2024年01月19日 10:21 リアルサウンド
街に大怪獣が出現したり、名探偵が頭を悩ませる不可能犯罪が起こったりしなくても、ドラマは何気ない日常に転がっている。12月下旬にXで公開された第83回ちばてつや賞準大賞作品『ネギのゆくえ』は、ある男子高校生が登校中に長ネギを拾ったことから始まる、少しドラマチックで不思議な癒しを感じる良作だ。
(参考:『ネギのゆくえ』を読む)
男子高校生の門倉は通学中、買い物帰りと思われる自転車をこいでいた女性が長ネギを落とした瞬間を目撃。長ネギを手に取り「落としましたよ」と言うが、その女性は、すでにはるか遠くに。仕方なくネギを持って学校に向かう――。
本作を手掛けたのは、コロナ禍の影響で前職の仕事が減り、ステイホーム期間に思い立って本格的に漫画制作に取り組むようになったという山吹さん(@yamabuki_san)。自宅やコワーキングスペースなどで制作活動に励んでいると話す山吹さんに、本作をどのようにして制作したのかなど話を聞いた。(望月悠木)
■高校を舞台にした背景
――なぜ『ネギのゆくえ』を制作しようと思ったのですか?
山吹:『ネギのゆくえ』は初めて『コミティア』に出展した時の作品です。当時は漫画を描くことにどれくらいの時間を有するのかをわかっておらず、コミティアの2~3ヶ月前にiPadを購入して1ヶ月くらいでバタバタと描きました。ですので、その時は作画のクオリティは大変低いです……。ただ、その後担当編集さんの勧めで『ちばてつや賞』に出すことになり、ちゃんとペン入れ直しました。おかげさまで一般部門の準大賞を獲得できました。
――“通学途中にネギを拾った男子高校生”という、日常に起こりそうであまり聞かない斬新な切り口でした。
山吹:道端で落ちてるネギを見かけることが何度かあり、その哀愁漂う佇まいが好きで心に残っていたことが影響しています。また、自分が買い物をする時にリュックにネギを指して持って帰るのですが、それが「学生カバンから出てたらなんか可愛いかな」と思ったことも大きいです。
――だから高校生に拾わせたと。
山吹:それ以外にも、高校時代に飄々とした顔でちょっと変なことを言う男子生徒がいました。彼はとても面白く、そういう「学生時代に感じたちょっとした面白いやりとりをネギ交えて描けたら良いな」と思ってストーリーに組み込んでいきました。
――門倉はその男性生徒をモデルにしたのですか?
山吹:モデルは特にいません。当時の好きな漫画やアニメのキャラから複合的にできあがってくるような感じです。
■職員室は特別な場所?
――中盤では職員室での先生の会話がメインになりました。門倉からスポットライトを外して職員室を舞台にした経緯は?
山吹:ネギでできることは最終的に食べるくらいしか思い浮かばず、「学校でネギを刻んでどうこうできるのは給湯室くらいかな」と思い、職員室に舞台を移しました。また、学生時代、“職員室や給湯室の中の様子は気になるけど、思い切りは踏み込めないちょっと特別な場所”だったので、職員室で堂々と和気あいあいとできる先生と生徒に憧れのようなものを感じていたことも挙げられます。
――職員室のシーン以降は完全にネギが軸になってストーリーが進むため、「門倉ではなくネギが主人公だったのでは?」と感じました。
山吹:自分でも描いてる途中で「これはネギが主人公だな」と思っていたので、とにかくネギを軸にできることを描き出しました。
――ラストは綺麗な落とし方になっていました。最初からイメージしていたものですか?
山吹:実はラストは全然決まっておらず途中で思いつきました。いい形に収まってくれて良かったです。
■「言葉遣いは少しでも気になると修正したくなる」
――作中の“何気ない日常”の空気感はどのように作り上げたのですか?
山吹:「何も考えずリラックスして読めるものが描きたいな」ということに加え、「何気ない日常にこそ価値があるよね」と思いながら制作しています。「その価値観が自然と出てくれたのかな」と思います。壮大な映画やドラマを見ていても「この人ちゃんとご飯食べてるのかな」など、ついつい日常のことを考えてしまう性格をしているので……。
――セリフの内容やテンポも日常を思わせるようなものでしたね。
山吹:各キャラがおおらかに物事を受け入れてくれる平和な世界にしたかったので、とにかくフラットなテンションで描くよう意識しました。「まあいいか…」の精神と言いますか。また、テンポとセリフに関しては漫画を描く上で1番注意してるところかもしれないです。「とにかくつまらずサラッと読めるように」ということなど、言葉遣いは少しでも気になると修正したくなります。
――最後に今後はどのように漫画制作を進めていきたいですか?
山吹:現在『モーニング・ツー』(講談社)で『こどもどろぼう』という作品を連載しており、昨年12月下旬に初の単行本が出たので多くの人に読んでもらえたら嬉しいです。また今年は別の読み切りと連載の企画も進め、「漫画をたくさん描いていけたら良いな」と思っています。
(取材・文=望月悠木)