。なので、必要な役作りという意味でも、前回も今回も講習を受けて挑めたことは大きかったです。

―撮影現場もすごく和気藹々とした雰囲気でしょうか?

比嘉:ありがたいことに、全員とまではいかなかったのですが、スタッフさんもほぼ同じチームを揃えていただいて。プレッシャーをかけられることもまったくなく、みんなで「ひさしぶり~!」ってすごく自然に撮影に入れました。

―以前比嘉さんが「撮影中も『男』や『女』ではなく『個』を大切にしてくれていると感じた」と話しているインタビュー(*1)を読んで、現場もすごくいい雰囲気なのかなと思いました。

比嘉:例えば現場でも新人のアシスタントの方からベテランの技術者の方まで、性別を問わず幅広い世代の方がいらっしゃるんですが、失礼がない程度に、上下関係がなくフラットにどれだけ人と接することができるかということは、特にすごく意識しています。

それができるようになったら相手にも不快感や威圧感を与えないでしょうし、すごく良い調和ができると思います。合田さんの講習を受けることで、フラットでいるべきだということをより強く感じました。

でも、私ひとりが意識しなくても、いまの『つくたべ』の現場はもともと調和がとれているので、本当にそれはすごく感謝していて。

西野恵未ちゃんとも「ありがたいねぇ~~」って言いながらやっているので、ほんわかいい空気感が流れています。野本さんと春日さんもほっこり系ですけど、演じている私たちの会話もなかなか面白いと思います(笑)。

―(笑)比嘉さんご自身にも本当に大きな影響を与えている作品ということが伝わってきます。

比嘉:まだまだですけれど、役者人生がもうすぐ18年目になるなかで、現場が愛おしい、楽しい、大好きと思える作品に出会えることは当たり前じゃないなとあらためて思っています。

ありがたいことに、私は朝ドラの連続テレビ小説(『どんど晴れ』)がドラマデビューだったので、またこうして夜ドラの主演というかたちで帰ってこれたのもすごく嬉しいですし、見え方も変わって、あのときの私には想像できなかったことにいま挑めている感覚もあります。

いっぱいいっぱいでも、自分のなかに余裕を持つというか、俯瞰して見ることができないと良いものづくりはできないのかもと最近思っていたんですが、『つくたべ』ではそれをすごく実践できている気がして、何かご縁や意味があってオファーをいただけたのかなと思います。自分の存在が作品や現場をどうやって底上げすることができるのか、そのことを意識できるようになって、少しは成長できたのかもしれないと思っています。