2024年01月23日 11:31 弁護士ドットコム
神奈川県平塚市内の自宅アパートに小学3年生の息子(当時8歳)を2週間ほど置き去りにしたとして、母親(25歳)が1月16日、保護責任者遺棄の疑いで神奈川県警に逮捕された。
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報道によると、息子は母親との2人暮らし。2023年11月、隣室の住人に「ママが帰って来ない」「部屋の電気がつかない」と助けを求めたことをきっかけに事件が発覚した。一人自宅に残され、母親の用意したレトルト食品やカップ麺を食べるなどして過ごし、健康状態に問題はないという。
母親はこの間、一度も帰宅せず、警察の調べに対して「海老名市内にある交際相手の家に行っていた」と供述。交際相手には「家族が見ているから大丈夫」と説明していたという。
小さい子どもがいるにもかかわらず約2週間も自宅に帰らなければ、不審に思っても不思議ではないように思えるが、交際相手に法的責任はないのだろうか。元検察官の荒木樹弁護士に聞いた。
——保護責任者遺棄罪はどのような場合に成立しますか。
保護責任者遺棄罪(刑法218条)は、「老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の懲役に処する」と定められています。
犯行の主体は、老年者・幼年者等を保護する責任がある者についてのみ成立します。「保護する責任がある者」というのは、単に道義的なものではなく、法律上の責任である必要があります。
たとえば、民法上の親権者だけではなく、契約上の保護義務があるベビーシッターなども法的な保護責任がありますし、同棲女性の連れ子と同居している場合にも条理上の保護責任が発生します。
ただし、被害者と同居もしておらず、まったく無関係の第三者であれば、保護責任者ではありません。
——(単純)遺棄罪とはどう違うのでしょうか。
(単純)遺棄罪(217条)は、「老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、1年以下の懲役に処する」と定められています。保護責任者遺棄罪のように犯行の主体者に限定がなく、だれでも犯行の主体となり得ます。
遺棄罪と保護責任者遺棄罪の大きな違いは、「生存に必要な保護をしなかった」という点を処罰するかどうかにあります。
遺棄罪の場合には、「生存に必要な保護をしなかった」というだけでは処罰されず、被害者を移動させて、遺棄する(捨てる)行為が必要ですが、保護責任者遺棄罪は、何もしなかったとしても、処罰の対象となります。
生存に必要な保護を何もしなかったかどうかが問題となっている今回のケースでは、保護責任者遺棄罪の成立が問題となり、保護責任者以外の者の責任を追及することは非常に困難です。
——今回のケースで、交際相手に保護責任者遺棄罪などが成立することはあり得ますか。
一般論として、今回のような事案の場合に交際相手が共犯となることはあり得ます。保護責任者と共犯関係があれば、保護責任者以外の者も、保護責任者遺棄罪の処罰対象となるからです。
ただ、本件では、「家族が見ているから大丈夫」と虚偽の説明をしていたようですので、共犯にも当たらないように思えます。
——交際相手以前の問題として、逮捕された母親については同罪が本当に成立するのでしょうか。
自宅にレトルト食品等の食料は用意してあった、電気料金が未払いの状態で電気が使えなかったなどと報道されており、刑法的に「生存に必要な保護をしていない」と評価できるかは、難しい判断になりそうです。
老年者や幼年者が被害者だった過去の判例では、十分な食事を一定期間与えなかった結果、栄養失調で死亡した場合について、「保護責任者遺棄致死罪」で処罰される例は多くありますが、死亡に至らない「保護責任者遺棄罪」での事例は多くありません。
自分で食事ができる年齢の児童であれば、衣食住が確保されている限り、単に親権者が数日間不在というだけでは、親権者としての道義的な責任はともかく、法的に「生存に必要な保護をしなかった」とはいえないでしょう。
「生存に必要な保護をしていない」という事実も、検察官に立証責任があります。約2週間の放置はやや長く、電気が使えなかったという点で子の恐怖心は察するに余りありますが、健康状態に問題がないとすると、検察官の立証のハードルは非常に高いように思えます。
【取材協力弁護士】
荒木 樹(あらき・たつる)弁護士
釧路弁護士会所属。1999年検事任官、東京地検、札幌地検等の勤務を経て、2010年退官。出身地である北海道帯広市で荒木法律事務所を開設し、民事・刑事を問わず、地元の事件を中心に取り扱っている。
事務所名:荒木法律事務所
事務所URL:http://obihiro-law.jimdo.com